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悲観楽土 〜高天原には、神はいない〜  作者: 光合セイ
2章 将門夜行編

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28話 夕焼け暮れて

 保健室での検診の結果、特に異常なし。

 やはり俺の"異常"と呼ばれる出力は、デフォルトの物に近いらしい。

 まぁ、餓狼との戦いで"色々"あったから、断定することは難しいのだが……まぁ、保健室の仁黒(にっこく)先生曰く「至って健康です。なんかあったの?」らしいから、問題はないのだろう。


 俺はクラスメイトに誘われて、共に帰ることになった。

 前までは普通の学校で暮らしていただけあり、ノリや空気感は俺も味わったことのあるモノだ。

 それを居心地が良いか、と問われれば何とも言い難いのだが……まぁ、受け入れられてる感じはするので嫌いではない。


「高原ってあの黒環に会った事あるのか!」

「黒環って確かぁ、大妖怪の固有名でしょぅ? 人食いのぉ、怖い妖怪だっけぇ?」

「黒環さんは怖くないよ……うん。……ごめん。ちょっと怖いところはあるかも。炎で死にかけたし」

「……えぇ……」

「死にかけた、はアウトでしょう」


 確かにアウトではある。……でも、本当に殺そうとはしてなかったと、思うんだよなぁ。

 でなきゃ、餓狼と対峙した時に、助けになんか来ないだろうし……あの時助けてくれたのって、黒環さんなんだよね?


 クラスメイト達が口々に言い、互いが互いの言葉に頷き合う中で、最後に言葉を発した女生徒が取りまとめるように言う。


「まぁでも。黒環って大妖怪って聞くには情報ないし、何とも言えないけどね」


 彼女は倉橋(くらはし)(ともえ)

 俺と同じく一般層出身の彼女は、先祖に陰陽師がいる家の後継が早逝した為に呼び戻されたらしい。

 小学校に上がるタイミングで呼び戻されたらしく、感覚の掴みも庶民派な俺と似たり寄ったりなのだとか。


「そうだねぇ。公開されてる情報だとぉ、太平洋も超えてるからねぇ。空でも飛んでるのかぁ、って感じぃ」


 この間延びした喋り方の彼は、卜部(うらべ)(あきら)

 奈良時代から続く神祇官の家系の嫡子で、上手く事が運べば次期卜部長者との話も聞いた。


 そういや師匠(安倍明美)も、次期安倍長者とか言われてたっけ。

 正直”なんたら長者”などと言われてもピンと来ない。だが縁故主義(ネポティズム)蔓延る陰陽社会の事だ。まず間違いなく、触れちゃいけない厄ネタだろう。


「空は飛ぶ、と思べる、よ……化け提灯(ちょうちん)とか、一反木綿(いったんもめん)とか、空飛んで移動、するし……」

「そうなのかぃ?」

「ひぅ!?」


 卜部が聞き返すと縮こまってしまった、小動物みたいな少女は芦屋(あしや)(さき)

 蘆屋道満の直系なのか? とも一瞬思ったが、家系としてはむしろ賀茂(かも)の系譜らしく、全然関係ないらしい。


 ……安倍だの賀茂だの。

 仕方ないとは言え、俺でも知ってるメジャーな名前が多すぎませんかね。

 陰陽家の初代として此処にいる、高原さん家のことも少しは考えてほしいな!


「芦屋家は妖操術(ヒプノシス)の大家だったな! 式神同様、妖を使役することは出来るのか?」

「う、うん……妖も式神も、元を辿れば同じ存在だし……。……そもそも、式神としてメジャーな鬼だって地獄由来の妖だし。鬼が使役出来るのなら、理論上だと三大妖怪……大嶽丸や酒呑童子だって操れるかもだし、九尾の狐だって操れるかもしれないんです!」


 鼻息を荒くして説明する芦屋に、うんうんと頷きながら聞く長門と、引き気味なその他とで空気の乖離が起きている。

 何を言ってるのか全然わからん。

 恐らく俺と同じ感情なのだろう、卜部と倉橋もまた無言で「ふーん」と一回頷いた。



 ――と。


 ぶろろ、と排気ガスを出しながら近づいてくる音がした。

 見覚えのある、漆黒塗りのプリウス。

 朝の登校時にも乗って来た車が、俺たちの歩く歩道に沿って停止した。


「こんな所まで歩いてたのね」


 車窓が開き、現れたのは見知った顔。

 入学式で在校生代表として話した我が校の顔。

 安倍明美が、ガードレール越しに俺を呼んだ。


「師匠」

「今から帰るけど、乗ってく?」

「……あー……」


 一瞬だけ、長考する。

 このまま乗ってった方が楽だ。だが友達……になるであろう、クラスメイト達との時間は大切にしたい。

 ……電車下校するとなると、だいたい三時間か。まぁ、たいした問題じゃないだろう。俺が、普通の高校生になるための対価、と考えれば。


「大丈夫です。今日はみんなと帰ります」

「……そ。ただでさえ()()抱えてるんだから、気をつけなさいよね」


 爆弾? と首を傾げたが、ひとつ思い至る物があった。

 そういえば俺、いや俺の()は元からある物ではなく――


「わかりました」

「ん」


 俺の言葉を聞いた安倍が車窓を閉めると、そのままプリウスは発進した。


「いいのか? 家主なんだろう?」


 そう問うてくる長門に頷いて返答する。


「師匠が許してくれたからね。今は友人を作れ、だってさ」

「そうか。なら大丈夫だな!」


 ハキハキと纏めた長門は、スタスタと駅へ向けて歩き始める。

 それに釣られた俺含む他四人も、長門の背を追うように歩き出す。

 ……良かった。このクラスなら、上手くやっていけそうだ。


 沈む夕焼けの赤い光に背を押されながら、俺達は質問し合い、話し合いながらゆっくり歩いた。



◆◇◆◇◆



「――ええ、ええ。はい、そうですね」


 時刻は二十時を回った頃。

 神祗専門学校の職員室で一人、電話を片手に窓の外を眺める女教師が立っていた。


「貴方の報告通り、高原天は規格外ですよ。一部だけを切り取れば、の話になりますがね」


 教師の名は、難波綾香。

 今年の入学生、その一クラスを担当する女教師だ。


 普段敬語を多用しない彼女だが、目上の相手に対しては例外なく使用する。

 スマホ越しの相手は、彼女からしたら目上の相手になるのだろう。


「幸い、今年受け持つクラスは大粒揃いなので、足は浮いてませんがね。……なんて大雑把な。『大体どこもそんなもん』て、お孫様が聞いたら悲しみますよ?」


 呆れながら言う難波女史のスマホから、快活な男の笑い声が聞こえて来た。

 どうやら相当な好好爺……否、溌剌な人物なのだろう。

 笑い声が収まり、少し時間が経った後、恐らくスマホ越しの相手の話が終わったのだろう。難波女史が話し始める。


「――そうですね。そうならないよう、努めるつもりです。幸い、入学したばかりの生徒は、何も失ってませんから……そう思うだろう、盗み聞いてる何某か?」



 ――おっと。バレていたようだ。

 今接近するのはマズイマズイ。

 開幕早々、正体がバレちゃうからね。

 それだけは避けないとね。



「――ええ、失礼します。……ふん、逃げ足の速い奴め。だが尻尾は出したな、侵入者。私には手を出しても構わんが、学生に手は出させんぞ……」


 そして今日も、夜は深く更けていく。



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