50話 陰陽庁め
にゃる、しゅたん。
にゃる、がしゃんな。
其は、混沌を司る外なる神。
其は、秩序を嫌う暗黒の貌。
我れらが祖たる、ネフレン=カの名の下に。
我ら敬愛せし、千貌神に乞い奉らん。
にゃる、しゅたん。
にゃる、がしゃんな。
我らは、暗黒のファラオを祀る者。
我らは星の知恵を探究する者。
この世に善なく、悪もまたなく。
ならば我らこそが、善となる者。
いあ! いあ!
くとぅるふ、ふたぐん――!
◆◆◆◆◆
俺達の最大の用事である要石……家康の神柩が納められた宝塔がある。
二百七段の階段を登った先、宝塔を中心にぐるりと歩くパワースポットなのだが、今回の特殊な用事ということで昇殿が許された。
本来なら人がごった返す日光山の最奥も、陰陽師の作業場になった現在は、人っこ一人いない静かな空間となっている。
「長門、もう少し左にズレてくれ。そう、そこだ。倉橋、二歩前に出ろ。距離が変わってしまう。こら芦屋、そこから動くな。また位置の矯正されたいのか」
難波先生の指示に従い、俺達は五つの方向に散らばっている。
人を頂点に見立てた星形――恐らくセーマンだろう――を形成した。
「よし、では始めるぞ」
そうして地面に向けて指を指す難波先生。俺からは見えない位置に、サラサラと何かを描くと、その部分が黄色に淡く光出した。
「――『奇門遁甲』」
「おぅ……っ」
術式が起動らしい。途端に俺の足に力が入らなくなってくる。“力”がつま先から抜けていくようだ。
踏ん張って耐えると、生まれたての子鹿のように足がプルプルと震えてしまう。
「き、きつい……」
「耐え、ろ……これで、数十年は、北関東が無事になるんだから……!」
「すっごい霊力吸われてるー!」
倉橋の悲鳴が聞こえてくる。俺を励ます余裕のあるらしい長門を横目に、俺は抜けていく力と呼吸に意識を集中させる。
「ふうぅぅ……」
心音が早まる。
神経が高ぶる。
呼吸が乱れる。
あと何分、このままでいればいいのだろう。三分だって、耐えれる気がしないんだけど……
「これは、つらいねぇ……」
「ひゅー、ひゅー……」
「先生! 芦屋が、芦屋が!」
「あと十分だ! 耐えろ!」
あと十分!?
難波先生、さすがにそれは……!
「それはきついです、先生ーー!!」
◆◇◆◇◆
――十分後。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「吸い尽くされた……何もかも……」
「吸われたのは霊力だけだよ……」
生きるのに必要なあれやこれも、吸い尽くされた気分なんですけど……?
「こひゅー、こひゅー」
「無事か、芦屋?」
「かひゅー」
「芦屋……? 芦屋ああぁああ!!」
気絶して動かない芦屋に駆け寄る長門。倉橋も卜部もダウンして動けない様子で、俺もまた段差にもたれかかっていた。
「……うあぁ。くるしかった……」
「大丈夫か、高原?」
「先生……? 俺は大丈夫ですけど、芦屋は……?」
俺よりも気絶してる芦屋を診た方がいいのでは?
「あれは霊力欠乏での失神だ。少しすれば目を覚ます。……そういう意味では、高原の方が心配だ」
「……俺ですか?」
「相当、霊力を消費しただろう? 他よりも疲労感が出ているのではないかと思ってな」
「たしかに疲弊はしてますけど……あ、もしかして霊力の保有量と関係が?」
「ああ、それが今回の件に我々を選出した、陰陽庁の言い訳だからな」
言い訳って……つまり今回の件って俺のせいかよ。陰陽庁め、高校生にトンデモ案件を押し付けやがって。
「消費される霊力の量は、保有量が多い者が、より多く取られる。それにセーマンと無理やり同期させた奇門遁甲だからな。魚の住む水槽にガソリンを流し込む行為に等しい。体力も削れただろう」
「水の代わりにガソリンって……本当に結界は機能するんですか?」
「水槽の中に液体と魚が入っていれば、遠目で見ている者には取り繕うことが出来るだろう?」
面倒くさそうに頭を掻いた難波先生は、「でもまぁ」と言ってから一息ついた。
「これも本業がタイから帰ってくるまでの応急措置だ。まったく陰陽庁め、人手不足が深刻とはいえ面倒なことを任せてくれる」
いやまったく本当にその通り。普通、プロフェッショナルを呼ぶべき案件なのではと思うが、今はタイのワット・アルンで日本製結界術の指南をしているのだとか。
どうやら日本政府の意向が強く表れているようで、日泰の神秘技術交流らしい。タイはタイでも、せめて台湾にしろ。そっちのが近いだろう。
「さて、我々の役目は終わった。あとは修学旅行を楽しむだけだが……立てるか?」
「は、はい……ぉぅ」
「っ……無事か!?」
「大丈夫、です……」
「無理はするなよ」
気合いだけで立ち上がると、俺は気絶している芦屋の下へと向かう。
みんなが介抱しているお陰もあってか、目は覚ましているようだ。良かった。
「……いま、足が――てなかったか……?」
背後から聞こえる難波先生の呟きは、俺の耳には完全に入ることなく、石畳へと染み込んだ。




