41話 投じたるは石か、それとも賽か
その女性を一言で表すなら、”古代”だった。
植物繊維で編まれた上着に、短衣を羽織り、着色されていない白い裳を穿いている。
勾玉が巻き付いた首飾りを付け、何らかの植物を鉢巻のように巻いたその出立ちは、古代日本の女性を思わせるようだ。
「えっと……あの?」
『ああ、すいません。混乱されていますよね。わかります。誰だって、いきなり自分の住んでる世界が変わったら怖いですもの』
「いや、まぁ……それはそうですけど……えぇ?」
聞きたいことに答えてくれているような、でも何処かズレているような発言をする和風貴婦人に抱えられながら、俺はぐるぐると頭を回す。
『少々手荒な手引きになってしまい、申し訳ありません。こうでもしないと、こちらにお招きできないので』
「あの……ここは?」
『ああ、ここですか? ここは――』
雲海が揺蕩う山の上。明らかに広大な空の中。
俺は周囲を見渡し、ここが現世ではないことを確信する。
太陽が異様に近い。雲海が凍っている。
雲海の下は、まるで凍土の中のよう。木々も、土も、何もかもが凍っている。
こんな光景が、現実にあって溜まるものか。
ここは――
『――ここは隔り世。人はここを、高天原と呼びます』
◇◇◇◇◇
「たかまの、はら……?」
『別名、高天原……ああ、芦原中国では、高天原の読みが主流でしたね。あ、降りようと思わないように。足元が抜けて落ちますよ、地上に』
「落ちたら、どうなるんです?」
『自由落下の法則をご存知で? ぐちゃっ、ですよ、ぐちゃっ』
やだ、こわい。
『安心なさってください。落とす気は毛頭ありませんので』
「……」
『覗き込まない方がいいですよ、余計に怖くなります』
確かに。遊園地では、ジェットコースターとか観覧車に乗る時に、下は見ない方がいいと聞いた。
二本の足で立つ女性に身を任せている以上、これ以上の恐怖はないのだ。余計に怖がってどうする。
「……というか、高天原ですか?」
『はい。天さんに聞き馴染みのある言葉で言えば、いわゆる天国という場所になります』
「ああ、天国……え、俺死ん……?」
『死んでません。妾がお呼び立てしただけなので……もちろん、呼び寄せたのには理由があります。本題に入りましょう』
……お姫様抱っこされながら? 羞恥と自尊心に揺られて、話が耳に入ってくるか怪しいんだけど……
『芦原……いえ、日本列島に脅威が這い寄ってきているので、これを打倒して頂きたいのです』
「脅威? というか、何で俺に……」
『理由は主に二つ。現状、妾からコンタクトが取れる人間が限られていること。そして――』
彼女はそこまで言って、ハッと口を閉ざすように言葉を占めた。
その動きがかなり怪しく見え、「ん?」と思わず喉を鳴らして疑問を提示する。
一秒ほどの熟考の後、彼女は「失敗した」とでも言いたげな表情で口を開いた。
『……もう一つなのですが、これは妾よりも専門家がいるので、そちらに聞いてくだされば』
「専門家? ……え、誰……」
『――芦屋咲。貴方のクラスメイトですね』
「芦屋が?」
『呪いの器、という単語を出せば、喜んで知っている情報を教えてくれることでしょう』
呪いの器。何処かで聞いたような……?
『それもこれも、まず目の前の脅威を片付けてから、ですけどね』
「目の前……あ、そうだ。黒甲冑!」
『ええ。貴方達が黒甲冑、または将門霊と呼称するモノ。このまま似たような攻勢を続ければ、間違いなく貴方の知人に戦死者が出るでしょう』
「……っ、……」
……言いづらいが、俺の推測と同じだ。
戦ってわかった。あれは生半可な攻撃ではビクともしない。
白虎の爪も、俺の霊力放出も。黒甲冑にとっては片手間で防ぐ程度の攻撃でしかなかった。
きっと弱点があるはず。そう思った時には遅かった。きっと【威圧】であろう“風”に意識を奪われ、今の状況だ。
「……そうだ! 貴女は俺を高天原に呼び寄せた、と言いましたよね。てことは黒甲冑をここに呼び寄せて、地上から隔離……」
『無理です。……いえ妾が倒せない、という話ではなく、最初に言いました通り、妾が干渉できる人物には限りがあるのです。黒甲冑は対象外……力になれずごめんなさい……』
……まぁ、そうは問屋が卸さないか。それが出来るなら最初からやってる、って話だ。
なら一刻も早く戻らないと。あの戦いで、俺も力になれる事は把握済みだ。
『焦らないで。言ったでしょう、このままでは何も変わらないと。あれは激流のようなモノ。止めるには、一石を投じる他ないのです』
一石、一石……それが分かれば苦労はしない。
……いや待て。そうだ、さっきこの人は『倒せない話ではない』と言ったな。
つまり倒せる算段はある、ということだ。しかし簡単には頷いてくれなかった。ならば――
「じゃあ、取引をしましょう」
『……?』
「黒甲冑を倒せる方法を教えてください。その代わり、俺は貴女の望む物――それが俺の命であっても、差し出しましょう」
『……おっと……』
――キィン、と。
耳鳴りのような音がした。
彼女は、心底驚いた顔をしたかと思うと、にこりと笑って頷いた。
『そうですか……ならば誓約を結びましょう』
「……契約」
『はい。死んでも破れる事なき誓約です。妾は黒甲冑を倒す方法を授けましょう。その代わりに――』
――キィィィン、と。
そこから逃げろと警報が響いた。
『貴方を妾の眷属に。ええ、痛くはありません。魂にちょちょいと刻印をば――』
……眷属。まぁ、それでもいい。黒甲冑を倒せるのなら。……もう、大事な人を失わないのなら。
『――させんよ』
ずぷり、と。ちょうど俺の心臓辺りから。
俺の心臓へ伸びる彼女の手を、俺の心臓から伸びた手が掴んだ。




