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悲観楽土 〜高天原には、神はいない〜  作者: 光合セイ
2章 将門夜行編

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39話 ヒバナ

 ぽたり、と赤い液体が落ちる。

 少年の口からこぼれ落ちた鮮血は、芝生の色を少しだけ変える。

 じんわり土へと染み入った。


 青白い光は、もう出ていない。

 極細の光さえも、肉眼で捉えることはできない。

 まさに戦闘不能、と呼ぶに変え難い様相であった。


「チ――ッ!」


 亀の下でやり過ごした鵬明は、消滅を始める亀の後ろから少年へと足を向ける黒甲冑に手を伸ばす。


「反転総図――」

「――去ね」


 三度目の――”風”。

 二度の風を耐え切った翁も、流石に三度目は耐えきれなかったようだ。

 右膝から崩れ落ち、芝生に突っ伏す形で倒れ込んだ。


「……」


 諸刃の刀身を納刀し、黒甲冑は歩き出す。


 視線は、今もなお少年に向けられている。

 一足、二足。じわりじわり、と警戒するように近づいている。

 当然だ。少年の放出する“力”は、人間の域を超えていた。人間ではない可能性が、黒甲冑の危機感を高めている。


 刀の塚に手を掛ける。

 油断も、慢心もない。起き上がるなら、斬るだけだ。この少年は、既に“人”から敵へと昇華している。

 敵であるなら、容赦はしない。老若男女を理由に手を抜くのは、それこそ失礼というものだ。


「………………名を」


 名を、聞き忘れた。当世の武人。誉高きその名を知らずに、このまま斬り捨てるのは如何なものか。


「……無念を残す。それだけは、断じて……」


 彼の、藤原の猛将との戦において、それが理由で悪霊となった者がいた。そんな気がする。

 同じ思いを、この者に背負わせて良いものか。

 断じて否である。……否である、が。果たして……()()()()()()()()()()


 それこそ断じて否である。虫の知らせが、そう鳴いている。

 この者を遺すのは、如何ともし難い結果を生む。そんな予感がするのである。


 当然だ。こんな至近距離から“風”を食らっても仁王立ちの少年など……


「……?」


 ……待て、仁王立ちだと?

 “風”を食らって倒れる者は、あの翁のように体勢を崩して倒れるはず。

 だというのに、何故立っている……?


「その足……」


 微かに、神秘を感じる。

 上手く偽装されているが、意識して見れば、その様相は大溝の如き“力”の源泉のように異質だ。




「……馬鹿な、足だけが()()だと?」


 刀柄に掛けた手を降ろす。先ほどまでの敵意は消え去っていた。

 黒い兜の下の表情は読めないが、漏れ出る声は驚愕の感情を孕んでいた。


 しかしすぐに平静を取り戻し、黒甲冑は


「否。足の物質が胴体と別、か。後から取り付けられた……、そうか。あの女は、名前通り(めぐ)ったか。茨の道を強いたものよ」


 黒甲冑は少年を観察した後、再び刀柄に手を掛ける。

 引き抜かれ、月の光を反射する黒刀は、キラリ、と夜空の下に少年の顔を晒し出した。


「だが、殺さぬ道理はない」



 其が、日ノ本の兵の習慣(ならわし)なれば。

 討ち果たされるが、本望というものよ――


「さらば――」


 振るわれる。上から下へ。

 なんの躊躇いもない一閃。

 研ぎ澄まされた豪刀は、少年の首筋に当たると同時に、じわりと赤く丸い液体を噴出させ――






 ――次の瞬間、火花が散った。



◆◇◆◇◆



 ――A.M.7:45(GMT-8)。


 アメリカ合衆国カリフォルニア州、サクラメント市内某家。

 朝のジョギングを終えた男が一人、情報誌を片手にコーヒーを嗜んでいた。


「ふむ……日本(ジャパン)で大規模な霊的侵攻の開始か。これは何とも……」


 男が手に持つ情報誌の名は「Timely Revelation News」。

 主に北米やヨーロッパで読まれているオカルト系情報誌……を装った、この系統の情報を欲する者に対して設立された新聞社である。


 本部をロンドンに構えながら、世界各地の神秘変動を魔術を使用し、リアルタイムで情報を発信している情報局である。


「首魁は『平将門』と見られているが、対象はゴーストであるのに接触が出来、人体の切断を可能としている可能性もあるために、一概にゴーストではないことも考えられる……。ふむ、確かにな」


 男が読み上げた内容は、現在日本で起こっている百鬼夜行についての物だ。


「しかし、事はそう単純ではないはずだ。何せあの国には今、邪神がいる。この件も、間違いなく彼の邪神が関与していることだろう」


 ことり、とテーブルにコーヒーと情報誌を置いた男は、窓際のカーテンを開けて陽光を取り込んだ。


「そのために、彼女を派遣したのだ」


 ふぅ、と息を吐いた男は、高揚した気持ちを落ち着けるため、自慢のカイゼル髭を一撫でする。


「……さぁ、頑張るといい。我らが祖、ラバン・シュリュズベリイの名に泥を塗るんじゃないぞ――ノーラ」



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