8話 卓上の肉
ホームルームを終え、先生から渡されたプリントを鞄にしまって教室を出る。
いつのまにか空は鮮やかな水色から橙色に変わっており、ヒュウと窓から吹き込んだ冬の風に思わず肩を震わせる。
靴箱からスニーカーを取り出し、上履きと取り替えて履く。その頃には、空は少し暗くなっていた。
外で待っていた友達と合流し、他愛のない話をしながら帰宅。
途中まで一緒に歩いていた友達と別れ、私はひとり住宅街へと歩を進めた。
幸い、目的地である高原くんの家は遠くない。
多分、いつでも登校できるように、近い学校を選んで入学したのだろう。
話によると極度の人見知りだそうで、担任の先生が家庭訪問に行った際も表には出てこなかったのだとか。
それで今日、頑張って来ていたと話をした時は、先生は目を剥いて驚いていた。
「ふぅ……緊張するなぁ」
誰かの家に行く時は緊張する。
友達の家なら兎も角、学校に一度も来ていないどころか、学校の誰とも顔を合わせたことのない少年だ。
今朝の出来事から、私が唯一、学校で彼と顔を合わせた人間になってしまった。
「たしか……この道を右、だったかな?」
チントン、とインターホンを鳴らす。
一秒、数秒……一分は経っただろうか。高原くんどころか、保護者の方が出てくる様子もない。
「高原くん……いないのかな?」
いない、なんてことがあるのか?
……まさか。あれだけ弱っていた彼が?
それとも、家が間違っているとか? 表札を確認してみる。きちんと『高原』と書かれている。間違って、いないはずだ。
「……うーん、まさか知らない人だと、怖いのかな?」
なら、仕方ない。少し話してみたい気持ちもあったが、外に出れないのなら、無理に出そうとは思えない。
不登校の子の家前で「学校で待ってるよ!」なんて言う慣習も昔はあったらしいが、今は現代だ。時代が違う。
「帰ろ……」
「――ちょっと、何処行くんですか」
来た道を戻ろうとして、ふと耳に声が聞こえてくる。
それは朝、聞いた声と似ている。まさか、家から出て来たのか? と思って見ても、ドアが開いた形跡はない。
「俺の家はこっちですよ」
「わかってるわよ。けどなんか、ここやけに妖が多くない? 今弱っちそうなのが隠れたわよ」
「やめてくださいよ怖いこと言うの」
「事実よ」
声の方向は、私が歩いてきた方向は逆。
楽しそうに会話する少年と、それに言葉を返す少女。恐らくひとつ上の学年だろうか。日本人形のような見た目の、大和撫子然とした少女だった。
……なんか、ちょっと、心がモヤっとした。
モヤっとしたので、口を出すことにする。
「高原くん?」
「え? ……あ、朝の」
少女の声を聞いて、目的の少年……高原天は目を丸くする。鳩が豆鉄砲を食らった時って、きっとこんな顔をするのだろう。
「今朝ぶりだね。同じクラスの渡辺晴香です。学校のプリントを届けにきたんだけど、少しいいかな?」
「ひぅ」
情けない声を出す高原くん。なんでだろう?
高原くんの後ろで見ていた少女の話によると、その時の私の顔は”殺気をおびた顔”だったという。
少し「心配してあげたのに、裏切られた気分」とか思っちゃったけど、顔に出すのは違うよね。反省反省……
◇◆◇◆◇
「え。安倍先輩って東京出身なんですか!?」
「だからそう言ってるじゃない。なに、晴香ちゃんって東京に憧れでもあるの?」
「はい! だって東京って何でもあるじゃないですか! 私、4月から東京の高校に進学を決めてるんです!」
「なんもないわよ。最近は再開発で繁華街が限定され始めてるし、暮らすのも人が多くて邪魔に思うなんてザラにあるわよ?」
「それだけ楽しいことが多い、ということでは?」
女子同士の東京トークの横で、俺はもくもくとお米を生姜焼きで包んで口に放り込む。
適当に点けたテレビでは、ローカルなニュースがやっている。
どうやら寺から古文書が見つかったそうで、解読が進んでいるという話だった。……どうでもいいな。
「そうとも言うわね。高原、白米のおかわりある?」
「ありますよ」
「じゃあ、はい」
「……はい?」
はい、ってなんだ、はいって。
お茶碗をこっちに差し出して。よそって来いってか。
「よろ」
「…………はぁ」
「あ、高原くん」
「渡辺さんもね」
「少なめでお願いします」
片方は感謝のため。片方は口封じのため。
強く出れない俺の立場が恨めしい。やはり外の世界は怖い。なにが妖だ、人間の方が怖いじゃないか。
『発見された古文書は犬神信仰に関する書物のようで、1400年代後半に流行した、神道系宗教との関係が示唆されています』
そんなニュースを流し聞きしながら、二人分のご飯をよそう。
……犬神信仰か。星隠社も、犬神を信仰する神社だったな。カルトを信じるのは、ここら一帯に偏在している地域性なのだろうか。
「はい、よそってきましたよ」
「お、ありがと」
「ありがとう、高原くん」
「いいよ、別に。たいしたことじゃないからね」
しっかし、食べ盛りとはいえ、この二人はどれだけ食べるつもりだろうか。
いや、生姜焼きはひとり一枚だから、その分を白米で埋めているのであればいいが。……太るぞ?
『近隣地域には星隠社という、犬神信仰を持つ神社がありますので、関係が注目されますね』
「お」
解説をしていた専門家の言葉に、俺はつい反応してしまう。
俺が反応したことに安倍が気付いたのか、テレビを見ながら問いかけてくる。
「知ってるの?」
「近くで唯一の神社ですからね」
「へぇ〜」
興味のなさそうな反応が返って来た。
自分から聞いて来たくせにこの反応である。
少し腹が立ったので、興味が沸きそうなことを言ってやる。
「彼女とは、そこで出会ったんです」
「……ふーん」
それでも興味がなさそうだ。テレビからお米に視線が向いた。なんだよ、せっかく質問に答えたのに。
ほれ見ろ、渡辺さんも「あはは……」って少し引き気味の笑いをしてるじゃないか。
「でも確かに、この近くの神社って、星隠社しかないよね。お寺とかもないし……」
「え。寺もないの?」
「はい。この近くの寺社は、星隠社だけなんですよ」
「日本には数万は神社があるって話なんですけどね」
「まぁ、別に変に離れた場所にお寺さんとか、神社があるってわけじゃないから、お正月とかも不便じゃないんですけど。この前だって――」
まったく不思議な話である。東京にも数千はあるって話なのに。この地域には、あの寂れた神社ただひとつ。もっと増やしていいのでは?
「なるほどね……」
地元トークで盛り上がる俺と渡辺さんは、険しい顔になっている安倍に気づくことができなかった。




