46話 新宿中央公園の戦い・決着
――刀と拳が、交差する。
――熱と風が、反目する。
血飛沫が飛び、身体に衝撃が奔り、そして――
◆◇◆◇◆
――そして、刀は俺の肩を貫いた。
正確には間接窩を、ドスリと。刀身を滑らかに滴り落ちる赤い液体と、それに反比例するように吹き出す血飛沫。
対して、俺の拳は悪心影の顔を凹ませた。
中の顔面にまで届いているかわからない。けれど兜を凹ませる程度には、俺の力は突き刺さっているはずだ。
幾らかダメージになっただろうか。
否、ダメージにもなっていないだろう。
苦しむ素振りも、身悶える素振りも見えない悪心影に、この拳如きでは痒みすらも与えられていないと思う。
だが、それでもいい。俺の役目は、悪心影を倒し斬ることじゃない。悪心影が倒せるようになるまで引きつけ、弱らせ、あわよくば倒――
「……こふっ」
――限界が来た。肩の血管が刀によって遮られ、逆流した血液が口から噴出する。心なしか、目も痒くなってきた。充血しているのだろう。
これ以上の戦闘は可能か? ……恐らく可能だろう。だが、その後のことなど考えたくもない。
「……だいぶ無理、したかもな……」
「体外の血とは、勇気の証。痛みとは、その証左だ。当代における、我が最大の宿敵よ。恐れるな、そして誇るといい」
誇り、誇り、誇り。
そんな物、持ったことがない。そもそも、これから死ぬかも知れないのに……いや、確実に殺されるのに、持っていても意味がない。
誇りだの何だのと……さっきから平安時代の価値観ばかり。
「……ふぅ」
本当に、嫌になる。
「懸けまくも畏き伊射奈岐大神――」
「……?」
「――筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」
俺の突然の奇行に悪心影は首を傾げるが、それを好機と見てさらに詞を紡ぐ。
「御禊払へ給いし時に生り坐せる祓戸の大神たち」
「……待て、何をしようとしている……?」
俺の肩に刺さった刀を引き抜こうとする手を掴み、決して離さんと抱きしめる。正直、推定おっさんなんて抱擁しても気持ち悪いだけだガ、これバかりはしョうがなイ。
「諸々の禍事、罪 穢有らむをば、祓い給え清め給えと申す事を聞食せと――」
「抜けん……まさか、貴様――!」
ああ、流石に気付いたか。そのまさかだ。
――絶対ニ、逃ガサナイ。
「恐み恐み申す――!」
祓詞。
イザナギノミコトは黄泉降りの後、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原という場所で、穢れた心身を海水で禊を行うことで落とそうとしたという。その時に生まれた神々の力を以って、罪や穢れを清めたとされる。
この詠唱はその物語を模した物であり、この術には罪や穢れを落とす効果……つまり邪悪なるモノへの特攻効果があると考えられる。
「這い寄る混沌を、母体にしてるなら……少なからず、痛いんじゃないか?」
「やはり貴様は、陰陽師か……!」
「言っただろ、俺は見習い陰陽師の高原天だってな! 一騎打ちを所望してたんならごめんけど、俺は望んでないんだ!」
俺を中心として円形に広がる効果範囲……その超至近距離で効果を実感する悪心影の痛みは、相当なものになるだろう。
「師匠――!」
「――よくやったわ。でも後で、お話が必要かもしれないわね」
富士見台から見て東。花のガーデンから姿を現したのは、安倍明美と――ブロンド髪で青い目の少女……あれが多分、ノーラ・シュリュズベリイか?
「チ――動けんッ!?」
「……当たり前だ。何度も言うが、お前が死ぬまで、付き合ってもらうぞ?」
「――っ!」
……動揺が、見えた。ということは、恐らく最適解だったと見える。良かった、人にやられて嫌なことは、敵には積極的にやるべきだな。
ズン、と身体が震える。内的衝動ではない。外部からの揺さぶりだ。悪心影が引き剥がそうとしてるのか……?
「お疲れ様、お兄さん。後は私に任せてくれてもいいよ」
違う。ノーラ・シュリュズベリイが、俺を助けに来てくれたらしい。俺の肩から刀を引き抜くと、すぐさま悪心影の腹に槍を突き刺した。
その悪心影はといえば、逃げる隙にも反応出来ずに為すがまま。これまでのダメージの蓄積が、余程効いているらしい。
「良い所を持ってくみたいで、なんかごめんネ」
「……いや全然。死ぬよりはマシだよ」
「そっか」
どかり、と地面に座り込んだ俺は、最早微動だにしない悪心影を見やる。そして言い訳がましく言う。
「すまんな。俺には、仲間がいるんだ。数の利を使うのは卑怯だとは思ったが……まぁ、あんたも質の利をわかってて一騎打ちを仕掛けて来たし、これでチャラだと思ってくれ」
「――。」
「武士じゃなくて、ごめんなさい」
血を垂れ流す肩を抑えながら、頭を下げる。こうでもしないと、祟られそうだから。日本最大級の怨霊の祟りは、流石に怖い。
「――。」
悪心影は、何も言わない。失望か、或いは口を利く気もないのか。どちらにせよ、残当だろう。俺は少なくとも、彼にとっては良くないことをしたのだから――
「――よい」
「……?」
「これは当方が、武士であることを拘った結果。貴様が陰陽師である以上、これは当然の結果だ」
「……」
「貴様に倣って言うならば――言っただろう。体外の血とは、勇気の証。痛みとは、その証左だ。当方はいま、貴様の策で痛みを感じている」
それは、心か、それとも身か。どちらとも取れる。……恐らく、彼なりの意趣返しなのだろう。
「当方は、これより消滅するのだろう。故に、遺すべき物をば、貴様に与えん――」
そう言った悪心影は、自身の腕を重そうに持ちあげる。そして上空を指差した。
「――上を見ろ」
釣られて上を見る。
「――は?」
「な――!?」
「嘘……でしょ?」
上空に出現した空洞。ワームホールのような見た目のそれ。
そこから、大量の触手が蠢いていた。
色は黒。自由に、そして気ままに。新宿中央公園を――否、新宿区を――或いは東京都に――
――地球の一部を覆い隠す数の触手が、そこに出現していた。
「――アレを、倒せ。さもなくば――」
――あっけなく、人類は滅ぶぞ。
◆◇◆◇◆
とある家のテレビから流れるニュース。
開け放たれた窓から外を見る家主の横で、その音声は流れていた。
「緊急速報です。現在、東京都上空に巨大なタコの触手が出現しており――」
どこの番組を付けても、触手のニュースしか流れていない。エンタメ番組も、歌番組も、一斉にニュースへと切り替わっている。
SNSを開くと、こちらのタイムラインも、触手の話ばかり。トレンドもそう。
『東京都』
『触手』
『タコ』
『ファンタジー』
そんな言葉が羅列されている中で、かなり動画や画像も出回っている。
画角も状況も、それぞれ違う物が流れる中で、この現象を生成AIの仕業と断定するのは非常に困難だった。
――米国は、神秘の漏洩を恐れている。
いつか誰かが言ったその言葉。
それに反する、この社会現象。
この日、神秘の秩序が、崩れ去った。
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