25話 居間の反省会
新たな仲間として小人のシトナイを迎えた俺は、ジト目を向けてくる安倍に見守られながら下山した。
登りとは違って心臓に来るような疲れは溜まらなかったが、いつ転んでもおかしくない恐怖が心臓を突き刺した。
……やはり運動不足は悪。早く体力を付けないと死ぬ。物理的に。心臓が。
とはいえ体力作りは一朝一夕で出来るものでもない。
今日は山登りと悪霊退治でヘトヘトなので、明日から頑張ろうと思う。……本当だよ? 嘘じゃないよ?
そんなわけで今日は帰宅。
超大豪邸の安倍家は、超ど田舎にありながらも、超ハイテクな仕組みを有している。
何度も『超』なんて誇大表記を使ってしまう程度には、この家は現実味のない機構が備わっていた。
一応、この家は陰陽師一家の持ち家のはずなのだが、その……もう少しこう、ノスタルジックな雰囲気には、できなかったのだろうか?
それともこれが、時代に合わせるということなのだろうか。それにしたって近未来的だけども。
「ホァ……」
「そうだよね、普通驚くよね」
俺の相槌に合わせて、シトナイがコクリと勢いよく首肯する。
「何言ってるの。このくらいしないと、外敵から身を守れないでしょ」
「安倍家は何と戦ってるんですか」
「自分で言うのもなんだけど、安倍宗家は日本国の要人なのよ? 機密情報があるかもだし、無かったとしても時間稼ぎに使えるじゃない」
遅滞戦術の話でもしてる?
なんで自宅の建築するだけで、そんなこと考えなきゃいけないんだよ。
普通は壁と扉で身は守れるんだよ。断じて自動防衛システムなんて物は必要はない。
「そんなことはどうでもいいのよ。今回の反省会をするわよ。風呂で汗を流したら居間に来なさい」
「あ、はい……」
ちなみに、風呂も男湯と女湯で分けられている。なんでだよ、家には一つでいいだろ。
◆◇◆◇◆
沸いたばかりのお湯から、もくもくと湯気の漂う風呂場にて……俺は本日最大の衝撃を受けた。
「え、おま、ええ――!?」
「ダァ……?」
◆◇◆◇◆
「あら、遅かったじゃない。……顔真っ赤じゃない、のぼせたの?」
「……いえ、その」
なんて言おうか一瞬迷う。
言って軽蔑されるのは嫌だし、言わないとこれからも俺がしなければならなくなる。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。これからの事を考えれば、後者一択なのだが……
「どうしたのよ、元気ないわよ?」
「……変な目で見ないと、誓ってくれますか?」
「は? 聞くだけ聞いてあげるわよ」
「――明日から、シトナイの入浴をお願い出来ますか」
俺の言葉に、安倍は頭に疑問符を乗せた。
しかし流石の理解力。すぐに俺の言葉の意味を察したのか、ぐにゃあと顔を歪めて言った。
「アンタ、まさか……」
「し、仕方ないじゃないですか! 俺だって入る前に知ったんですから! そん時には師匠も風呂に入ってましたし、まさか女湯に突入させるわけには――」
「そもそもなんで式神と入ってるのよ。符に戻せばいいじゃない」
「――あ」
……完全に失念していた。
俺もシトナイも泥だらけになってたから、早く身体洗わなくちゃ、なんて思考が先走っていたのかもしれない。
「はぁ。式神自体、陰陽師個々人にとっての機密情報なんだからね? 霊力も消耗するし、緊急事態以外は戻しておきなさい」
「ヤーッ!」
安倍の言葉に、いの一番に首を振ったのはシトナイだった。しかも横に。
俺の手の上でぶんぶんと首を振る姿は、子犬を見ているようでほっこりする。
「ふーん。懐かれてるじゃない。裸の付き合いって、意外に効果的なのかしら?」
「知りませんよ……」
引きこもり舐めるなよ。そもそも対人コミュニケーション歴が少ない。裸の付き合いなんて、それこそだ。
「ま、それも含めての反省会ね。ほら座りなさい」
「ほら、シトナイ。手から降りて」
俺はシトナイを座卓の上に降ろすと、ようやく腰を下ろして正座した。シトナイも座卓の上で正座している。
「足は自由にさせていいわよ。歩き疲れてるでしょ」
「あ、助かります」
そう言われて俺は胡座を掻いた。シトナイは正座がデフォルトのようだ。
「さて、式神召喚の時、倦怠感を感じたりはしなかった?」
「……うーん、特に何も感じなかったですね」
「そ。なら、まだ召喚余地は残されてるかもね。良かったじゃない」
「召喚余地ですか?」
「ええ。式神召喚の時には、霊力を使う。召喚コストや、霊力の保有量も関係してくるんだけど。基本的に一人につき一体なの。無理に召喚しようとすれば、倦怠感を通り越して気絶するわ。式神の主な召喚理由が戦闘である以上、気絶は致命的でしょう?」
そう言われれば確かに。気絶どころか、倦怠感も感じてないということは、俺の持つ霊力がシトナイ召喚に追いついてるということだ。
安倍みたいに十二体の式神を従える、とまではいかないだろうが。……そう考えると、安倍ってすごいな。
「これって、山道を登って苦しんで禊? をしたから、シトナイの召喚に耐えられるようになったって、ことですか?」
「いいえ。霊力の保有量と強弱は別よ。アンタでもわかるように言うと、電流と電圧の違いのような物。流れている電子に対して、その数を示すのが保有量で、力を示すのが強弱よ」
「……ああ」
東京に来る前、渡辺さんと勉強したところだ。
オームがどうとか、なんたらの法則だとか。……少なくとも、俺は理系向きの頭はしていない、ということはわかった。
「ま、理論なんていいのよ。いま必要なのは感覚。理論は学校に通えば、無理矢理にでも勉強することになるわ」
「そうですか……」
聞くところによると、陰陽師も義務教育中は普通の学校に通っているのだそう。
幼少期から少年期は”霊力を使う”感覚を覚えさせ、知識教育は神祇専門学校……高校入学に合わせて始めるのだとか。
つまり俺は陰陽師として、同い年とまったく同じスタートラインに立っているということになる。
「アンタの次の式神召喚は追い追い考えるとして、問題は”力”の放出ね。あれ、どっちの”力”を使ったの?」
……どっちの? 使ったのはシトナイじゃないのか?
俺が言葉の意味をわかっていないのを察したか、安倍が具体的に説明を始める。
「術者の”力”を式神が使うこともあるの。基本的に式神が保有する”力”の補足分を精霊、とかなんだけどね。今回の場合、相当な量を消耗しただろうからわかると思ったんだけど――」
「「……?」」
「――主従揃ってわからなそうね。……まったく。相性がいいのか悪いのか」
”力”の消耗……つまり霊力が消耗すれば、さっきも言ったように倦怠感を覚える……あるいは気絶するんだったか。
けれど俺は見ての通り、消耗するどころか元気一杯だ。
確かに不自然だとは思う。俺もシトナイも悪霊から狙われる程度には貧弱なのに、なんであんな攻撃が出来たんだ?
「……ま、どんな理由であれ、消耗してないなら上々よ。戦闘中に自滅しないのが一番だからね」
「それで完結していいものなんですか、これ?」
「するしかないでしょう? 現状、何もわからないんだから。下手に考え込むよりも、得られる恩恵は預かった方が得よ」
サッパリしてんだよなぁ。まぁでも理由には同感だ。
現状、シトナイについての情報はないに等しい。強いてあげるなら小人……風体からして、コロポックル説が有力ってだけ。
この情報だけで何を考えろっていう話なわけで。考えるほど謎が深まるなら、下手に裾野を広げる必要はない。
「さて、反省会はここまでにしましょう。ダイニングに行けば夕食が用意されてるだろうし、早く食べて早く寝るわよ。明日も早いんだからね」
「そうですね……でも、四時起きはやりすぎだと思うんです」
「何言ってるの。言ったでしょう、厳しい修行になるって。覚悟しなさいよ」
「……お手柔らかに、お願いします」
その後、数人の家政婦が待つダイニングで、俺の歓迎会と称して豪勢な食事が用意された。
……金目鯛はやりすぎだと思うの。
下手な箸使いで平らげたのち、せめて食器は洗わせてくれ、と食後の手伝いをした俺は、用意された自室に戻って床に就いた。
今日の修行は、基礎の基礎。ただの式神召喚。
本格的な修行は明日からだそうな。
今日の体力の無さを鑑みると、かなり不安が残る。だがやるしかない。
不安と興奮で高鳴る心臓を落ち着かせながら、なぜか符に戻らず隣で寝始めたシトナイを寝かしつける。
……本当に、この子は何者なんだろうか?
スヤスヤと眠る小人の寝顔を見て、俺はゆっくりと瞼を閉じた。
次回更新は1/19(月)になります。
誤字脱字報告、感想、ブクマ待ってます!




