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悲観楽土 〜高天原には、神はいない〜  作者: 光合セイ
バレンタイン特別章

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チョコレートはツチの中③

「ゼェ、ハァ……」


 ……ちがれだ。

 街の夜空に輝くネオン。人気のない道の街灯。光の一つもない星隠社。歩いても歩いても、何か特殊な物は見つからない。もっと具体的に言うと、妖が見つかる気がしない。

 本当にいるのか? 確か前に、この街は妖が多い、なんて明美師匠が言っていた気がするが、果たして本当なのだろうか。


 ――歩くのが遅くなる。背後から、小さめの舌打ちが聞こえた。


 そもそも妖が悪さをしていたら、誰かが騒ぐのではないか? と思いかねないが、常人は妖を見ることが出来ない、という話をされたことがある。何故か俺は見えるのだが、普通の人は妖の存在を近くできない。


 ――少し人が少ない方へ移動する。


 これは磁石のN極S極みたいな話だ。人と妖は互いに磁石と例えるなら、同じ色同士で付けようとすると反発する。これが正常。だが強引に付けようとすれば、同じ極同士でもくっ付けられる。一つ向きを逆にすれば、これでも付く。

 人が妖を見れる場合というのは、上記どちらかが起こっている状態のことを指す。


 ――人の行き交いが多い道で、俺は壁にもたれかかる。


 何か特殊な事情がない限り、人は妖を見ることも触ることもできない。これが正常のはずなのだ。なのに――


「うっわぁ……」


 ――見つけちゃったよ。


 カツカツ、とヒールで音を立てて歩くOL。見た目は普通そうな彼女に、不揃いの三つ目を持つ、不気味な人面相を持つ()()かが巻きついていた。

 OLの隣には彼氏と思わしき、ダボダボフードの金髪男が並んで歩いており、楽しげに会話しているように見える。


 ある一点を除けば、何も問題のなさそうな絵面なのだ。今日はバレンタイン。恋人たちの祭日だ。男女が揃って歩いていても、なんの不思議もない。そう、ある一点を除けば……


「あれを何とかしろ、ってことかぁ」


 やだなぁ。怖いなぁ。妖の方もそうだけど、金髪男とか絶対チャラ男じゃん。女性は兎も角、チャラ男はやだなぁ。あ、首にタトゥーが見えた。すっごい帰りたいなぁ。

 でも課題だしなぁ。掃討、って言われたし関わらないわけには、いかないよなぁ。……あー気が重い。


「ふぅ――よし、行くか」


 巌のように重い足腰を上げ、恐らく帰宅中のカップルに近付く。何を聞けばいいんだっけ。えっと、霊感があるかの確認と、最近身の回りで変なことが起こってないか、だったか。とりあえずこの二点だけを押さえておけば問題はないはず――


「あの、すいませ――」

「あ?」

「――ン。ヒトチガイデシタゴメンナサイッ!」


 即退散。怖い怖い怖い怖い。睨まれた今めっちゃ不機嫌そうに睨まれた怖い。金髪タトゥー超怖い。これだから田舎のヤンキーは。

 少し振り向いてみる。変な妖に巻き付かれてる彼女の方も、鋭い視線を向けているのがわかった。怖いよこの人たち。もう勝手に呪われればいいんじゃないかな。


「――いやいや、ダメだろ。少なくとも、俺には課題があるんだ」


 例のカップルが見えなくなったところで、俺は呼吸を整える。期限は明日、明美師匠が再びスマホを取るまでだ。

 バクバクと鼓動する心臓を落ち着かせ、俺は大きく息を吸い込んだ。一度、大きく深呼吸。まだ鼓動は鳴っているが、規定値だ。


「よし」


 走り出す。見えなくなったあのカップルの背中を追って、夜の街を走って追った。



◆◇◆◇◆



 二月の夜は寒い。昨今、春と秋が無くなったみたいな話を聞いたが、まさにその通りでと思う。立春を過ぎたのに夜は真冬のような寒さだ。

 そんな夜の街を、俺はひとり無心になって駆ける。気分はさながら夜風になったようだ。体が火照り、発汗し、ようやく目的のカップルが見えてきた頃には息が詰まるように上がっていた。


「……見つけた」


 隠れて様子を伺う。先程と同じく楽しげに話しているようだ。彼女さんの仕事場にいる同僚の話、かな? まぁ正直どうでもいいが、問題は彼女に巻き付いているあの妖だ。

 不気味な見た目、呻きに似た鳴き声。様子だけを切り取ったら完全に悪霊のソレなのだが、あれで福をもたらす妖の可能性も残している。座敷童子なんかに代表されるような、人を怯えさせる性質を持つと同時に、人に益をもたらすような妖もいる。そういう妖の退治は、極力避けなければならない。


「……あれはどっちだ?」


 憑かれているのに、苦しむ様子は微塵もない。彼氏の方にも影響が出ているとは思えないな。多分、大丈夫なのだろうか……あの見た目で……?


「……ん。あそこで分かれるのかな?」


 家が違う方向なのだろう。二人は手を振って違う道を歩き始める。俺が追うのは彼女さんの方だ。もし万が一のことが起こっても対応できるように、明美師匠から教わった術を行使出来るように準備だけは進めておく。

 彼女は段々と人気のない方へと進む。俺も電柱や分かれ道の角なんかに隠れながら、彼女の尾行を続ける。


 ――と、尾行を続けていると、背後に気配を感じた。圧迫感や悪寒に近い不快な感覚だ。間違いなく、背後に何かがいる。確信を持って俺は振り向いた。


「ひぅ」

「おいテメェ、何してんだァ?」


 そこには金髪タトゥーの、あの怖い彼氏さんがいた。



◆◇◆◇◆



「おいテメェ、何してんだァ?」

「ひぅ」


 背後には、金髪タトゥーの彼氏さんが立っていた。もうそれだけで怯み上がって、俺は声も喉を通さなくなってしまったが、彼は本当に単純に疑問に思ったような声音で、俺の肩をガッチリと掴んだ上で問うた。


「カタギのモンじゃねェだろ? 俺の見立てだと、陰陽師ってとこだと思うンだが違うか?」

「え? ……あ、はい。見習いですけど」

「見習い陰陽師か、珍しィな。陰陽師ってのァ、爺さん婆さんの職業なンかと思ってたぞ」


 間違いではない。陰陽社会は少子高齢化が進んでいて、地方に出張ったりするのは高齢の陰陽師が多いと聞く。……というか、その辺りの事情を知ってるってことはこの人……?


「霊感のある方、ですか?」

「まアな。昔一回死にかけた辺りから、変なモンが見えるようになってンだよ」

「ああ、三途の川効果……」


 一度死にかけると、霊的なものが見えるようになる。というのは俗説でもある話だが、まさにそれなのだろう。


「俺ァ、山瀬(やませ)高雄(たかお)ってんだ。お前の目的は、あの三つ目だろ? ンなら、ここは一時共闘と行こうぜ、見習い陰陽師」


 山瀬が差し出した手を見て、呆然としていた頭を叩き起こした俺は、すぐさま彼の太い手を取った。


「あ……は、はい! 俺は高原天です!」

「そかそか。じゃあソラって呼ぶな」


 ここに、少し奇妙な共闘関係が成立した。



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