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悲観楽土 〜高天原には、神はいない〜  作者: 光合セイ
2章 将門夜行編

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26話 頬を裂く春風

 神祗(じんぎ)専門学校(せんもんがっこう)

 俗称を、国立安房梁(いんりょう)大学付属房総高校。

 千葉県南房総市に居を構える、小さな高校だ。


 倍率が高いものの、入学者が例年少ない事でも知られている。

 だが真実としては入試という前看板を、陰陽師の家系の人物や、素質がある人物だけに適用させるための建前として置いている。

 つまりコネ入学を前提とした高校である。


 無論、才能も必要だ。

 式神を召喚できないなら三流以下。詠唱を覚えられないなら家畜同然。自分の身すら守れない陰陽師に未来はない。

 そして――そもそも伝手を持っていなければ、裏の社会を知ることすらできない。ちょっと前の俺のように。


 だがそのすべてを持ってしても、天才と呼ばれるには程遠い。

 高い技能、強力な式神、陰陽道に対して誰よりも高い資質を、客観的評価から見出されなければ、天才と呼ばれるに値しない。

 ――それがまさしく、安倍明美だ。


 俺は、中学卒業後の3月上旬から、東京都八王子市の安倍家にて、その天才に師事している。……ほぼイジメられてる、と言っても過言ではなさそうだが。


 その甲斐もあって、俺は今年4月から国立安房梁実業高校に入学できた。

 ……そう、今日から高校生活が始まるのだ。


 八王子から二時間半以上も掛かる通学ルートを通り、俺は師匠に続いて校門をくぐった。無論、俺の努力が認められたから通えるのだが……



 ……世の高校一年生達には、少し申し訳ないと思っている。



◇◆◇◆◇



「桜が咲き、暖かくなって来た今日、ご入学おめでとうございます。在校生一同、心より歓迎いたします」


 壇上に登る師匠が祝辞を述べる。俺は壇上の下。ちょうど師匠から真正面に睥睨されるであろう位置に座っている。

 誰か助けて、すごい見てくる。眼球移動が怖いよ師匠。


「これから始まる学校生活は、きっと皆さんに多くのものを齎すでしょう。皆さんが陰陽師として暮らしていくのなら、それは必定です。無論、わたしも経験しました」


 そうなんだ。その割には高圧的だよね。

 身内には優しいんじゃ、とか期待した数ヶ月前の俺に真実を教えてあげたい。そんなことないぞ、と。


「ですがそれは、必ずしも悪いことではありません。ここでの出会いや別れ、挑戦が皆さんの糧となり、成長を促す水となり、皆さんが桜のように満開の花を咲かせることを、心よりお祈り申し上げます」


 そうしてカンペを閉じた師匠は、一礼して壇上から降りた。拍手喝采は師匠が席に座るまで終わらず、席に座っても少しだけ続いた。


 その後、入学式はつつがなく執り行われ、俺と同級の入学生達は、自分の教室へと戻っていった。



◇◆◇◆◇



「――と、言うわけで。今日から君たちの担当となる難波(なんば)だ。一年間、よろしく頼む」


 そう言って教壇に立ったのは、パリッとしたスーツを着こなすウルフボブカットの女性。

 今日から俺が在籍する教室の、担当教師となる難波(なんば)綾香(あやか)だ。


 ……まぁ、教室とは言っても5人クラス。なるほど、陰陽師は少子高齢化が進んでいるとは、こういうことか。


「ここで自己紹介や質問の時間などを確保したいのだがな。今日は他の組との兼ね合いもあって、別の予定が入っている。レクリエーションは明日に回す。楽しみにしておいてくれ」


 そう言った難波先生は教壇から降りて、キビキビと教室の扉に手を掛けた。

 そして俺たちに視線を戻すと、鷹のように視線を鋭くしてこう言った。


「付いてきてくれ――身体測定の時間だ」




 陰陽師は一般人に、その存在を知覚されてはならない。

 その通例が働いている以上、人工衛星からの監視が働いている地上では、陰陽道の実習は行えない。

 故にこの学校には、衛生の眼を掻い潜る為の大規模施設が存在する。


 安房梁高の地下体育館。

 校舎が小さく、学生が運動できる場がないから、という名目の下設計された運動場。

 先程まで入学式を行なっていたのもこの場所であり、この数分の間に片付けられたのか、すっかり綺麗になっている。


 建物自体が関東大震災の頃に建造されたためか、万が一の災害対策としての機能も有している。


 さて。この高校が普通でないのは、誰もが重々承知だろうことだが、無論この体育館も普通ではない。


「始めるぞー、円の中に立てー」


 その言葉に、俺たちは体育館の中央にある円の中で待つ。

 難波先生がレバー式スイッチを下げると、ガコン、と体育館が揺れ始めた。


「……うぉ。本当に動き始めた」


 地震か? と思うほど大きな揺れだが、これはこの体育館に備え付けられた機能だ。


「うわぁ」

「すげぇ」


 生徒それぞれ感想が漏れ出る中、難波先生が俺たちの前に現れると、すぐにその喧騒は収まった。


人工総図(じんこうそうず)の展開確認……生徒・教師共に体調の問題なし、と。さて、身体測定を始めよう」



◇◆◇◆◇



「みんなも知っているだろうが。陰陽師とは命の駆け引きや取り引きを行う場面も多く存在する」


 そう話し始めた難波先生は、俺たちの前に立って言う。

 視線は鷹のように細く厳しい。

 だが言いたいことはわかる。俺も、あの神社で似たようなことを経験した。


「そうなれば必然、陰陽師は己の"力"を頼らざるを得ない。無論、君たちも例外ではない」

「先生!」

「どうした、長門(ながと)

「身体測定とは、具体的に何をするのですか? 人工総図を起動するのは、少々過剰だと思うのですか?」


 そう言ったのは、背の高い眼鏡系男子。

 名前は長門(ながと)英二(ひでつぐ)

 中国地方に居を構える名門の出だから仲良くしておけ、と師匠からお達しが出ている。


 ……こんな真面目くんと? 数年間引きこもってた俺に出来るかな……


 だけど、まぁ、主張はわかる。

 人工総図とは、電力を霊力に見立てて起動する、文字通りの科学的な陰陽道。

 擬似とはいえ、世界を張り替える大秘法を使うには、相応の電力を消費するはず。ちなみに安倍家にもある。


 ……安倍家が過剰防衛な事には、少し眼を瞑ってほしい。


「守秘行動に過剰はない。陰陽道とは、存在そのものに守秘義務がある。何処の障子に目や耳があるかわからん以上、過剰な自己防衛は必須だ」

「……その防衛が、人工総図と?」

「総図は生物を殺す為の物、と教わったクチか? 安心しろ、人の技術が加わっている以上、この空間は殺すために作られてはいない」


 そう言われ、俺は周囲を見渡す。

 地平線まで続いてるんじゃ、と思うほど広大な人工芝のグラウンド。

 なるほど。この総図で、人を殺せるとは思えない。


「さて、質問は以上かな? では予告通り、身体測定を始めよう。なに、難しい話ではない――」


 難波先生は淡々と、顔の色をひとつも変えずにこう言った。



「――君たちには、ここで喧嘩をしてもらう」




 難波先生の言葉に、俺たち5人は困惑した。

 誰だって、そうだろう。入学初日に担任から「クラスメイト同士で殴り合え」なんて言われたらそりゃ困る。


「……け、喧嘩ですか?」


 今度の質問も、長門から出た物だった。

 俺たちの代弁をしてくれる。生徒会長は決まったな。


「ああ、喧嘩だ。ただし、殺し合えとは言っていない。君たちのポテンシャルを見るための身体測定だからな」


 そう言って難波先生は符を手に取り式神を召喚する。

 ボコボコと音を立てて符が形を成していき、3メートル超ある赤い巨体の赤鬼が、ドスゥン! と大きな音を立てて着地した。


「勝敗の判定は私が行う。君たちの安全は私が保証しよう。二人一組を作って、各々手合わせを始めてほしい」


 ……二人一組?

 先生、その言葉、このクラスが5人だってことをわかって言ってます?

 まともに学校通った期間が二ヶ月の俺に、なんてことを言うんだ。話し相手が渡辺さんくらいしかいなかったんだぞ。自業自得とはいえ、割と過酷な環境にいた俺がそんな高尚なモンを作れるとでもっていうかマジでどうしよう――


「――ああ、高原(ごうはら)は私と組むように」

「え?」


 ……え?



◇◆◇◆◇



 入学初日。

 俺は担任の先生と対峙し、喧嘩を始めようとしていた。


 ……字面だけ見たら俺、相当な問題児生徒に見えないか? 違うんです、先生から誘われたんです。

 いやほら見てください、他の同級生を。あっちもあっちで喧嘩をしようとしてるんですよ。俺だけじゃないんです。


「君に関しては、安倍から初日の能力試験を担当してくれ、と直々に言われていてね。急な事だが、申し訳ない」

「ああ、いえ……予想はしてましたから」


 あの師匠(安倍明美)なら、何かしら試練を根回ししていてもおかしくはない。

 そもそも、陰陽師とは戦闘職である。

 自衛隊や警視庁の特殊部隊のように、必要があれば銃の引き金を引く。実力組織と特殊部隊が混合したような職業であると聞く。


 そんな武闘派職業に就こうと言うのだ。師匠となる人物の愛の鞭が、どこに潜んでいてもおかしくはない。……愛が込もってるかどうかは、さて置いて。


「さて。ルールは、殺さず、やりすぎず。……ああ、反転総図は使えるか?」

「いえ……試したことは、ないですが……」


 猿田彦が憑依した時の体験は覚えているが、それを実際に使えるかどうかは試してみないとわからない。


「そうか。念の為だが、使用は禁止だ」

「はい」

「長くなってしまったな。早速始めよう」



 ――瞬間、一陣の風が俺の頬を裂いた。



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