24話 シトナイ
――光が収まる。
最後まで光を放ち続けた針の光も途切れ、俺はゆっくりと目を開いた。
……悪霊はいなかった。
退散したのか、成仏したのかはわからない。だが、それはそれとして、俺と小人は悪霊を退けた事実は変わらない。
「……お前、すごいんだな」
「ダァァ……」
ドヤァ、と胸を張って威張る小人。見てくれが小さいだけに、すごく可愛い。
と、緊張の糸がほぐれて和んでいると、安倍が近づいてきているのがわかった。見なよ、俺の式神を……
「今のは”力”の放出ね」
「え?」
「”力”を一気に放出することで霊的存在に圧を加える、戦闘知識の基礎の基礎よ。本来はシンプルな分、対策のしようがないんだけど弱い。それがセオリーなのよ。なのに、ここまで強い”力”は初めて見たわ」
日本の陰陽師が持つ”力”を霊力、妖の妖力、西洋の魔力のように。
名前はそれぞれ違うが、神秘的な力を扱う勢力は地球上に多く存在する。
それら神秘的物質を纏めて”力”と形容するのだが、その”力”を解放すれば強力な武器になる。
「強いってよ、お前」
「バァ!」
嬉しそうに針を掲げた小人は、ぶんぶんと振り回すことで強さをアピールした。可愛いけど、ちょっと危ないかも。
「しかし針を持つ小人ね……」
「なんですか?」
「いえ、どうにも一寸法師が浮かんでしまって」
……確かに。
言われてみれば、針を武器にする小人とか、一寸法師以外の何物でもない。
じゃあアイヌ民族服はなんなのか、という疑問は出てくるが。まぁそんなのはどうでもいい。
「正直、なんでもいいんですけどね」
「ま、そうね。考えるのは、召喚主であるアンタの仕事だし、考察は全面的に任せるわ」
「はい。わかりました」
知らなければ、扱いこなすことはできない。
この子については、追々考えていくことにしよう。それよりも、問題は今だ。
「この子の名前は……自分で決めていいんでしたっけ?」
「名称がわからない場合はね。けど気をつけなさい。式神の名付けは、親が赤子に名前を付けるのとはワケが違う」
式神のような裏界の存在はない名付けとは、言霊を以て行われる儀礼行為となる。
言霊で名を刻まれる以上、それ以外で呼んでも反応しない事例だってあるのだとか。
バカクソ長い名称を名付けようものなら、毎回そのクソ長い名前を呼ぶ必要が出てくる。
逆に「あ」だの「い」だのと短ければ、何かの拍子に毎回反応する……スマホのSiriみたいなことになる。
これを避けるために、独創的な名前を付けることが通例なのだが、そんなネーミングセンスがあるかと問われれば、まぁ……
「なんか、良い案ないですかね?」
「自分で決めなさいよ。アンタの式神でしょう?」
「ぐぅ……」
ないんだよなぁ。
ゲームでも「あああああ」を使うような、思考力の足りない人間だ。
これまで名付けという行為に恵まれては来たが、本気で名付けようとは思って来なかったツケが……
「うーむ……コロポックル、北海道、アイヌ……」
何かいい案はないか。
アイヌ語なんて知らないし、かと言って日本語で探そうにも「これだっ!」なんて語彙はない。
人名? シャクシャインは知ってるぞ。俺のネット知識を舐めるなよ。
それしか出て来なかった! 小人の名前に合うとは微塵も思わんけどな! うーん、けど他に名前なんて……
……いや、もう一つあった。
「――シトナイ」
小人の耳が、ぴくりと動いた。
そして俺の目を覗き込むように、じーっと見つめている。
……なんか、ちょっと居心地が悪いな。
俺は小人の視線から逃れるように、名前の説明をする。
「アイヌに、そんな名前の英雄がいなかったっけ? 確か実在はしてない、伝説の英雄だったはずだけど。どうだ?」
小人がぴょんこっ、と跳ねる。
さながら新たな名前を歓迎するような、はにかむ笑顔を浮かべていた。
「シトナイって、少女の名前じゃなかったかしら? 本当にそれでいいの?」
「まぁ、なんかすごい嬉しそうですし……」
「……そ。それでいいなら、わたしからは何もないわ」
「じゃあ、今日からお前は『シトナイ』だ。……よろしくね、シトナイ」
シトナイが なかまに くわわった!
◆◇◆◇◆
シトナイ伝説。
江戸時代後期から明治初期にかけて執筆された、アイヌ民族の民話内で確認される伝承である。
アイヌの赤岩山と呼ばれる場所に、夜な夜な人をさらっては食らう大蛇が住み着いており、ある日、村の大人の夢枕で「鹿や熊の肉と共に、人の少女の肉を食いたい」と言ったそうな。
村の大人は会議を開いたが、それを聞きつけた村長の娘・シトナイが率先して手を挙げた。
そして赤岩山に担ぎ込まれた肉に、大蛇が夢中になっているうちに、シトナイは愛犬をけしかけ、犬は喉に噛み付いた。
急所であったため大蛇は悶絶し、その隙を縫ってシトナイは大蛇を狩ったという。
民話自体は倭人も監修していたとはいえ――
……どこか、日本神話のスサノオを思い起こしたのは、筆者である私だけだろうか。
――『アイヌ民話研究』より抜書。




