『みじかい小説』054 / 俺のモットー ~1000文字にも満たないみじかいみじかい物語~
四十年前の冬――。
俺はスキーをしている最中に、誤ってコースを外れ木に激突した。
目覚めると病院のベッドの上で、腰から下の感覚がなく、足はぴくりとも動かない。
医師からは「下半身麻痺」と告げられ、俺は目の前が真っ暗になった。
田舎から飛んできた両親は、俺の枕元で何も言わずに寄り添っていた。
俺はひとこと、「ごめん」と伝えたが、本音ではそんなことは思っておらず、「なんで俺がこんなことに」という思いがぐるぐると頭の中を巡っていた。
何度、嘘だと思い、自分の動かない両足を見つめただろうか。
何度、奇跡よ起これと願い、自分の両足を痛めつけただろうか。
そこに横たわっているのは、確かに自分の両足のはずなのに、なぜ、動かない――。
なぜ――。
そんな思いを抱いては絶望してを繰り返し、俺はやがて諦めの境地へと至った。
今思えば、それは人が死を受け入れる過程と酷似していたが、そんなことなど露も知らない俺は、ただただ、多くの人がそうするように、自分の病気を受け入れていった。
車いすでの生活が始まった。
当然のことながら下の世話を自分で出来るようになることから始まり、着替え、入浴、上半身の筋トレまで、習得すべきことは多岐にわたった。
その忙しさがよかったのか、俺は一時期の状態が嘘のように、非常に前向きになっていった。
仕事は辞めて、生活は障害年金と生活保護を併給する形となった。
これがばれれば、面倒な連中にあしざまに言われるのではないかとびくびくしていたが、相談員に相談すると、障害があるのだから堂々としていればいいと言われた。
下半身不随でも、頭はしゃんとしている。
そんな自負もあり、時々思い出したように車いすでも働ける仕事を探したが、どれもこれも人気のためなかなか就職は叶わなかった。
そうこうしているうちに父が他界し、母も他界した。
兄弟のいない俺は身寄りがなくなり、いよいよひとりぼっちになった。
そうなってみると、非常に小さな世界でもがいている自分が情けなく哀れに思えてきて、夜、ひとりで何度も泣いた。
いくら泣いても物事はちっとも動かないので、やがて泣くことをやめ、変に達観した気になった。
現在六十五。
ときに商店街でコロッケを買って食べながら、ときに雨の日に傘もささずに近所をまわりながら、それでも俺は生きてゆく。
「強く、強く、たくましく」
どこぞの学園のモットーのように今日もひとり、口ずさみながら。




