チョコレートはツチの中④
「ンで? あの三つ目はなんなんだ?」
「わかりません。……あの、渋い顔しないでください。僕も本当にわからないんです」
俺は山瀬さんに連れ込まれ、近場のカフェにて作戦会議を行なっていた。今まで入ったことのなかった、若者が好きそうな雰囲気に心を潰されそうになるが、そこはなんたらラテを噛み締めるように味わって耐える。
そんな俺を気遣ってか知らずか、山瀬さんが主導して会話を進める。
「ま、なんであれ祓えばいいだろ。陰陽師なんだし、出来ンだろ?」
「出来る……とは思います。ただ、簡単に引き剥がすことは出来ないんです。その……座敷童子的なアレの可能性もあるので」
「ねェだろ、あんなバケモン」
そうは言っても、判断がつかないというのが現状だ。……いやまぁでも、祓ってしまえばプラマイゼロではあるし、最善手は何もかも無視しての祓魔なのだろうが。
「……なァ、ソラよ。何にビビってんだオメー?」
「え……?」
「見習いとはいえ、陰陽師なんだろ? ンなら、妖怪退治が仕事なんじゃねェんか?」
それはちょっと違う。まだ仕事ではない、というのが正しい。俺は神祗専門学校にも通っていなければ、陰陽師としての活動は今日が初めてだ。
「オメーはウチの彼女を助けるために尾行してんだろ? ンなら、別に躊躇う必要はなくねェ?」
「……え、でも……」
「デモもテロもナニもねェよ。仕事ならやれよ、陰陽師」
「ひぅ」
イラついた声音で山瀬さんは言う。
心臓が萎んで窮屈になる。やっぱり怖いよこの人。
「ったく……ん?」
と、ピロピロと電子音が聞こえてきた。山瀬さんのスマホからだ。
「ハイもしもし? おお京子か、どうした? ――は? おいちょっと待て、いきなり何言って……京子? 京子!?」
平然としていた山瀬さんは、恐らく向こう側から通話を切られたのだろう。しばらく俺の頭には疑問符が乗っていたが、一睨みされると再び縮こまる。
そんな俺を知ってか知らずか、ふい、と目を背けた山瀬さんは立ち上がり、おもむろに財布を取り出した。
「……付いてこい、陰陽師。お前の決断の結果を見せてやる」
その低い声音に、俺は途方もなく嫌な予感を感じた。
◆◇◆◇◆
ピーポー、ピーポー。
サイレンの音が、耳をつんざく。場所は高級マンション下の地上1階。
大量のパトカーや救急車、そして消防車など緊急車両が並んでいる中を、俺と山瀬さんは歩いている。
もうこれだけで嫌な予感がしたが、俺は目を背けることなく前へと進む。マンション下のアスファルト。そこはブルーシートが張られており、一般人では立ち入りできない。
「楯無京子の彼氏だ。最後に電話をしたから、状況確認のために来た。後ろのやつ? 俺の連れで、京子とも面識がある」
慣れたように警官に話を通し、ブルーシートの中へと案内される。
「っ……!」
死体と思しきモノは無かった。代わりに、赤い液体が染み込んだ、アスファルトが間に入った。
俺が言葉を失って立ち尽くしていると、紺色の外套を羽織った警官が、俺たちに近づいてくるのがわかった。
「山瀬高雄。またお前か」
「……っス」
「お前さん絡みの自殺件数が、ここ五年で六件。これでお前が関わっていない、ってのは無理があるぞ」
「俺じゃねっスよ」
「ああ、そうだな。お釈迦さんのスマホの履歴には、お前から酷い仕打ちを受けた、なんて妄想できるモンも出なかった。今んところ、お前さんは白だよ」
ここ五年で六件……今みたいな事件が? 今の状況は、恐らく飛び降り自殺と仮定すると、この人……山瀬高雄は、関わりのある人を五年で六人も亡くしているのか? 呪われてるとか、そんな次元じゃないぞ……?
「……ん? そっちの坊主は?」
「俺の連れだ。京子とも面識があってな」
「そうか。災難だったな、坊主」
「……いえ」
面識はあるけど、関わりはない。だからショックも人一倍少ないが、それでも心に来るものはある。
「――警部、遺族の方々が警察署に到着されたそうです」
「そうか。なら安置所の方は、向こうの警官に任せる。俺たちは撤収作業を始めるぞ」
ブルーシートやライトが片付けられている中で、俺と山瀬さんは邪魔にならないように現場から離れる。
現場から少し離れた交差点。赤信号を待っている最中、山瀬さんは俺に向け、奥歯を噛み締めるように言う。
「きちんと見たか、陰陽師。これがお前の優柔不断の結果だ」
「……」
「お前が、迷わずあのバケモンを倒しときゃ、こんなことにはならなかった。それをしかと胸に刻むんだな」
カッコー、カッコー。障がい者用の音響装置が鳴る。離れていく山瀬さんの背中を見ながら、俺は一歩を踏み出せないでいた。
そんな俺に、山瀬さんは振り返って言う。
「じゃあな。彼女を守れなかったなら、もうお前に用はない。せめてお前は生きろよ」
◆◇◆◇◆
「……」
トボトボと歩く帰り道。
電灯の少ない住宅街の脇道を歩きながら、俺は鼓動でうるさい心臓を落ち着かせていた。
彼女……楯無京子と言う女性は、状況判断になるが、恐らく三つ目の妖に殺された……或いは自殺するように仕向けられたのだろう。
だとしたら、何で?
あまりにおかしい点が多い。
何のために? ――人が死ねば、それで食事は終わりだ。
誰が得をする?――人が死んで得をするのは、妖くらいだ。
どうやって? ――感情操作……意識操作なのか?
吸血鬼や袖引き小僧、ハーメルンの笛吹きのように、人の意識に干渉できる妖はいるが、その類に属する妖なのだろうか?
……ダメだ。わからない。師匠に尋ねるのが、一番確実な気がしてきたな。
「ふぅ……」
ともかく、今日は体と心を落ち着かせなきゃ。
ブロロ、と道の脇を歩く俺の隣を、一台のパトカーが通りかかる。パトロールだろうか。こんな夜更けなのに、大変だな。
なんて思っていると、そのパトカーは俺の隣で止まった。不審に思っていると、窓が開いて……
……あ、まさか補導?
「やあ」
「……あ。さっき、現場にいた」
「キミに用があってね」
先程は気がつかなかったが、関西の方言が利いた喋り方の警官だ。片手を小さく上げて俺に挨拶する。
「さっきのお釈迦さん――楯無京子に憑いていた妖、まだあそこに残っとるよ」
「…………え?」
「なんや、気づいとらんかったんかいな。事件が起きたマンションの屋上――あそこにまだおるで」
あ。そうか。妖にとって、死人ほど無価値な存在はない。無価値になったなら、他の人間に憑くのが常識だから、まだ時間が経ってない今、あの三つ目は飛び降り場所に……いや待て。その前に、この警官は何なんだ?
俺の不安を他所に、ガサゴソとパトカーの中を物色して、「ほれ」と少し重みのある小槌を手渡してきた……小槌?
「それ、楯無京子の遺物なんやけどな。ちっと危険物やなと思て、勝手に取ってきたんや。……それ、呪われとるで」
「呪われてる?」
「おう。多分、その小槌が楯無京子に憑いていた妖の発生源なんちゃうか? ほれ、言うやろ? 火のないところに煙は立たないって。それ、火元ちゃうん?」
「――あ」
俺はその言葉を受け、歩いてきた道を戻り走った。
急に走り出した俺を見て、パトカーの窓から顔を出した関西弁の警官は、はんっと鼻を鳴らしてハンドルを取った。
「……ほんに、世話のかかる後輩やなぁ」




