チョコレートはツチの中⑤
――打ち出の小槌。
持てば幸福を、振れば金銀財宝を生み出す、主に一寸法師の童話で知られる呪具。
その実態は、鬼の秘宝。
元を辿れば、桃太郎が鬼ヶ島から持ち帰った、三つの鬼の財宝の一つである。
陰陽道全盛期の平安よりも前の時代の産物で、言ってしまえば神秘の塊である。
持っているだけで妖を呼び寄せ、その妖の苗床となる。
恐らくあの三つ目も、この小槌に寄せ付けられたうちの一体なのだろう。
そう考えれば、一連の騒動に納得も出来る。
問題は、小槌の出所は何処か。
本来、打ち出の小槌とは、陰陽庁が管理するべき代物のはず。それがどうして、被害者女性――楯無京子が持つに至ったのか。
考えられるルートは三つ。
①楯無京子の家系の所有物。
②山瀬さんが渡した。
③三つ目の妖が密かに持たせた。
まず①は除外。
楯無家が陰陽師に関係しているかはわからないが、そうだとして打ち出の外に小槌を持ち出すか?
陰陽師が機密性の高い職業である以上、還俗した陰陽家系の者が持ち出すとは考えにくい。
次に②。
確かに山瀬さんは、関連する人物が五年の間に数人死亡するという、波乱の人生を送っている。
だが特殊な家系には生まれず、霊的存在が見えるようになったのも、幼少期に死に掛けた経験から得た力である以上、小槌を手に入れるルートがない。
残るのは③。
だがこれも微妙だ。三つ目の妖が、楯無京子に渡す理由がない。
上記の通り、打ち出の小槌とは“力”のタンク。妖はこれを持っているだけで、無限に妖力を確保できる。
渡すなら相応な理由があるはず――恐らく、それが答えなのだろう。
『さっきのお釈迦さん――楯無京子に憑いていた妖、まだあそこに残っとるよ』
「――憑かれていたのは、楯無京子じゃない」
楯無京子に巻き付く形で、あの三つ目の妖は俺の前に姿を現した。
その衝撃で俺は、楯無京子が憑かれているのだと思っていたが、そうではない。
『それ、楯無京子の遺物なんやけどな。ちっと危険物やなと思て、勝手に取ってきたんや。……それ、呪われとるで』
憑かれているのは、小槌だ。
謂わば、一種の付喪神。
あの三つ目の妖は、小槌を通して楯無京子を殺害した。
Q.楯無京子が小槌を獲得したルートは?
A.山瀬さんを通じて、三つ目が渡した。
これが俺の解答だ。
「……狙いは、山瀬さんの感情か」
恐怖、怒り、寂しさ。人の死から生じる感情は幾つかあるが、楯無京子から得られるモノは人並みの物。
だが山瀬さんは違う。
五年以内に身内を数人亡くしている。内的鬱憤は、常人より遥かに溜まっている。
しかも自殺という、山瀬さんも責任を感じやすい形でだ。
そんな中で、心の支えになっていたであろう、付き合っていた彼女も亡くせば、山瀬さんから得られる感情は、さぞや美味だろう。
「……よぉ、殺人鬼。山瀬さんの感情は美味かったか?」
「……」
場所は自殺事故が発生したマンション、その屋上。撤収中の警察が立ち寄っていたが、恐らくあの関西弁の警官の取り計らいで、すんなり入れた。
相対した三つ目は何故か、目の数が六つに増えていた。恐らく、そういう特性なのだろう。
その特性を持つ妖を、俺は知っている。
「……そうか。お前、百目鬼か」
――俺はヤツを、そう仮定した。
腕や首、足の付け根にまで目が付いているという鬼。
本来は女性の姿をしているとされているが、肉塊に近い形なのは弱っているからだろう。
俺の推察では、鬼は内包する“力”を増やせば。それだけ姿が本来のものに戻っていくと考えている。
鬼は、人の負の感情を食らう物。
それは現世でも、地獄でも同じ。
ならば、あの百目鬼も同様なのだろう。
「お前の憑いてるモンはここだ。簡単にはやらねぇぞ? 欲しかったらぶん取ってみな!」
俺の言葉に、百目鬼が反応する。
百目鬼にとって、この小槌は大切なモノなのだろう。そりゃあ躍起になってでも取りに来る。
「人を殺した罰、ここで受けてもらうぞ殺人鬼!」
俺は虚空にセーマンを描く。
罰に関しては、俺も一緒だ。
俺が迷わなければ、楯無京子が死ぬことはなかった。山瀬さんも、悲しむことはなかった。
俺に出来ることは限られているけど、今俺に出来るのは、この妖を祓うことなんだから――!
◆◇◆◇
暗い部屋。ゴミの散乱した床を蹴りながら、男はシーツの荒れたベッドに横たわる。
目尻に溜まる涙はもうない。
最愛の彼女が死んでも尚、山瀬の心は、まだ動かないでいた。
人によっては、不謹慎だの、人の心がないだのと言うのだろうが、五回も同じ経験をすれば誰だってこうなる。
一回目は、こんなものかと思った。
二回目は、またかと思った。
三回目は、さすがに疲弊した。
四回目は、心が擦り切れた。
五回目から、動かなくなった。
六回目、は……
「……よりにもよって、バレンタインにかよ」
湧いてくるのは怒り。そしてまた身内を、自殺という悪魔に喰われたことへの寂しさだけ。
これに対して、自分も死のうと思わないだけ自分は偉いとさえ思う。
「…………あの見習い陰陽師は、そろそろバケモンを倒しに行ってんのかな」
そうだろうな。そうだといいな。
自分の彼女を殺した相手だ。
それを倒す専門職なら、さっさとやっといてくれよ、とさえ思う。
「……そうだ。葬式に出る準備しなきゃだな。礼服どこにやったっけなぁ」
暗がりの中、男はノソノソと動き出した。




