32話 鋳型の形
二十二時四十五分。
それは俺が安倍家の自室で就寝しようとした時に起きた事だ。
突然安倍家の入り口から、バタンッ! と大きな音が聞こえて来た。
間違いなく開かれた音だ。
その音に俺の柔な心臓は飛び跳ねて、ようやく寝付いたシトナイも跳ね起きた。
せっかく寝れそうだったところを、轟音で起こされたシトナイは泣き顔になるが、俺の顔を見るとウトウトと船を漕ぎ始める。
「――おーう、帰ったぞーうっ!」
轟音の次は轟声だった。
今度こそ覚醒してしまったシトナイを宥めつつ、今の声の主に心当たりを付けた俺は、ため息を吐いて立ち上がった。
「おーい、お前はおらんのか居候ー!?」
どうやら師匠は先に行ったらしい。
少し舌ったらずな大声を聞くに、恐らく酒を飲んでから帰ったのだろう。
「安心しろ、シトナイ……家主の帰宅らしいよ」
俺は仕方なく呼ばれるままに、声の主がいるのであろう玄関の方へと向かった。
◇◆◇◆◇
「おう、来たか居候! お前は飲める口か!?」
「お爺様、高原くんはわたしより年下よ」
「そうだったか? はっはっは! こりゃ失敬!」
酒瓶片手に、老齢の執事に水を差し出されている家主が、居間にはいた。
「お久しぶりです、鵬明さん」
安倍鵬明。現安倍長者にして、安倍明美の実の祖父。
式神術を生業とする安倍家において、最も卓越した術行使をすると言われる陰陽師でもある。
皺のある身体とは対照的に、ガタイのいい体つきをしている老人だ。
直に戦闘を見たことがないので何とも言えないが、十二体の式神を従える明美曰く。
――たった一両で無双する、重戦車みたいな人。
なのだとか。……例えがニッチすぎて、まぁ、よくわからん。
「おう、お前さんの地元以来か? あの時は大変だったな!」
「引っ越し準備とか諸々手伝って頂き、ありがとうございます」
「新たな陰陽家の門出というなら、大手を振って歓迎する他ない。明美もそう思うだろ?」
「……ええ、まぁね」
俺が上京する際、準備をするには人手が足りなかった。まさかおばあちゃんを煩わせるせるわけにもいかず、師匠に相談したところ、一族の人を送ってくれた。
そのうちの一人が、なぜか自分の意思で来た鵬明さんだ。
勉強机を片手で持ち上げた時は、さすがにビビった。……重戦車の意味が、少し理解出来た気がする。
「そんなことより稽古だ稽古! 居候よ、直々に教えた護身術が身に付いているか見てやろう!」
「え……」
「やめてください、お爺様。高原くんは今日、入学式で疲れてるんですよ」
「おお、そうだった! 入学、入学祝いだ。受け取れ居候殿!」
ポイ、と投げ渡される。
白い包装紙で梱包された小包だ。
「え、あ、どうも……開けても?」
「もちろん」
恐る恐る小包を開く。何重にも包まれ、マトリョーシカのようになった包みを剥がした。
その最奥で見つけたのは、檜の木箱。
完全に木材の箱でしかないのだが、その見た目だけで高級感を漂わせる箱だ。
「――リストバンド?」
白い無地のリストバンドだ。裏には『MADE IN CELAENO』と刻まれている。
「なにそれ」
「さぁ……?」
「お土産兼、入学祝いだ。ほれ、付けてみろ」
リストバンドを包むには、少し厳重な梱包がされていたところを見るに、あまりいい予感はしないのだが。
仕方ない、家主の意向だ。俺は右腕にリストバンドを付け、僅かな違和感を感じて腕を動かしてみると――
「え、っ――?」
ガクン、と膝から崩れ落ちるような脱力感。体内の酸素が、急に消えたような臓物の圧迫感を胸に感じ、俺は片膝を突いて倒れる。
「ちょ、高原くん!? お爺様、高原くんに何を渡したの!?」
「装着者の心拍係数を上げ、苦痛と脱力感を与える腕飾りだ。アメリカで見つけた掘り出し物でな。なんとお値段たったの一ドル!」
「そんなもの入学祝いで渡さないでよ! 高原くん、大丈夫!?」
「……立てない、わけじゃないので、大丈夫です……」
……あれだ。全力疾走した後の苦しさを、体験させられているような感じだ。
だが立てないわけではない。生活に支障が少し出る程度だ。……と、考えたところで鵬明が口を開く。
「明日からは、それを身につけて生活しろ。あくまで模倣物だからな、死ぬことはない」
「……お爺様、まさかとは思うけど」
「無論、常時禊し続けるためだ。出力が課題と聞いたでな。アメリカの知り合いに譲って貰ったのだよ」
出力の調整は、確かに課題なのだけど。禊って、むしろ出力を上げる修行なのでは?
これ以上上げても、さらに調整が難しくなると思うんですけど。
「身体に負荷を与え続ければ、その分放出量が上がり、そして調整が難しくなる。通例としては、まず”力”を調整するべきなのだろう。……だがな居候、それは向上心を捨てていい理由にならん」
「…………」
「己が視野を狭めるか、鋳型を叩いて広げるか。型にはまらない原因とは、内側にも外側にもある。
――貴様は、己の価値を下げて成長したいと思うのか?」
……なるほど。つまり俺は今試されてるってことになるんだけど。
「……わかりました。息切れは慣れてますし、頑張ってみます」
「うむ! その意気だ! 良かったな明美よ、其方の婿殿は根性のある男だぞぅ?」
「ちッがうわよ! なんでもかんでも男女の関係に結びつけないで! これだから年寄りは……」
「お? 歳ハラか?」
「トシハラって何よ。年齢ハラスメントってこと? あるわけないでしょ、そんな言葉」
呼吸を整え直すが、治らない。恐らくこれが、このリストバンドの効果なのだろう。
……と。俺が呼吸に苦心していると、トテトテと歩く小人が俺のズボンの裾を引っ張った。
「……シトナイ?」
「だぁ?」
「息が乱れてるから心配してるのか? 優しいな、俺は大丈夫だよ」
床を歩くシトナイを拾い上げ、俺は自室へと向かう。
背後から、未だに言い争う爺孫の声が聞こえてくるが、無視だ無視。
「っていうか、やめてよね。祖父が孫娘をハラスメントで訴えるの。絵面的に最悪だから」
「お、ジジハラか?」
「何ハラスメントよそれ。何でもありじゃない」
「今どきは何でもありだぞ。ホワイトハラスメントなんて言葉がある程度にはな」
「なにそれ」
「ホワイト企業であることがハラスメントらしい」
「本当に意味がわかんないんだけど、なにそれ」
「――う?」
……うん。やはりシトナイは癒し枠。




