38話 歯車になって
「……本当に、やるんですね?」
「ええ。……他に案があるなら、検討しなくもないけど?」
「検討する時間なんてあるんですか?」
「ないわ。案があるの? じゃあ却下よ」
にべもねぇ……
まぁ期待なんかしてなかったけど。
『高原くん、苦労してるのね』
ソンナコトナイヨ。
オセワニナテマス。
『……いろいろ、がんばれ』
「なんの話をしてるの?」
「なんでもないです。そんなことより作戦の最終確認をしましょう」
触れられるとまずい。倉橋さん、ごめんけど黙っててくれ頼む。
『…………作戦の最終確認をします。まず高原くんと明美さんで左右から挟むように接近。その後、高原くんが霊力放出で将門霊を牽制。その最中に、明美さんが鵬明さんを救出。救出後に安部家の反転総図で畳み掛ける。……よろしいですね?』
「ええ」
「うん」
『では作戦開始です。頑張ってください』
……戦闘中の思考は仕方ない、と言っていたよな。
なら、遠慮なく使わせてもらうとしよう。
まずは状況確認。その後にシトナイとの打ち合わせ。
鵬明爺は未だに将門霊と打ち合っているが、そろそろ体力の底が見えたのか、後退が始まっている。
それを流し見しながら、俺はぐるぐると右肩を回す。
……そして、俺の真似をしているのか?
俺の左肩の上で、くるくる右肩を回しているシトナイに話しかける。
「シトナイ。いつものアレ、出来るよな?」
「う? だァ!」
満面の笑みである。かわいい。
「よし。なら、いつもより量を減らして打てるか?」
「……う?」
……意味が伝わっていない、のか?
いや違うな。多分、やり方がわからないのだ。俺もわからないので人のことを言えないが。
「肩の力を抜いて、打つんだ、と思う。……どうだ、出来るか?」
「うぅ……だッ!」
頑張る! とでも言いたげなサムズアップをもらえた。意味がわからない、と言われるよりは遥かにマシだ。
気張りすぎて、肩肘張らないでくれよ?
「高原くん、準備できた?」
「あ、はい。多分……なんとか!」
「……アンタら、本当に似た者主従よね」
「え?」
「なんでもないわよ」
俺は不思議に思ってシトナイと視線を合わせる。……似てるか?
「さ、早いところやりましょう。お爺様が死んだら、わたしが安倍長者を継がなきゃいけないんだからね」
「確かに、生前贈与の方がいいですよね」
「そういう意味じゃないわよ……いや、ん? 合ってる、のかしら? ……まぁ、なんでもいいか」
言いながら、符を三枚取り出した。俺もブレザーを脱ぎ捨て、肩の荷を軽くする。
ちなみにシトナイは、俺の頭の上で這いつくばっている。……コイツ、いつの間に!?
「シトナイ、しっかり掴まって……いやごめん、俺の手の上に移ってくれるか? 髪が引っ張られて痛い」
「う……? やーっ!」
「ダメダメ。抜けちゃうでしょ、髪が……あいたっ!? 抜いた! 今一本抜いたな!?」
「緊張感ないわね、アンタら」
渋々、といった風に、差し出した俺の右手の上に跳び乗ったシトナイを確認し、俺は視線を前に戻す。
「師匠」
「ええ。行きましょうか」
位置について、よーいどん。
俺たちは、それぞれの方向へと駆け出した。
◆◇◆◇◆
駆ける。駆ける。駆ける。
掌の上のシトナイを落とさぬように。
鵬明爺を助ける師匠に遅れぬように。
俺は可能な限りの全力で、混凝土の上を疾駆する。
と、俺の足が鈍くなった。
『――あと五歩、前に出れるわ』
うん、わかってるよ倉橋。
けど問題は足じゃないんだ。
心臓が早鐘を打ち始める。
緊張が、体力が、戦闘が。
俺に圧力を掛け始めた。
「シトナイ――」
けど、進む。勇気を持って、進む。
芝生を踏む。大地を蹴る。あと一歩。
足元の土を削る勢いでブレーキを掛け、俺は目の前で拳を捌く黒甲冑に向けて手を伸ばす。
「――撃て!」
恫喝にも似た言葉の狼煙に呼応して、掌上の小人は得物の針から青白い光を放つ。
異常の出力、と呼ばれた霊力放出。
その威力だけなら、きっと師匠よりも、担任の先生よりも凄まじい物を誇るであろうその真価を、ここで問う。
「うぅ〜……だァ〜……!」
――すっごく、か細い威力で。
出力調整、非常に良好。
何処となくシトナイが不満げだが、これも仕方のないことだ。
後で好物の鮭でも焼いてやろう。
「っ……!」
「おお? この光は……」
無論、黒甲冑の意識は俺へと向く……嘘だろ、片手で受け止めてんだけど。
いや、それでもいい。狙いはそこじゃない。
俺の霊力放出を鬱陶しそうに受け止めながら、鵬明爺を脅威と見なしている黒甲冑は、追撃を試みようとする。
『対象の視線移動を確認。高原くん、今よ!』
「よし来た。シトナイ!」
「ダァ!」
突然跳ね上がった出力を受け、黒甲冑は咄嗟に両手で受け止めに掛かる。
難易度スパイク。
主にビデオゲームで使われる用語。序盤の雑魚的で慢心したところで、敵が突然強くなる現象を指す。
基本的にプレイヤーに焦りを覚えさせ、ゲーム世界への没頭を誘発する演出手法だが、師匠はこれを作戦に組み込んだ。
俺が弱い攻撃で牽制して油断を誘い、目を外したところで威力を上げて意識をこちらに集中させる。
これにより、鵬明爺の救出が可能となった。
「お爺様、交代の時間よ!」
「おお、明美か! すまん!」
「礼を言う暇があるなら、早く休憩して!」
そう、まずは休憩だ。最大戦力は鵬明爺なのだ。手っ取り早く回復してほしい。
「戦争の時間よ、来なさい! クロ、シロ!」
明美の投げた符がボコ、ボコと生々しい音を立てながら。春の夜空をひらりと舞った。
ドスンッ、と大地を揺るがす音がした。
そこに降臨したのは、二柱の神獣。
明美が従える、十二の式神のうち二体。
ひとつは、超巨大な大亀。
巌のような大きな甲羅を持った四足歩行。尻尾はこれまた巨大な蛇が、亀とは別の頭脳を持って動いている。
北方の四神――上帝公・玄武。
もうひとつは、白い虎。
大きいわけではないが、極限まで削ったような細身に、剣のように鋭い爪を、合計十二本持っている。
西方の四神――白帝・白虎。
師匠は一度に二体までしか、式神を召喚できないという。
相当に戦い慣れてる式神なのだろう。
……期待していいんだよな? 師匠の式神が戦っているところを見たことがないから、少し不安が優る。
「クロ、お爺様を守って。シロ、あの黒甲冑を引っ掻きなさい!」
と、白虎が攻撃を仕掛けた。ギリギリ肉眼で追えるくらいの、凄まじい速度だ。
攻撃をシトナイ任せにして余所見が出来てる俺でこれなら、そもそも視線を向ける余裕のない黒甲冑は――
「……っ」
――首。
――胸。
――下腹部。
すれ違いざま刻まれた、三本の傷跡。
肉に届いたわけではない。甲冑に爪痕が残っただけだ。
けれど、それで十分。
これも意識を分散させるための攻撃だ。
……多分、そろそろ。
『二度目の意識の分散を確認』
「よし。シトナイ、もう一段階上げてくれ!」
「ダァーーーーッ!」
出力、さらに上昇。俺の持つ異常な霊力量を持って、さらに光線は肥大化する。
「……ふむ」
そろそろ、相手も気が付く頃だろう。
これが戦いではないということに。
なら、今ここが正念場だ。
――そう、これは時間稼ぎ。
我らが最大戦力・安倍鵬明を回復させるための、累進的な意識分散だ。
俺たちの持つ火力では、間違いなく落とし切ることはできない。……否、落とし切れる、という確信がないのである。
目には目を。歯には歯を。念には念を。
勝ち切れるという自信がないのなら、無理に戦う必要はない。敵も首魁、つまり今回の百鬼夜行で最強戦力なのである。
ならば此方も、最大戦力を温存しながら戦う他ないだろう。
それ故の時間稼ぎ。俺たちは戦力ですらない。
だからこそ死ぬことは出来ない。
戦力ではなく要員……勝つために歯車であるのなら、俺を欠かすことは出来ないのだから。
「その手を下ろすなよ、黒甲冑。多少動きにくくても、こっちは攻撃をやめねぇぞ……!」
やめたら死ぬからね! しょうがないね!
「……………………」
――背筋の凍る、悪寒を感じた。
ぶるり、と体が震え、俺の意識は黒甲冑に集中した。
本能的な話ではない、経験的な話だ。
俺は、俺の神経は、経験則から危険を察知した。
「――」
思い出す、先程の感触。
悪寒から連想する、土の冷たさ。
そうだ、さっき俺は何で倒れた?
何を理由に、気絶したんだ。遠距離、不可視、……そして、意識の喪失。
たとえ理屈が何であれ、あれを今ここでもう一度使われたら……俺はどうなる?
「っ……!」
危険を察知し、シロが黒甲冑へと迫る。
頼む、間に合ってくれ。
……いや無理だ。絶対に間に合わない。
あの黒甲冑が、気づいていないわけがない。
気づいているなら、間に合わせるわけがない。
歯を食いしばる。
食いしばって、感覚を脳に刻む。
恐らく、ここが正念場だ。
そうだとも。ここが死地だ。
頰を噛む。痛覚を刺激する。
負けたら、死。
死ぬわけには、いかない。
そして――風が吹いた。
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