47話 病室での一幕
「……知らない天井だ」
言ってみたかった。
時刻は、十三時二十九分。眼前には広がったのは、清潔感のある白い天井だった。
鼻をつくような消毒液の匂い。陽の光の差す窓際のベッドで、俺はゆっくりと瞼を開いた。
「……病院か」
昨日の記憶がない……ということはなく、鮮明に覚えているため下手なことを言えない。
昨夜……否、今日の明朝。俺は肩の傷やら膝の打撲やら、傷だらけの身体を診た師匠によって、近くの医大病院に運び込まれた。
お陰で今はミイラ男姿で入院だ。ハロウィンにしては時期はずれが過ぎる。この怪我を診た医師は驚いた顔をしていたが、上空の触手の被害者と伝えたら納得してくれた。
まぁそんなこと言われたら、医者の方も納得せざるを得ないのだろう。
それほどまでに、今朝は大騒ぎだったらしい。眠っていて何も知らない関係者がここに居ますよ。
ふと思ってテレビリモコンに手を掛ける。一チャンから順にチャンネルを回した。
ニュース。子供番組。放送番組なし。バラエティ。ニュース。バラエティ。韓ドラ。バラエティ。
……何処のニュースも、触手は出現から一時間ほどで消え去った、との報だった。
仕方あるまい。神秘の世界を知らない人からしたら……いや、知っている自分からしても、正体不明の未確認生命体なのだ。情報が少な過ぎる中で、よく報道ができていると思う。
「……」
……どこのニュースも触手のことばかりだな。バラエティもよく知らない番組ばかりだし……
というか、大丈夫だよな。被害者ってことで取材とか来ないよな? 来るならすごく面倒なんだけど。
怖くなってテレビを消した。
「……痛っ……」
起きあがろうとすると、肩が悲鳴を上げる。しばらく動けそうにないな……暇だ。
特にやることもないため、シトナイを呼び出そうとするも符がない。当然だ。俺の私物といえば、病室には少ない。着ている服も病院服だし、近くの机にはスマホが一つ……
「最強の暇つぶし道具、発見」
現代の利器万歳。時代は令和なんだよ。機械なくして暇なんか潰せるかっての。
「うわぁ。心配かけてんなぁ」
緑のメッセンジャーアプリのアイコンには、見たことない数の通知があった。あ、渡辺さんからも来てる。師匠経由で知ったのかな?
「あ、今日クラスの皆来るのか。大丈夫かな、館山から距離あるけど。退院したら即修行かよ、鬼か師匠。あ。鵬明さんからも来てる。あの人またアメリカ行くのかよ。だからって退院祝いを送られてもなぁ。入院中なんですけど、俺」
安部家からは心配な声が一つもない。一応俺、身内だと思うんですけど。
まぁ、退院祝いをくれてるだけマシなのか? ……またあのリストバンド、みたいなモンじゃなかろうな。
――とまぁ。そんな感じで、知り合いからのメールの海に溺れていると、コンコンコン、と徐ろにドアが叩かれた。
「はーい、どうぞー」
「ん。起きていたのか、高原」
「難波先生」
入室して来たのは、俺の担任である難波綾香だった。難波先生は手に下げたビニール袋を机に下ろすと、俺を見て言う。
「思っていた以上にボロボロだな。相当な死闘だったと見える」
「まぁ首魁との戦いだったので……ギリギリ勝てた感じだと思いますよ」
「そうか。タオルやハンドクリームを買って来たから、よければ使ってくれ」
「ありがとうございます」
コンビニの袋の中に、微かにチューブらしき形と、ふわふわそうなタオルが見えた。
「それで、怪我の方がどのくらいで治りそうだ?」
「担当の人に聞いた限りは、一週間くらいで退院出来るそうです。ただ完治までは一ヶ月は掛かるから、安静にしているようにと言われました」
「そうか。ならば実技諸々の予定は、それに合わせてスケジュールを立てよう」
メモにカキカキする難波先生。仕事人間だなぁ。ありがたい話ではあるんだけど。
「ところで先生。授業の方は大丈夫なんですか? というか、他のみんなは怪我とかは……?」
「授業は他の教師に任せてある。あと怪我……とは言っても、高原以外は幸い元気だ。戦いの後にしては、過ぎるほどにな。私の生徒は運がいいらしい」
それは良かった。東京近郊の陰陽師が呼ばれていたから、密かに心配していたのだ。自分が死に掛けただけあって、他人の命に対して敏感になっているのもある。
「ああ、それとな。階級制度を知っているか?」
「階級? 何のですか?」
「無論、陰陽師のだ。警察には巡査から総監までの階級があるように、陰陽庁にも同じく存在する。役職、とも言われるな」
「はぁ……」
そう言って難波先生は、何かを取り出そうと鞄の中を弄った。
そういえば陰陽師を統括してるのって、陰陽庁だったか。分類としては警視庁とか防衛庁とか、それと似て非なるものだったような。
……確かに、階級制度があってもおかしくはないか。
「……キャリア、ってやつですか」
「陰陽師の場合は、プロフェッショナル・キャリアだが……まぁ、そこは一旦置いておこう」
内ポケットからA4くらいの大きさの紙を取り出した。
なんか嫌な予感がするというか、昨日の今日という状況では、何か起こりかねないというか……兎に角、すごく嫌な予感がした。
階級とか、そういう話はナシにして頂きたい。
「百鬼夜行という非常重大なる事柄において、高原天による首魁・平将門の討伐への貢献に対し、昇級という形で報いることになった……らしい」
「へ? 昇級? 俺、階級持ってたんですか?」
「一応、陰陽師として活動している者は総じて、国家公務員という括りの中にいるからな。階級バッジが配布されるのだが……対象者が学生の場合は、成人後に相当する階級のバッジが配布されることになる」
ああ、なるほど。学生が公務員とか、他の役職からしたら意味のわからないことになるもんな。
例えるなら警察学校の学生が既に巡査になっていたり、防衛学校の学生が少尉だったりするようなモノだ。意味わからん。
「――というわけで、これがその賞状だ。成人後に陰陽庁に提出すれば、いきなり同世代のトップに立てるぞ。給料も高い」
「それは有り難いですけど……俺、今回の戦いではそこまで活躍してないっていうか」
「オペレーターは倉橋だったそうだな、聞いたぞ。色々と無理をしたそうだな」
ゔ……。確かに、無理はしたけど。活躍したかって言われると……内容としては、なぁ……
「安倍家が回復するまでの囮を担当したそうだな。討伐まではいかなくとも、学生の成果としては十分だ。……それに、これを称さないと五月蝿い輩が出て来てな」
「輩?」
難波先生は「うむ」と頷くと、テレビを方を指差した。……ああ。
「神秘が流出したんでしたっけ……」
「そうだ。お陰で何処の省庁も大騒ぎだ。日本との貿易は安全なのかだの、民間人の被害は如何だの、これの対応に当たった人は無事かだの、な」
「それで後々、波風立たせないために俺に賞状が贈られたと」
「ああ。高原にも迷惑を掛けることになると思うが、恐らくそこまで被害はいかないだろう。私達もそう動く。安心してほしい」
なるほど。それは良かった。俺がほっと胸を撫で下ろしていると、難波先生はそれを不満に思ったのか、額に青筋を立てて、声のトーンを落としながら言った。
「だが今回の単独戦闘は頂けないな。高原、お前は今より自分の命を大事に思った方がいい。死んで後悔しても遅いのだぞ」
「それは……その、心配かけて、ごめんなさい」
「まったくだ。これは私の知り合いの言葉なのだがな――」
難波先生は言葉を噛み締めるように。
或いは何かを懐かしむように。
少し、間を開けてから、こう言った。
「――生きて、死になさい。それが、命への礼というものだ」
第2章『将門夜行』編 完
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