チョコレートはツチの中⑥
『――そう、百目鬼は倒せたのね。お疲れ様。まさか昨日今日で倒せるとは思ってなかったわ』
俺は師匠に今回の件について報告した。
犠牲者一名、心的犠牲者一名、その他被害者は特になし。
山瀬さんのあの感じ、恐らく過去の自殺者達も、百目鬼に干渉されての物だろうが、俺が実際に見たわけではないのでそこは除外。
そこまで報告して、俺は気になっていたことを問う。
「なんで百目鬼を放っておいたんですか? アイツが憑いていたのは、打ち出の小槌です。放っておくのは、一番ダメだと思うんですが」
『そう言われてもね。実際に祓って回ったのはわたしじゃないのよ。だから文句は、アンタの地域の担当者に言ってちょうだい』
「でも具体的な指示は師匠が出したはずですよね?」
『ええ、そうよ』
「なら犠牲者が出る前に、この事件は抑制できたはずです」
『あら。自殺者が出たのはわたしのせい、とでも言いたいのかしら?』
「っ……」
違う。誰かのせいにしたいわけじゃない。
楯無京子が死んだのは、間違いなく、俺の優柔不断が招いた失敗だ。
それだけは、間違ってはいけない。
『まぁでも実際、打ち出の小槌なんて代物があるとは思ってなかったし、確認を怠ったのはわたしの責任ね。その負担を押し付けてしまったのは、申し訳なかったわ』
「……」
『なんか言いなさいよ』
「……ごめんなさい」
百目鬼自体は、強くなかった。
というよりも、弱かった。
最大出力が百目の時と仮定すると、今回はその五十分の三。昨夜師匠から言われた通り、俺一人でも倒せる相手だった。
非力で、鈍足で、紙装甲。
けれど、卑怯。
それが本来の妖なのだと感じさせられた。
脳裏にチラつくのは、狐面の女の姿。
ケタケタと笑う狐面の下に、仄かな優しさを感じさせる彼女とは、まったく違う存在なのだとわかった。
何処までも邪悪で、人間には一切の慈愛を与えず、我欲を満たすために動くモノ。
それが妖なのだろう。
『とりあえず任務達成おめでとう。これでようやく次の段階に移れるわね』
「……」
『……はぁ。アンタ、そんなんで大丈夫?』
「……?」
『陰陽師をやってく上で、これより酷い現場は沢山あるのよ? 今回は肉体の原型を留めていたのでしょう? なら生易しい部類よ。世の中には親の肉を子供に食わせる妖もいるのよ? それ見たらアンタ、吐くんじゃない?』
「それは……吐かない方が、どうかしてると思うんですけど」
『ええ、どうかしてるのよ。陰陽師ってのはね』
済ました顔で師匠は言う。俺はこれから、こうなっていかなきゃいけないのか。
この人は、何人分の遺体を見てきたのだろう。何人を、自分の判断ミスで殺してきたのだろう。
片手で済めばいいな。……じゃないと、溜息を吐き出す彼女を、本当に嫌いになってしまいそうだ。
『あ、そうだ。話は変わるけれど、引越しの日取りは決まった?』
「え……? あ、あぁ、それならメールで日程表を送ったはずですけど」
『は? 届いてないわよ……いや、もしかしてお爺様の方に……? あちゃー、また首を突っ込まないといいけど』
「え?」
『なんでもないわ。身内が迷惑をかけたら、ごめんなさいね』
「???」
『今日はゆっくり休みなさい。明日からまた修行を進めるからね』
何故か不穏な言葉を残して、明美師匠な通話を切った。
……悪い人じゃないんだけどなぁ。
感性が人とは違うと言うか、多分、俺の目指すべきところなんだろうけれど……
「……うし、寝るか」
考えても仕方ない。疲れも暗い雰囲気も、睡眠が打破してくれる。
俺は電気を消して、布団の中で丸くなる。
(……山瀬さん、大丈夫かな)
余計な思考が流れてくるが、これもシャットアウト。
確かに気になるが、考えるのは明日にしよう。
今日のところは……おやすみなさい……
◆◇◆◇
「うぐぐ……!」
それから少し時が経ち、春の陽気が差してきた頃。
今日はホワイトデーか、なんて思いながら、大きな荷物を背負いながら歩く。
隣には、一緒に東京行きの新幹線に乗る予定の、元クラスメイトの渡辺晴香。
彼女は少し苦笑しながら、俺に問いかける。
「大丈夫? 少し持とうか?」
「だ、大丈夫……駅に着けば、荷物持ちの人が、いるはずだから……」
「そ、そう? かなり無理してるように見えるけど」
渡辺さんの優しい言葉を、俺は心を鬼にして断った。女の子に自分の荷物を持たせるなんて、とんでもない。
そもそも詰め込みすぎたのが悪いのだ。これくらい、自分で持たなきゃ格好がつかない。
「ふぅ……ん?」
「らっしゃーせー」
駅前のコンビニに通りかかった時、恐らく俺の荷物がセンサーに引っかかったのだろう。
ガラス張りの自動ドアが開いた。その開閉音に釣られたのか、会計に立つ金髪の男がこちらを見た、
「……あ」
「……」
一瞬、目が合った。けれどすぐに、金髪の店員の視線は逸らされた。
少し気不味い空気になる。
けれどこれは一瞬のこと。俺も視線を前に戻し、改めて大荷物を背負い直した。
しかし目敏い渡辺さんは、俺の微かな心の動きを見つけたようで。
「どうしたの? 何かあった?」
……本当に、すごいなぁこの人は。
「なんもないよ。ちょっと重いなぁ、って思っただけ」
「なら手伝うよ?」
「大丈夫……これくらいならね」
そう言って、心配そうな表情の渡辺さんを置いて、俺はズンズンと前に進んだ。
「あ、危ないよ!」
「大丈夫……うん。大丈夫だよ」
……そうだ、チョコのお返しを考えとかないと。
今日は、ホワイトデーだからなぁ。
あれ、ホワイトデーでも修行は敢行するのかしら。……しそうだなぁ、師匠だもんなぁ。
……このバックの中に入ってる打ち出の小槌って。振ったらチョコとか出てこないかな、
……ないか。ないな。
番外章「チョコレートはツチの中」完結




