48話 いざ日光
「ぶえ……びしょ濡れだ……」
俺――高原天は、観光客で溢れかえる栃木県・日光市へとやって来ていた。
いわゆるレクリエーション。またの名を修学旅行。古神道の霊地でもあるらしい、日光山と呼ばれる場所。俺はクラスメイト達と逸れて独りだった。
ズンと構えられた、黄金色の陽明門を超え、赤色の祈祷殿にて、俺は予報にはなかったザーザーぶりの雨に濡れていた。
「高原くん、大丈夫? タオル貸そうか?」
「大丈夫。俺も持って来てるから」
……なぜか、奇跡的に居合わせた中学時代の同級生――渡辺晴香に、ピンク色のタオルを差し出して貰いながら。
俺は拒否して、自分の鞄を弄る。
「それハンカチじゃん、それじゃ乾かしきれないし、風邪引いちゃうよ。ほら座って、座って」
「え、いや、あの……かなり恥ずかしいというか……周囲から奇異の目が飛んできてるというか……」
「なにキョドってるの。ほら、拭いてあげるから大人しくして!」
奇異の目というより、恐らく嫉妬の情に近そうだが。それもそのはず。俺と渡辺さんの着ている学生服は違う物だし、俺に至っては近くに同じ学生服の生徒はいない。しかも周りは渡辺さんと同じ学生服ばかりで、男子生徒の数も多い。
……まぁ十中八九、俺に対しての嫉視なのだろう。渡辺さんは可愛いし、性格も良いし、男子生徒からは羨望の目で見られているはず。そこに現れた何処の馬の骨とも知れない俺。そりゃ面白くないよね。わかるー。
ガシガシと頭を拭かれながら、俺は少し情けなくなった。
「……帰りたい」
「雨の中は無理だよ。山は天気が変わりやすいし、私たちと一緒に待ってよう? ね、皆んなも良いよね?」
「「もちろん!」」
「……うん、いいよ」
渡辺さんと同班の男子が幸せそうで何より。女子生徒の方は少し、面白くなさそうだけど。火種にならないといいなぁ。ま、渡辺さんだし上手くやるかぁ。
……とはいえ、俺は俺で非常事態なのだ。先生ともクラスメイトとも逸れ、このザマ。一旦連絡しないと、と思ってスマホを開くも無事、圏外。山憎し。人が多いのも関係してそうだな。
「あ、そういえば高原くん、この前の触手事件の時大丈夫だった?」
「え? あ、うん。色々あったけどね……」
「色々? そうなんだ! 今度教えてね!」
東京上空の触手事件……
今回の修学旅行は、それが発端なのだ。俺は渡辺さんに外に出れない豪雨の空を見上げながら、修学旅行の目的を思い出した。
そう、あれは五月下旬の時のこと――
◆◇◆◇◆
――心地の良い春風が止み、梅雨の激しい五月下旬。
東京湾方面で光った雷の音が約九秒後に聞こえ、これが春雷かぁ、などと思ったのも束の間。俺は朝のホームルームで、担任の難波綾香の言葉に驚くことになった。
「来月は修学旅行だ。各々準備を進めておくように」
……え、修学旅行早くない? 普通、十月くらいにあるもんじゃないの? というか一年で行けるんだ、修学旅行。そんな驚愕に苛まれていると、俺の入院中に無事クラスのまとめ役ポジションに収まったらしい長門英二が質問を投げ掛ける。
「修学旅行ですか? 確か年間行事予定には、九月の終わりからと記載されていたと思うのですが……」
「良い質問だ、長門。これには無論、理由がある。決して外には漏らさないように」
そう言った難波先生は、声を小さくして言う。
「皆の知っての通り、この学校は普通ではない。一般ではオカルトや霊能と呼ばれる神秘を取り扱い、これを公務とするために学業に励む生徒のための育成機関だ。ここまではわかるな?」
「はい」
「これを外部に漏らすということは、その現象を嫌う勢力……つまりアメリカを敵に回すことに繋がり、我々の管轄を飛び越えて国際問題に発展する恐れがある、ということに他ならない」
俺でも知ってる、この界隈の常識。世界経済や文化交流を是とする現代において、それを阻害する要素を排除するのが、現代日本の陰陽師の在り方だ。
「一ヶ月前のあの事件――将門夜行の件で出現した黒の触手……あれがSNSで出回った結果、日本の立ち位置は危うくなっている。マスコミも大騒ぎしているし、この熱は喉元を過ぎるまで待つしかなかろう」
「そうですね、たしかに」
「……」
「そう。陰陽師という存在が特殊であり、今回の騒動に最も近い立場である以上、下手な動きは出来ないどころか、アメリカによる我々への監視は強まっていると言っていい。今後、干渉してくることも考えられるならば、教師陣は今が学生生活を謳歌出来るのに最適な期間と考えた」
なるほど、確かに。鬼の居ぬ間に洗濯とも言うし、不確定要素であるアメリカの介入が予測される今、思う存分羽を伸ばすのは必要だと言えるだろう。特に俺は入院したこともあって、命の洗濯をしておきたい。端的に言うと東京から出たい。
「それに行き先である日光市には東照宮がある。ここは東京防衛の要となる結界の要石があり、今回の百鬼夜行でその重要性が跳ね上がった。霊地の管理は賀茂家の管轄だが、キミ達の中にも将来、この仕事を継ぐ者がいることは知っている。これは社会科見学でもあることを重々に知っていてほしい」
「あ〜……僕だねぇ」
卜部が面倒臭そうに顔を顰める。
いいとこのお坊ちゃんにも、それぞれの苦労があるのだろう。ご愁傷様です。
「日程は後日、詳しく伝える。それまで期待に心を弾ませ、何処に行きたいかを私に伝えてほしい。場合によっては、その希望を叶えられるかも知れないからな」
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