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悲観楽土 〜高天原には、神はいない〜  作者: 光合セイ
2章 将門夜行編

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45話 死線での攻防

 殴る。躱わす。蹴る。跳ぶ。

 蝶のように舞うことも、蜂のように刺すことも俺にはできないが、それでも戦うことは出来る。

 戦う。戦え。戦わなければ。壊れた機械のように、思考を繰り返す。だが、そうしなければ、死んでしまうのは俺なのだ。死んでしまうのは絶対嫌だ。だから、戦わなければ。


 剣が鼻先を掠る――当たって()いない。

 蹴りが脇腹に刺さる――倒れて()いない。

 拳が目を潰す――痛い、と思った()()だ。


 肉体が壊れていく。

 ――死ぬより()マシだろう。

 いずれ倒れてしまうぞ。

 ――死ぬより()マシだろう。

 危機感が心に積載している。

 ――死ぬより()マシだろう。


 恐怖も、希望もない。あるのは虚無感ただ一つ。

 高原天という人間が人間のまま、己よりも神に近しい存在と戦うという、未来の見えないビジョンを思い描き、戦闘という行為にだけ思考を傾けている証拠に他ならない。


 人間はやめない。神にもならない。俺が人の身のまま勝つ(生きる)ためには、戦う行為を止めないようにする事が肝なのだ。

 息が上がる。汗がすごい。肉体がそこらじゅう痛い。……けれど、身体の動きは止めない。


「何故――何故、脚の腱を切られて動ける?」


 黒甲冑が、そんな疑問を口にした。……? 脚の腱が切られてる? 誰のが? 俺のか?

 ふと、視線を逸らして足元を見る。すごい量の赤い液体が噴出していた。あらま、いつの間に。俺の脚が切られていたようだ。


「死ぬまで付き合ってもらう、って、言っただろ!」


 止まらない。止まれない。何故か。俺が戦わなければならないからだ。死んでないなら、如何とでもなる。それが俺だ。高原天なのだ。


「やはりその脚、特注品か……!」


 そうとも。俺の脚は特注品だ。俺の脚かも怪しいけどな。長期戦が出来るか怪しいが、それでも今は俺の脚だ。俺が勝つまで保たせてみせる。


「そうとも。俺の自慢の脚だ。蹴りでも食らえ!」


「先のお返しだ」とでも言わんばかりに、俺は黒甲冑の脇腹に蹴り込んだ。怯んだ様子はない。当然だ。先程から、俺の攻撃が効いてる様子がないのだ。

 この甲冑が想像以上に硬いのか、それとも何かしらの神秘の効果が作用して効いていないのか。どちらにせよ、攻撃の手を止めることはしない。止めればその時点で俺の負け。俺は斬り殺されるだけなのだ。


 そうとも――死ぬより()マシなのだ。


 ガシリ、と足を掴まれた。……あ、これはマズイ。掴まれるのは聞いてない。言われることは、ないのだろうけど。それにしたって……


「うぉおおおお……!?」


 ぶん、ぶん。ハンマー投げでもしてるのか、とでも思いそうなほど振り回される。遠心力で持ち上がった俺の体は、段々と宙に持ち上がり――


「どぅわぁああああ!?」



 ――投げられた。



 空中で制御の効かない体を持ち直そうと、必死になって腹筋と体幹に訴えかける。しかし鍛え方の足りない筋肉達は動いてくれない。……というか、空中で体を動かそうとするのが無理な話か。


 目視、上空二十メートルほどか。落ちれば骨折は免れないな。動けなくなって、斬り殺されたらそこで終わりか。


南無(なむ)観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)――」


 詠唱、開始。師匠に習った、仏教由来の治癒術式。骨折し次第、すぐに治療が出来るように準備する。


「――傷を抱えし我が身の苦しみ、疾く疾く救いたまえ――!」


 落ちる。落ちる。落ちる。さながら水面に突っ込むカワセミのように。富士見台へと突っ込んでいく。


「ぐ――っ!?」


 落下。そして強打。背中や腕からゴキリ、と嫌な音が微かに響いて鼓膜を揺らす。その痛みが俺の心を大きく揺るがした。薄れる意識を気合いで繋ぎ止め、俺は涙で掠れる視界の中で星形(セーマン)を描く。


「【六根(ろっこん)……清浄(しょうじょう)】……!」


 ミチミチ、と擦りむいた肉が塞がっていく。無論、消毒なんて出来ていない。衛生的には最悪だが、緊急事態だ。この際しょうがない。

 間違いなく粉砕された骨も、俺に苦痛を与えながら繋がっていく。三十秒もすれば、俺の体は元通りだ。……まだ、全然痛いけれど。


「――っはぁ……! ……立て――る、な」


 脚が、フラフラする。

 ――立ち上がれる。まだ戦える。

 そろそろ、限界か。

 ――大丈夫。まだ戦える。

 自信が、無くなってきたな。

 ――立てる。勝てる。戦える。


 精神論で繋いだ心を奮い立たせ、俺は前を見据える。富士見台の下に、黒甲冑は立っていた。皮肉にも、追い詰められた俺が見下す形になっている。


「――名を――」

「……あ?」

「名を――教えてほしい」


 いきなり何を言い出すかと思えば。空にぶん投げたやつに聞く事じゃないだろう、それ。……。けど、何処か。……黒甲冑の問いには何処となく、逆らえない雰囲気があった。


高原天(ごうはらそら)。現代の見習い陰陽師だ」

「……高原天……そうか、覚えておこう」


 ……釣られて言っちゃったけど、大丈夫かしら。神秘の勝負になった時、名前を明かすのは悪手中の悪手、みたいな話があったけど。


「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ――」


 それは、日本においては代表的な口上。

 平安から鎌倉まで、日本の武士が()()の正当性を訴えるために用いたとされる、一騎打ち前の名乗り合い。


「――我こそは、(たいら)新皇(のしんのう)将門(のまさかど)。伏せる二の名を、悪心影(あくしんかげ)。この日ノ本に降臨せし、初代悪心影である」


 悪心影。詳細は知らないが、恐らく夢で見た通りの話なのだろう。ニャルラトホテプ、という仮想の神を媒体にして地球に干渉している外宇宙由来の存在。その化身の一つ。

 それがどういうわけか、或いは最初からそうだったのか、平将門という日本史上の人物を模って顕現している。


 今の名乗りも、俺は完全に信用しているわけではない。だが平将門を名乗る以上……いや、それこそ最初から。俺に容赦の二文字はない。


「陰陽師・高原天。其方を、我が最大の敵と断定する。いざ、いざ、尋常に――」

「……」

「――対等な死合いを――」



◆◇◆◇◆



 接近。肉薄。俺の頬を刀身が掠める。刹那の間、首を狙われた斬撃は、顔を少し動かすことで回避した。

 肉眼で追えなかった。消える、という行動からの推測に従っての回避。本当に、ギリギリだった。


 切り替えが追いついた。油断ができない。死線が、常に俺を囲っている。そんな感覚だ。

 体はまだ痛い。治癒は出来たが、回復は出来ていない。耐久戦は無理だ。俺にそんな体力はない。むしろ、よく動けていると言えるだろう。


 避けても避けても、叩いても叩いても。次の一手が常に俺の命を狙っている。

 感覚は、かつてないほど研ぎ澄まされている。俺の命を狙う次の一手が、頭ではなく感覚でわかる。だからこそ、俺は動ける。動けるからこそ、俺は戦える。


 ――今度は、こちらの番だ。


 繰り出される袈裟斬りを避けると、俺はその腕を掴んでぐいっと引っ張る。すると悪心影は体勢を崩し、望まぬ形の前傾姿勢になった。


「うぉらあああああ!」


 再三言うが、ここは富士見台。つまり高低差のある丘である。俺が落下の衝撃で体を痛めたように。落ちてしまえば、少しの怯みは仕方のないことだ。

 だから、落とす。草木の生い茂る坂道を転がす。黒甲冑にも、俺と同じ気持ちを味合わせる。


「――む」


 落ちる。落ちた。落ちろ。ダメージはないかもしれないが、少しは弱者の気持ちを知れ。……いや、知っているのだろう。平将門は、弱者の側に立ったからこそ歴史に名を刻んだ英雄だ。


「らぁあぁ、ぁああああ!!」


 俺も、落ちる。否、走り下る。

 追え、追えっ、逃すなっ! 少しでも回復の機会を与えるな! 怯んだところを見逃すな!

 俺は拳を振り上げ、跳ぶ。狙いは悪心影、ただひとつ。


 倒せないかもしれない。わかりきっていることだ。蹴っても殴っても、この黒甲冑は倒れなかった。今回も、同じかもしれない。

 けれどそれが、攻撃の手を緩める理由にはならないだろう!



 俺の追撃を見て、悪心影は刀を振り上げる。

 斬る動作ではない。突く動作だ。

 脳裏を過ぎるのは、重装歩兵の四文字。俺の勢いを利用して、突き刺すつもりか。――だからと言って、走るのは止めれない。


 ――刀と拳が、交差する。

 ――熱と風が、反目する。

 血飛沫が飛び、身体に衝撃が奔り、そして――



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