31話 報い告げるは従僕の務め
中央線特急快速で一時間。
東京駅から十二駅を跨いだ先にあるのが、霊峰・高尾山が聳える高尾駅だ。
俺以外は乗っていない高尾駅発のバスに乗り、ガタゴトと揺られる。
数十分走った先のバス停で降り、その後は薄明かりの街灯が照らす道を歩く。
すると、見慣れた門構えが見えてきた。
取り付けられたインターホンを押すと、門がゴゴゴゴと音を立てて上に開く。
少し歩いた道の先、光の灯った武家屋敷が見えてきた。安倍家の母屋だ。
「師匠……」
「おっそい」
「ごめんなさい」
時刻は八時半。
青筋を額に立てた安倍明美が、般若を彷彿とさせる真顔で、仁王立ちをしながら待っていた。
◆◇◆◇◆
「へぇ、東京駅前で人魂ね」
「んぐっ……はい」
三時間ほど前にあった出来事を話し終えた俺は、事の詳細を師匠に報告する。
そして咀嚼を終えた豚の角煮を飲み込んで、師匠の言葉に頷いた。
「ふぅん。珍しくもないわよ」
「そうなんですか?」
「ええ。特に千代田区はね」
何かあるのか千代田区に。
不思議な事はない、とでも言いそうな真顔の師匠に、俺は疑問符を頭に乗っけた。
「千代田区には霊地があるのよ。ほら、聞いたことあるでしょ? GHQが取り壊そうとしたら、そのクレーン車が故障した、っていう……」
「……あ。平将門の……」
「そ。結構大きな霊地なのよ?」
そうか、首塚って千代田区なのか。
確か討ち取られた将門は京都で晒し首にされていたけど、恨みパワーを募らせて首が関東目指して飛んだ……みたいな話。
日本三大怨霊にも数えられている通り、平将門は修練場に住み着いている山姥と同じく怨霊のはず。
「そこから人魂を出してる、と?」
「考えられる要因はね。ただ、別の勢力にも会ったんでしょう?」
「はい。槍を持った小学生くらいの……白人の子でした」
ラテン系って言うんだっけ。それともゲルマン系?
まぁ正直どっちでもいいが、少なくとも日本人ではないのは確か……つまり陰陽庁に関連する人間ではないのだろう。
そんな子供が槍を持って、東京の街を闊歩しているのだとしたら相当危ない気がするが。まぁそこは警察の仕事だろう。
「ヨーロッパ、かぁ……あっちにも組織は色々あるのよねぇ」
「そうなんですか?」
「国家組織も勿論あるけど、魔術結社だの秘密組織だのが、あっちはわんさかいるのよ」
へぇー。確かに、そんなイメージはある。
魔術とかは大概ヨーロッパな感じ。異端審問とかで焼かれてるイメージが先行するが。
「だからまぁ、ひとつには絞れないわね。ヤーパンって言葉を使ってる感じ、ゲルマン人だとは思うんだけど……」
「……」
「何で黙ってるのよ」
「何を言ってるのかわからなくて」
ヤーパンだのゲルマンだの。専門用語が多すぎるんだよ。平将門から割と限界が近づいて来てるんだぞ、こっちは。
「そ。じゃあ助けて貰ったその子に関しては、北欧かドイツって覚えればいいわよ。あの辺りは結社が多いしね」
「北欧……ノル上、」
「それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ」
「え」
北欧の一般的な覚え方じゃないんですか、これ。
で、なんだっけ。ノルウェー、スウェーデン、フィンランドだっけ。
ヴァイキングのイメージしかねぇ。
「……てことは古ノルド信仰……アゥサトゥルーかぁ……関わりたくないわね」
「そですね……」
つまり北欧神話だろ。ラグナロク然り、物騒な話が多いんだよなぁ。
俺を助けてくれた子個人は兎も角、組織に対してはあんまり関わりたくないなぁ。
「とりあえず、明日からは一緒に登下校すること。放っといたら丸の内線に乗って、池袋とか荻窪に行っちゃいそうだしね」
「俺が乗るのは中央線ですよ。流石に別の路線に乗るのは……」
「掲示板見たら一目でわかるのに、逆方向の電車に乗った馬鹿が何を言ってるの。そのうち色で判別して乗り込みそうじゃない、アンタ」
「そんなことは……」
……ある、のか? 言われたら、やらかしそうな気がしてきた。
いやでも、いくら丸の内線も中央線も、イメージカラーが赤だからって……ねぇ? うーん……
「……うぐぅ」
「何も言えなくなってんじゃない。むしろ何か言い返して欲しいのだけどね。本当に不安になるわ、アンタは……」
「社会活動、難しぃ……」
むぐり、と白米を口に放り込む。
やはり俺はまだまだ未熟なようだ。
……せめて、中央線の路線くらいは、頭に叩き込まなきゃなぁ……と、咀嚼をしながら決心するのだった。
◆◇◆◇◆
「ハロー、ミスター・ファーザー。ハウアーユ?」
『……舌ったらずな英語を使うのなら、得意な日本語を使いなさい』
「あら、対話相手の主要言語に合わせるのが、この国の礼儀なのですよ」
東京都千代田区某ビル屋上。
社員のいなくなった静かで暗いベンチに一人、背もたれに寄りかかっている女の子がいた。
国際電話で繋いだ通話相手に話しかける彼女は、ラテ缶を口に付けながら言う。
「『混沌』の気配が見つかりました。予言通りですね、さすがです」
『ジャパンのオンミョージにも力添え頂いたからな。アビーチャージャー、だったか?』
「安倍長者ですよ。英語訛りがすっごいです。……ところであの御老人、もう帰国を?」
『ああ。十二時間前、ロスを出立した。そろそろ成田に着くのではないか?』
「そうですか。会いに行っても?」
『ダメだ。貴様の存在は極秘と知れ』
ぶーっ、と項垂れる少女は、ブロンド色の髪を背後に投げ出すように、ぐでーっと身をだらけさせた。
「安倍って結構資産家らしいんですよね……」
『ダメだぞ』
「何も言ってないじゃないですか」
『良い男を捕まえて夫にする、なんて言葉、予想できないと思うか?』
「さすがお父様っ、娘のことをよくわかってらっしゃる!」
『もう二十四になるのだ。少しは慎みなさい』
言われる彼女は、見た目は少女のソレ。
容姿年齢は推定十代前半くらい、なのだが。どうやら違うらしく……
「それ、呪われてる女の子に普通言います?」
『……失礼、貴婦人。娘相手だからと油断してしまった』
「ま、いいですよ。今日は可愛い子犬系男子を見つけて大満足なので」
『……ダメだぞ』
「家出シマース」
『ダメ――』
ブツ、と通話を切って即機内モードに移行する。うるさい老人の小言はたくさんだ、とでも言うかのような早業だ。
そしてベンチから立ち上がる。自販機近くのゴミ箱に空のラテ缶をシュートし、大きな槍を片手で持つと、鉄柵の上へとひとっ飛び。
「さて、男漁りも程々にしましょうね、お姉様達。そろそろ仕事に取り掛からないと、また怒られてしまうわ」
飛び降りる。その姿は地上に無く、少女の姿は夜の街へと消えた。
「――London Bridge is broken down〜……まぁ、またその歌? ハンプティ・ダンプティの方が……せっかくの日本なんだから、童謡よりアニソン歌おうよっ!」
静かな喧騒を、その場に残して。




