蛍光灯の下
初の短編です。
長編ハイファンタジーは……頑張ってます!←
登場人物
主人公:川本 小貴 かわもと しょうき(38)
地方警察署の刑事。冷静沈着だが、小学生の娘を持つ父親でもある。
被疑者:熊山 健次郎 くまやま けんじろう(43)
小児性愛傾向を疑われている男。理屈っぽく、自分の行為を「生まれ持った性質」と言い換えるタイプ。
脇役:若手巡査
【蛍光灯の下】
蛍光灯が、じり、と鳴った。
取調室はいつも同じ匂いがする。
古い机の木の匂いと消毒液の薄い匂い。
それにどこか湿った空気。
川本小貴は椅子に座り、目の前の男を見た。
熊山健次郎、四十二歳。
細い体。
整えすぎた黒髪。
落ち着いた目。
手錠は外してある。
暴れるタイプではない、と判断されたからだ。
「体調はどうですか」
川本はいつも通りに言った。
「悪くありません」
熊山は微笑んだ。
その笑い方が、川本は好きではなかった。
壁の時計が、こつ、こつ、と音を立てる。
容疑は未成年者への不適切接触未遂。
実際に被害は出ていない。
だが、通報がありスマートフォンの中身も問題だった。
「何度も言っていますが」
熊山が口を開く。
「僕は犯罪者ではありません。ただ、少数派なだけです」
川本はペンを置いた。
「少数派、ですか」
「ええ。僕は自分を理解しています。衝動もあります。でも理性もある。僕は一線を越えていない」
淡々とした声だった。
怒ってもいない。
焦ってもいない。
それが逆に、不気味だった。
川本は資料をめくる。
「公園で小学生に声をかけましたね」
「迷子だと思っただけです」
「十分以上、話しています」
「世間話です」
会話は平行線だった。
蛍光灯がまた、じり、と鳴る。
川本は男の目を見た。
黒目がちで、まばたきが少ない。
「あなたのスマートフォンから、未成年者の写真が多数見つかっています」
「合法の範囲です」
ーー即答だった。
「法律に触れなければ、何を考えても自由でしょう?」
川本の胸の奥が、少しだけ熱くなる。
だが顔には出さない。
「考えるのは自由です。ですが、行動には責任が伴う」
「僕は行動していません」
熊山はゆっくりと首をかしげた。
「川本さん、あなたは僕の“性質”を裁こうとしている」
その言葉に、川本は一瞬だけ黙った。
性質。
生まれつきだ、と彼は言いたいのだろう。
「僕は自分を抑えています」
熊山は続ける。
「世間は僕のような人間を怪物のように扱う。でも僕は社会で働き、税金を払って、静かに暮らしている」
時計の針が進む音が、やけに大きく聞こえた。
「川本さん、あなたにも家族がいるでしょう」
ふいに熊山が言った。
川本の手が止まる。
「……今それは関係ありません」
「娘さんがいる、と聞きました。小学校低学年くらいですか?」
取調室の空気が、すっと冷えた気がした。
川本は男を見た。
熊山は微笑んでいない。
ただ、観察している目だった。
「僕は何もしませんよ」
男は静かに言う。
「でも、もし僕が抑えきれなかったら?そのとき、社会は私を助けてくれますか」
川本の胸の奥で、何かが強く打った。
娘の顔が浮かぶ。
朝、寝ぐせのまま「いってきます」と言う姿。
だが、それを顔には出さない。
「助けが必要なら、専門の医療機関があります」
「そこは僕を受け入れてくれますか?」
問いは、まっすぐだった。
川本は答えに詰まる。
制度はある。
だが、現実はどうだ。
熊山は続ける。
「僕は相談したことがあります。でも遠回しに断られました。“実害が出てから来てください”と」
川本は初めて男の声にわずかな揺れを聞いた。
怒りではない。
諦めに近いもの。
「だから私は、自分で抑えるしかない」
「……その結果が、公園ですか」
川本は低く言う。
熊山は黙った。
ーーその沈黙が、答えだった。
コンコン、と扉が鳴る。
若い巡査が顔を出した。
「川本さん、新しい解析結果です」
封筒を受け取る。
中身に目を通した瞬間、川本の視界が狭くなった。
スマートフォンの中に特定の子どもを追跡するような記録。
撮影日時、場所、通学時間。
偶然ではない。
川本は封筒を机に置いた。
「……あなたは“行動していない”と言いましたね」
熊山は何も言わない。
「特定の児童を……三週間にわたり撮影しています」
沈黙。
「これは、“準備”ですね?」
蛍光灯の音だけが響く。
熊山の喉が「ごくり」と動いた。
「……僕は、越えていない」
「越える前に止めるのが私たちの仕事です」
川本の声は思ったよりも静かだった。
「子どもは守られる側です。私達大人が、守らなければいけない存在です。」
初めて、熊山の視線が揺れた。
「……僕は怪物ですか」
小さな声だった。
川本は答えなかった。
ーー代わりに、逮捕状を机に置いた。
「あなたを、児童福祉法違反の疑いで逮捕します」
手錠の金属音が、やけに大きく響いた。
熊山は抵抗しなかった。
立ち上がるときほんの少しだけ、足が震えていた。
取調室のドアが閉まる。
蛍光灯の光が、まだ白く部屋を照らしている。
川本は深く息を吐いた。
廊下に出ると、夜勤の署員が小さく会釈した。
窓の外は暗い。
スマートフォンが震える。
娘からのメッセージだった。
「パパ、あした参観日だよ。わすれないでね」
川本は画面を見つめる。
ほんの数秒。
そして、ゆっくりと返信を打った。
「わすれない。楽しみにしてる」
送信。
取調室の方を振り返る。
白い光はまだ消えていない。
守れたのか。
それとも、ただ先送りにしただけか。
答えは出ない。
それでも明日も、蛍光灯の下で、誰かと向き合う。
川本はスマートフォンをポケットにしまい、歩き出した。
足音が、静かな廊下に響いた。
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