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悲観楽土 〜高天原には、神はいない〜  作者: 光合セイ
2章 将門夜行編

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40話 不可知の領域

 ――火花が散った。

 突き出される槍の鋒。刀身は押し出され、黒甲冑の体も吹き飛ばされるように横へと動いた。


 致命となったのは、二撃。

 ひとつは巨大な槍による突き。

 もうひとつは黒甲冑を殴る拳。


 互いに持ち主の違う攻撃が、天を黒甲冑から守り切ったのだ。


「「……え、誰!?」」


 ……本当に、誰だろう。

 まず、黒甲冑の兜に拳を入れたのは、“風”の影響を受けなかった明美である。

 明美は殴る動作と同時に天を救出し、脇に抱えてその場から飛び退いた。



 そこにいたのは、ブロンド髪の少女。

 青い目の色、細く高い鼻から、考えられるのはゲルマン人の外的特徴だ。年齢は、二桁になったくらいだろうか。

 そういえば、天がそんな特徴の少女と会ったと言っていたが……


『明美さん、聞こえますか! 目の前にいるのが援軍、ノーラ・シュリュズベリイです!』

「……アンタが、ノーラ・シュリュズベリイ?」

「そういうお姉さんは、安倍明美?」


 隣に立つ少女に尋ねると、そう返してきた。

 名前が知られているのか。

 本来なら警戒するべきことなのだが、今の状況では話が早くて助かる。


「ええ、自己紹介はまた後で。それより気を付けて、アイツ【()()】を使ってくるわ」

「【威圧(IATHU)】……?」


 【威圧】。

 星隠社での戦いで、明美が手も足も出なくなる要因となった、獣身型の妖が用いる予備動作。

 対象が抱いた恐怖心に付け込み、運動神経を中枢から機能不全にする。


 天津餓狼より遥かに弱いお陰で、経験から裏打ちされた耐久を可能とした明美は兎も角、ノーラが耐え切れる保証はない。


 というかそもそも、暫定霊的存在のはずの将門霊が、何故【威圧】を使えるのか。わからない事が多すぎる。


「……ああ、威圧(ryta)ね。大丈夫、対策はしてきたわ」

「対策って何? 出来ることなら教えてくれない?」

「知りたいのならウプサラの神殿で聞いて……私達の口からはとても言えないわ」


 ウプサラ……スウェーデンか。予想通り、アゥサトゥルーの関係者と考えられる。しかも大槍持ち……てことはヴァルキューレか?


「……ま、なんでもいいか。外国からのご助力、感謝します」

「こちらも勝手に参戦してしまってごめんなさい。用事が済んだら出ていくから、それまでは我慢して欲しいの」


 ……ん、用事? 少なくともこの百鬼夜行の発生は、予測出来ていない物のはずだ。

 つまり目的は百鬼夜行でないにも関わらず、海外勢力が参戦してることになるのだが……


 司令室からの報告でも『ノーラ・シュリュズベリイを名乗る少女』と。

 陰陽庁の方でも存在を把握しきれてない風の言い方だったところを見るに、どうにもきな臭い。


「ああ、安心なさって。少なくとも、この戦いにおいて私達は味方です。……とりあえず、あのサムライを倒しましょう?」


 明美の心中を見透かしたような言い方だ。自分が特段のイレギュラーだという自覚があるらしい。

 ならば、これ以上の詮索は不可能だろう。

 これはモグラ叩きではないのだ。待っても待っても出てこないモグラを追ってもキリがない。


「対策はある、って言ってたわよね? あれの正体はわかってるの?」

「ええ、もちろん。将門塚という要素がノイズになって精査しづらいですが、あれはゴーストでも、アンデッドでもありません。歴とした獣……実体を持つ(ビースト)です」


 やけに断言するな。用事ってもしや、将門霊の事か?

 正体を知っているような口ぶりだし、陰陽庁が総出で推理している将門霊の正体を知っている理由がわからない。

 ともすれば、この少女が討伐方法を知っている可能性も――


「――おっと、横に避けてくだサーイ!」

「え……? うわっ!?」


 余所見していたところに、黒甲冑が斬り込んできた。

 一切の躊躇がない太刀筋が鼻先を掠める。

 少しでも反応が遅れていたら命はなかったろう。


「チッ、話す猶予も与えないってわけね」

「そりゃそうですよ。――お姉さん、そこの失神してるお兄さんと、お爺さんは任せてもます……なので私、切り込みマース!」

「は? 何をいきなり……え、ちょ、早っ!?」


 キーン、と擬音が付きそうな速度で突撃するノーラに驚き、明美は呆気に取られて即座に反応が出来なかった。


「えぇ……」


 アラレちゃんかよ。

 素で、そんなツッコミをしそうになってしまいそうな口を閉ざし、明美はアラレち……ノーラの強襲を受ける黒甲冑に集中する。

 ぶんぶんと振り回される槍を一つ一つ受け流しながら、要所要所で当て身を狙っているように見える。


 納得した。黒甲冑の戦い方はカウンター主体だ。

 鵬明の攻撃を捌いていたのも、これが理由か。ならば勝機はそこにある。


「……陰婆(おんばあ)!」

「――ほっほ、この婆の出番ですじゃな?」


 陰婆、こと大陰神。

 天津餓狼の【威圧】を経験しているし、守勢においては玄武に次ぐスペシャリストだ。玄武が倒れた今、この場を託せるのは彼女だけだろう。


「ここで高原くんを守って。それで起きたら、こう伝えて――」





「――承知ですじゃ。それでは若様、ご武運を」

「ええ、行ってくるわ……!」


 そう言った明美は、戦場へと駆け出した。



◆◆◆◆◆



 ゆらりゆらりと夢の中。

 陽光の差し込む木陰にて。

 俺は揺られながら目を覚ました。


 ……いや、これは現実ではない。

 昔も、似たような経験をした。

 だから断言できる。


 目を開くとそこには、白粉(おしろい)を塗った顔の女性がいて――


『初めまして、高原天(ごうはらそら)さん』

「……え、な、なに……だ、れですか?」


 俺は今、知らない女性にお姫様抱っこされていた。


 ……え、なにこれ?



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