43話 接戦演じて
ピクリ。唸るように体が跳ねる。入眠時ミオクローヌスに近い、浮遊感からの帰還である。
夢の中での出来事だ、というのはわかるが、やはり落下は心臓に悪い。
……うん、大丈夫。はっきり覚えている。
あの白粉の女性のことも、猿田彦のことも……そして、俺が何をするべきなのかも。
「……おや。起きられたましたですじゃな?」
と。近くにいた老婆に声を掛けられる。
寝起きでボヤける目を擦り、こびりついた曇りを晴らすと、そこには懐かしい老婆の姿があった。
「陰婆。久しぶりです」
「うむうむ。ご壮観に成長なされているようで何より。ババアの老婆心も満たされる、というものですじゃ」
陰婆。俺の故郷で出会った、安倍明美の式神だ。
俺の身を守る、という事態に陥った時に召喚されていたところを見るに、守勢において真価を発揮すると思われる。
恐らく今回も俺の身を守らせるために、師匠が召喚したのだろう。
「ご迷惑をおかけしたみたいで……」
「いえいえ何の。子供を見守るのは大人の役目ですじゃ。子供を害するのであれば、ババアも動かざるを得ないのですじゃよ」
頼もしいというか何と言うか……少なくとも、大人としての信頼感は強い、のだと思う。
「ところで戦況は?」
「五分五分、と言ったところでしょうか。南蛮の少女……ノーラ、という近接戦闘員が参戦して均衡を保っているようですじゃが、これを突破されれば次は若様が危ない。けれどその第一防衛戦が破られていない、と言ったところですじゃな」
「ノーラ……ああ、援軍で来るって言われてた……で、その師匠は?」
「六合……兎の式神を召喚しておりますな。我らの中で最も継戦能力が高く、そう易々とは突破されにくいとは思いますじゃが……」
「楽観視は出来ない、と?」
言って、俺は気づいた。
そうか。状況は鵬明翁とまったく同じ。ノーラの体力が切れればこちらが負ける、出来レースになっているわけだ。
立ち止まって思考する俺の問いに、陰婆は頷いた。
「ええ。……ですじゃが、どうやら天啓を得たようなご様子。何か、思いつきましたですじゃな、高原殿?」
「天啓ってよりは、師事みたいなモンですけどね」
「師事……こういうのも何ですじゃが、あまり若様を悲しませぬよう……」
……? 何を言ってるのかわからないけど、師匠を悲しませようとは思わない。だから杞憂だと思うよ、陰婆。
「ああ、それと一つ。若様から伝言を預かってますじゃよ」
「伝言?」
「ええ――」
――何をしてもいいけど、死なないで――
「――だとか」
「……ん、了解です」
俺は一つ頷いて、視線を戦場に戻す。
無茶無謀も策の内。
けれど今回は封印だ。死兵は次回に取っておく。
目とつま先を前に向け、俺は大地を蹴って走り出した。
◆◇◆◇◆
飛び交う剣撃、槍突……そして兎の足。
ノーラが攻め、明美が援護し、兎が撹乱する。そんなトリプルフォーメーションを、黒甲冑は難なくいなしていた。
あくまでもカウンター主体。その分析は半分当たりだ。
確かに、返し刀は研ぎ澄まされている。だが攻勢に転じて刀が鈍る、というわけではない。
敵が女子供であろうと、刀が鈍る事はない。――だが、しかし。
「ワーォ! 日本のSAMURAIってすっごい! なんで全部受け流されるの!?」
「カウンターを狙ってるって言ったでしょ! 最初から狙われてたら、簡単にいなされるわよ!」
「そうなんですか! 単純な槍術じゃ無理、と……」
「ちょ、戦いながら考え込まないでもらえる!? 合わせずらいったらないのよ!」
……何故か、崩せない。
無駄口を叩き合う二人の女武者、そして一羽の兎を、突破することができない。
単純な力量差ではない。何かしら、見えないところで働いている力が、この接戦を演じている。
「……」
ならば、その“力”とは何か。決まっている。我が手の届かぬ位置に立つ、あの陰陽師だ。
あれは厄介だ。非常に厄介だ。俯瞰して見ている分、誰よりも早く『我が眉間』を見つけることだろう。
――だが逆に言えば、先に片付けてしまえばいい。
目の前の槍使いが邪魔だが、所詮は人間。一度体勢を崩せば――
「お――」
槍を振るった直後の、無防備になった足を払う。狙い通りだ。
この先を突ければ、最早敵ではない。迫る兎の顔を掴み、握りつぶす。後は陰陽師まで迫れば、戦いは終わりだ。
「――っ!」
陰陽師の顔に恐怖が浮かぶ。
当然だ。後方支援が最前線に立たされたのだ。恐ろしいことこの上ないだろう。その恐ろしさを、この身は、よく知っている。
「っ……!」
走る。駆ける。突撃する。
最早背後の槍使いなど関係ない。見据える敵は、陰陽師のみ。
刀を構える。横凪ぎの構え。左から右へ。首を狙った一閃を叩き込む。
苦しませず。安らかに。極楽浄土で安寧に――
「――らァぁぁあああああ!!」
◆◇◆◇◆
――逸れた。
肉体は横にそれ、刀も同じく、狙われた首には当たらず、肩口を少し切るだけだった。
「……高原くん!?」
師匠に斬りかかろうとした黒甲冑に、我が身一つで飛びついた俺は、勢いそのまま芝生の上を転がる。
「づ……、っはぁ……」
息を吐いて、痛む体を起き上がらせる。
ノーラとの戦いにケリが付かず、その支援をしている師匠に矛先が向くのは想定出来た。
どうやら、俺の推測は正解だったらしい。
「……お?」
土まみれの顔を拭うと、薄赤い液体が付着していた。どうやら口を切ったらしい。
痛覚が麻痺しているっぽい。すごいな、全然痛く感じない。アドレナリンがドバドバだ。
「貴様……」
どうやら俺は眼中にもなかったらしい黒甲冑は、驚いたような声音で俺に目を向けた。
皮肉の一つでも言ってやりたいが、そんな余裕はない。俺は喉が張り裂けんばかりの大声を上げる。
「――今だ、シトナイ!」
「だぁ!」
青白い、極太の光線。
俺の掛け声に応じたシトナイによる、超高出力の霊力放出が黒甲冑を襲う。
黒甲冑から見て左側。突然の強襲は、素早く伸ばされた両腕で受け止められた。
「やっぱり、そうだ……」
悪霊、邪神……その本性がなんであれ、元になっているのは一人の人間だ。
神ならともかく、人間であるなら、絶対値となるキャパシティは存在する。
平将門は軍人。歴史に名を刻んだ、優秀な武人だ。こと戦いにおいて、俺が先手を取れる事はない。
だが戦いという答案用紙には、事前に覚えた単語は載っていると同時に、作者の感想なんていう誰もわからない問題も出されるはず。
奴は、そこで失点する秀才――つまるところ、奴はアドリブに弱いのだ。
「……っ、ふぅ……」
一瞬の迷いを断ち切る。ここで迷っては、次の瞬間には刀のサビになってしまう。
ここから先はぶっつけ勝負。一か八かの――
「――出たとこ勝負だ、大怨霊! 死ぬまで付き合ってもらうぞ!」
体内の“力”を、すべて解放した。
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