35話 安倍家、現着
「おう、来たか! 遅いぞ、二人とも!」
「お爺様……もう来てたのね」
「霞ヶ関に用があったのでな!」
「……もしかして、酒呑んでた?」
渋い顔をする明美に釣られ、俺も気づいた。酒臭えな、この御老体。
もう八十超えてるんだし、そろそろ酒と煙草は控えた方が良いのでは……
「酒も飲まずに、頭の堅い官僚たちと話せるか!」
「飲んじゃダメでしょ、特に他人と話す時は」
「酒の付き合いとは奥が深いのだ。あいつらも人間だからな、飲みに誘えば付いてくる」
「知らないわよ、大人の世界は」
俺も、将来酒とか飲むのかなぁ。
酒の味はわからないけど、大なり小なりの量は飲むことになるんだろうなぁ。
……いや違う、そうじゃなくて。
「それで、緊急事態っていうのは?」
「初めての酒はサワーから始めるのがいいぞ!」
「どうでもいいから、説明をください」
「そうか……」
シュン、と落ち込み縮こまった鵬明爺。
ガタイのいい老人がシュンとしても可愛くないのだけど。
「……まぁいい。ここではなんだ、人通りが多い。来てもらってすまんが、移動するぞ」
心を立て直した鵬明は、頭上に指を掲げてパチンッ、とひとつ弾いた。
――バサリ。
大量の羽音が耳に障り、夜の闇で暗かった黒い空が、今度は烏の色で染まり切る。
空を飛び交う烏達は、一斉に動き出したかと思うと、同じ方向へと向かっていった。
安倍家所有の伝書烏だ。
安倍家が個人ではなく家として所有している式神であり、探知や情報共有などで重宝している。
……あの丘で、俺と黒環を見つけたのも、この烏達だ。
「移動って……どこに?」
俺が呆気に取られていると、まるでそれを慣れた物かのように見て見ぬフリをした師匠が問うた。
これに鵬明は――
「――新宿だ」
◆◇◆◇◆
東京都台東区秋葉原。
秋葉原公園内で、スマホに対して怒鳴り散らしている少女がいた。
「えーっ! 東じゃないのぉ!?」
少女はブロンド色の髪を靡かせながら、目の前の百目鬼に対して大槍を突き刺した。
対する百目鬼はといえば、目のいくつかを抜槍によって減らされ、怒りを感じる唸り声を上げながら剛腕を振るう。
「想定目標は京都って……そっちのが違和感しかないんですけど! 普通は千葉の胴塚じゃ……平安のミヤコは京都? うっさいわかってるわそんなこと!」
振るわれた剛腕をジャンプで回避すると、外された腕は大地を砕き、クレーターを作り上げた。
百目鬼の頭上に立った少女は、耳に当てたスマホのマイクに向けて口を近づける。
「まったく……じゃあ今から何処に向かえばいいの? ……新宿中央公園? 最初っから言いなさいよソレ!」
ブツ、と電話を切って槍を構え直す。
恐らく通話の向こう側で、耳をキーン――とさせているだろう相手との通話をブチ切り、下へと構えた槍を振り下ろした。
ざくり、と百目鬼の頭を抉った槍を引き抜くと、緑色の液体が噴水のように噴き出した。
その液体に触れる前にピョン、と頭上から飛び降りた少女は、スマホをポケットに仕舞って、倒れ伏す百目鬼から遠のき歩き出す。
「――はぁあ。せっかく頑張って走ったのに、なぁんで逆なのかなぁ……仕方ない、早く新宿に向かわないと……アニメイトに寄っちゃダメかなぁ?」
◆◇◆◇◆
ゴトゴトと揺れる車内で、俺達は鵬明から説明を受けていた。
流れる外の景色は、街灯に照らされる普通の都会といった風だが、現状はどうにも見た目通りではないらしい。
「お前達が多摩から車を走らせて一時間半。その間に目下の敵は、西は新宿、東は秋葉原へと戦線を広げている。そのうち、我々安倍が任されたのは新宿エリアだ」
「新宿って……繁華街じゃない! 被害者は出てるの!?」
「発見はされていない。さすがは東京と言うべきか、対応が早かったのだろうな」
「そう……」
正直何を言ってるのかわからないが、とりあえず戦場は新宿ということなのだろう。
……ともあれ、「発見は」と妙な言い方をしていたのは気になるが。
「首魁は?」
「お察しの通り、平将門。その霊体だな。大手町の異変と聞いて、墓の様子を見にいった者が叩っ斬られたと報告があった」
「……叩っ斬られた……?」
俺が疑問を呈すると、同じことを疑問に思ったらしい師匠が、絶叫にも近い声音で言う。
「触られたの!?」
「当代の陰陽師は優秀だな。その通り、胴体を斜めに真っ二つ。その後、首を落とされた遺体が発見された。
……その第一発見者が、遅れて将門塚に着いた陰陽師で本当に助かったと思ったぞ」
「嘘でしょ。平将門は故人……つまり分類としては悪霊のはず。霊体が人体に触れるはずないじゃない!」
その通りだ。悪霊は人体……物体には触れない。
山姥の隠れ家でいつも戦っている、あの悪霊と同じなら、首を落とされることはないはずだ。
触れるならば、俺の首は何度もあの短刀で掻っ切られているはずだ。
……ああ、そうか。納得いった。
だから「発見はされていない」なのか。
つまるところ、ニュースの話なのだろう。もしも発見されていたら、今頃東京は大パニック……どころか、世界中で生中継されてるはずだ。
すんでのところで保っている、って感じなのかな。
「将門霊との交戦は?」
「花園神社で一度、国から派遣された部隊が壊滅している。それくらいだな」
「交戦した部隊の名前は?」
「自衛隊の特殊撰定部隊――SSTだ。対神秘防衛のスペシャリストだったが、用意した武器のすべてが通じなかったという」
……自衛隊が通じないのは、どう見ればいいんだろうか。
将門は霊……つまり神秘の類だ。科学の結晶みたいな実力組織が敵わなかった……というのは、どう見ればいいのかイマイチわからない。
と、俺が黙り込んでいると、師匠は俺に説明するように続ける。
「……科学も陰陽道も、元を辿ればひとつの学問。そこに優劣はないのよ。科学が通じず陰陽道の武器も通じない、って話は結構あるの」
「なるほど」
フグとカエルみたいな物だ。
文化的に食べない地域もあるが、結局のところ、人間はどっちも食べられる。食べてしまえば、皿の上には残らない。
そこに有毒性があるかないかは、そのフグとカエル次第、或いは調理者の腕次第ということだ。
「ともあれ、首魁は山梨方面に西進中だ。この進行を止め、これ以上の被害を未然に防ぐのが、安倍に任された任務と思っておけ」
車が止まった。場所は新宿中央公園。ビオトープ前の車道で降車する。
都庁、そして新宿駅に最も近い公園で、日中ならば家族連れも多い。だが時刻は二十三時過ぎ。こんな時間に、人はそこまでいない。
車を降りる途中で、鵬明翁がチラリと俺に目を向けた。
「ふむ、リストバンドは置いてきたようだな」
「……あ、ごめんなさい。忘れてきました」
「いや結構。脱力して死ぬよりマシだ」
頑張って死ぬよりも、生きて頑張った方が何倍も善いからな。
そう長々と呟いた鵬明翁は、パンッ、と柏手を打って気を取り直す。
「さぁ始めるぞ、若人よ。死なない程度に張り切って行こうではないか」
「そうね……死なない程度にね?」
「……俺を見て言わないでください、師匠」
二十三時四十二分。
東京都新宿区・新宿中央公園。
――安倍家、現着。
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