49話 輪王寺から東照宮へ
「着いた!」
「うぅ……ぁあ!」
と言うわけで、やって来ました栃木県日光市。新宿駅からロマンスカーで一本。下今市駅に降り立った俺は、東京とは違った関東の空気を吸い込んだ。
心は何処となく晴れやかで、俺の胸ポケットに収まっているシトナイも、腕を大きく広げて肺いっぱいに空気を吸い込んでいる。
東京よりも圧迫感が少なく、かつ俺の故郷に空気感が近しいからだろう。俺の精神は開放感に満ちていた。うーん、と背伸びをしていると、倉橋から声が掛かる。
「高原くん、そろそろバスが出るよ」
「あ、うん。行こうか、シトナイ」
「うぁ!」
元気いっぱいのシトナイを胸に、俺は雲ひとつない青空の下を歩き、小さめのバスへと乗り込んだ。
◇◆◇◆◇
バスは市街地を抜けて山の中へ。ガタガタとバスに揺られながら、たどり着いたのは日光山輪王寺の駐車場。バスから降りると木々の香りが鼻腔を擽ぐる。
「ふむ。ここが関東の大霊地か。ワクワクするな!」
「う、うん! 輪王寺といえば勝道上人! 勝道上人といえば、空海や晴明に並ぶ神仏受容の完成形! 妖を従える芦屋家の者としては、や、やはり御利益を貰っておきたい……!」
「一人だけ違う視点で楽しんでるねぇ」
「みんな元気だなぁ」
「高原くんも、さっきまで元気だったじゃない」
「ガス欠中」
「カロリー管理くらいしようよ……」
いやまったく仰せの通り。
呆れた顔の倉橋さんに背中をポンポンと叩かれ、俺は背筋を伸ばした。
「御利益を得るのは本堂でだ。庭で騒いでどうする。さっさと対面しに行くぞ」
まさに鶴の一声。難波先生の後に続いて、難波クラスの生徒達は輪王寺本堂へと歩き出した。
輪王寺の本堂……三仏堂は、第一駐車場に隣接した立地にある。
車体の杜を超えた先には、安倍の大邸宅も斯くや、とばかりに大きな赤色の目立つ巨大な御堂が見えた。
「ほえー……」
「大きいわね」
「そうだね……あれ? 倉橋さんって栃木出身じゃなかったっけ? 来たことないの?」
「え? ああ、私は宇都宮の方なんだよ。あまり県内移動もしなかったからね」
「へぇ」
宇都宮って日光の隣じゃなかったっけ? まぁ外出自体しなかった俺が言えることじゃないか。
そんな他愛のない話をしながら歩いていると、俺達一行に「こんにちは」と話しかけてくる、黒染衣の法衣が一人。
「神祗専門学校の方々ですね」
「ええ、はい。では貴方が輪王寺の……?」
「僧侶を努めている者です。本日はよろしくお願いしますね」
和やかな表情の僧侶だ。彼は一礼して俺達を迎えると「こちらへどうぞ」と、本堂へ手を翳して案内する。
◇◇◇◆◇
並んで座す三体の仏像は、下からの淡い光を受け、金色に光り輝いている。
本来は参拝者と目線が同じになるよう安置されている故、大きさを感じにくい造りになっているが、凹みとなっている下から覗けば、その大きさを実感することが出来る。
いやマジでデッケェ!
「右から千手さま、阿弥陀さま、馬頭さまです。日光山は古来から神仏習合に縁のある霊地でありますので、こうして御三方が並んで安置されているのです」
俺何人分だろう? 三人か、四人分かな?
「あ、あの、鎮将夜叉尊というのは……?」
芦屋の小さな疑問の声が、高い天井から跳ね返ってくる。
鎮将夜叉尊……?
「ああ、そうですね。皆さんに所縁のある神仏像といえば、鎮将夜叉尊でしょう。ですが今年は五黄中宮ではないので、お見せすることが出来ないのです」
「……五黄中宮?」
「運気は九年で一巡するとされていることと、五行思想では五番目の色が黄色とされていることから来る、占術の根本的な考え方だねぇ」
「卜部、知ってるんだ?」
「もちろんだよぉ」
俺の疑問には、卜部が答えてくれた。
マイペースな割に、知識量に秀でている卜部のことだ。これも彼にとっては常識の範疇なのだろう。
「例えば、天文学では太陽が一番高く昇る時間を正午っていうけど、運気でいうと一から九の真ん中の五。これを中宮と呼ぶことから、五黄中宮って呼ぶんだねぇ」
「ほへー」
「式神運用にも関係するから、覚えてみるといいよぉ」
なるほど。東京に帰ったら師匠にでも聞いてみるか。
それはそれとして、鎮将夜叉尊という仏像が見れるのはレア、ということだけは覚えておこう。
「本年は一白水星ですからね。よければ四年後に、また輪王寺へお越しください」
朗らかに笑う坊さんに案内され、俺達は三仏堂の中を探検した。
◇◇◇◇◆
一通り見回った俺達は、案内してくれた僧侶に別れを告げ、とうとう次の目的地……日光東照宮へと足を向けた。
輪王寺からは歩いて一分ほど。
苦労して歩く・登るなどの修験はなく、なだらかな坂道を登るだけで鳥居をくぐれた。
境内には平日だというのに、人、人、人。
家族連れや老夫婦、外国人観光客などが密集しており、東照宮からは荘厳で静謐な空気よりも先に、賑やかで世俗的な雰囲気を感じる。
「シトナイ見ろよ、三猿だ。有名なやつだぞ」
「う!」
「三猿、っていう割には九匹いるのな」
「うぅ……?」
「神様の馬を守ってるらしいし、妥当な数なのかな?」
「だ!」
俺の胸ポケットから顔を出して、楽しそうに笑っているシトナイの頭を撫でる。
「楽しむのは用事を終わらせてからだ。我々の目的地はこの上。さっさと目的を終わらせるぞ」
修学旅行に来ても、やはり先生は先生。
陽明門の方へさっさと行ってしまう。
その背中に続いて、俺達は山上へと向かった。




