23話 小人と悪霊
――刃物が、首に当たった。
だが、それだけだった。
刃は首を切ることなく透過し、今度は俺の背後――安倍を狙うも、それも透過していった。
「――な、え?」
「悪“霊”だって、言ったでしょ? 山姥の悪霊は、その名の通り霊体。つまり物資に触ることは出来ない」
「え、悪霊? 今のが?」
「そうよ。ここは修練場であって、処刑場ではないの。間接的に弟子に死を強要するわけないじゃない。そういうの、パワハラって言うのよ」
パワハラ、どころじゃないと思うんですけど。
まじで死ぬかと思った。前振りの時から思ってたけど、ホラーテイスト満載すぎるよ、師匠。
俺の身体を切り刻みたいのか、悪霊はスカスカと俺の身体に包丁を突き立てている。
攻撃出来ないとわかったら、亡霊っぽい見た目は兎も角、なんかちょっとかわいいな。
あれだ。某四角い世界で、最小スライムに群がられてる感覚――
「……ああでも、触られすぎると生命力が吸い取られて、死ぬこともあるから気をつけなさい」
「先に言ってください!?」
スカスカしてくる悪霊から離脱し、離れた場所で身構える。
命に関わることは最初に言っておいて欲しい。金太郎の前日譚よりも、そっちを知りたかったよ師匠。
「さ、修行を始めるわよ。その悪霊は人間が触ることは出来ない。攻撃するには、式神が必要なの。触られたくなかったら――死ぬ気で召喚してみなさい!」
「いや、召喚してみろって……言われたってえええ!?」
安倍の掛け声と共に、悪霊は俺との距離を詰めてくる。
なんで俺ばっかりなんだ。あっちにも人間がいるだろ、あっち行けシッシッ!
「ちなみに悪霊は、神秘の強度が弱い人に群がる習性があるの。嫉妬の塊なモンだから、弱い人を道連れにしたいのね」
「安全圏はないってことですね、わかりました!」
ウザかったら早く強くなれ、と言われてるような物だ。
いや、実際に言われてるんだろう。
……そんなこと言って、危なくなったら流石に助けてくれるんですよね、師匠?
助けを求めるように視線を向ける。
ニコリ、と笑顔で返された。
この世は無情だが、彼女はもっと非情なようだ。
「ぐぅ……」
そんなに戦わせたいなら、やってやるよ。
逃げるように走る足を止め、俺に追撃せんと迫る悪霊へ向き直る。
手にはお札。現代では見ないような漢字の羅列が、紙の表面をびっしり埋めている。
「――――畏み、畏み申す」
告げる――死生を賭けた勇気の神楽。
謳う――目には見えない神への賛歌。
「陰陽の極みに至りし、安倍晴明御霊神よ」
この二ヶ月間。俺は安倍から、陰陽道の基礎を叩き込まれた。
その中に、式神召喚の儀の知識がある。
必要なのは、定量の“力”と召喚札、そして儀式詠唱の言霊。
これら要素が三位一体となることで、式神が召喚に応じてくれるのだと教わった。
俺は教わった知識をなぞるように、唄をひとつひとつ謳い上げる。
「表と袂を分かたりし式神を選定し、裏界より召喚し給え――!」
お札が俺の声に呼応するように輝き出す。
途轍もない光量だ。術者である俺の目がやられるんじゃ、と心配になるほどの光が、洞窟内を満たす。
さぁ、戦の時間だ。頼むから俺を助けてくれ……!
「――バァ?」
青い鉢巻を巻いた可愛い小人が、俺の眼前に召喚された。
◆◇◆◇◆
「……え?」
「ん?」
「――バァ!」
小人は召喚主である俺を見つけると、嬉しそうにトテトテと近づいて来た。
しばらく俺も安倍も、恐らく光に面を食らった悪霊すらも呆然としていたが、いち早く復活したのは俺だった。
「え、こび……え?」
青を基調としたアイヌ民族服の小人。
片手で葉っぱの傘を持ち、しかし両腕を広げて俺に何かを訴えかけている。
俺が両手で持ち上げてやると、嬉しそうに顔を手に擦り寄せて来た。なんだコイツ可愛いな。
でも腰に帯刀してる針が痛いから、それは外して欲しいかな。チクチクする。
「……コロポックル、かしら」
俺の次に復活したのだろう。安倍が不思議そうに眉を顰めて言った。
「フキの下の小人、とも言われる妖怪よ。ただ正体は割れてて、蝦夷のアイヌに追い出された北千島のアイヌって説が最有力。だから妖としては存在しないはずなんだけど……」
「え、じゃあ、なんなんですかコイツ」
「知らないわよ。当人がいるんだし、自分で聞いてみたら?」
それはそうだ。俺は両手に乗った手乗り小人に問う。
「お前、名前は?」
「ぅう?」
「あ、言語能力ないです!」
「まじか。準人型なのに? 珍しいこともあるものね。それとも生まれたばかりかしら?」
ダメじゃん。正体がわからない以上、俺から何をすることも出来ない。
もし生まれたて説が本当なら……この悪霊を、俺はどうすればいいのだろう?
「……あ、どぅわぁあああ!?」
悪霊の包丁が、俺の右脇腹に狙いを済ませる。
間一髪。ギリギリで気付いた俺は、横に逸れて回避に成功した。
しかし尚も狙われている。……というか、式神召喚しても狙われてるって。
もしかしてこの子――弱いのでは?
不安が表情に浮かんでいたのだろう。俺の両手に包まれて、顔だけを出した小人がツン、と俺の手を突いた。
「いってぇ!? なにすん――ん?」
手の上に乗り出して、針をぶんぶんと振る。
針の指す先は悪霊。
まるで悪霊に近づいてくれ、と言わんばかりの振り具合だ。
「……倒せるのか?」
「う!」
こくん、と小人が頷いた。意思疎通は出来るのか。ならば話は変わる。
式神が如何なる存在であれ、何かしら人類を超越できる能力を持っている、というのが安倍師匠から教わった知識だ。
どんな式神であっても、油断は必ず大敵になる。その大敵当人が、倒せると頷いたのだ。
ならば召喚主として、信じてやらねば模範にならない。
「――なら行くぞ。成仏させてやろう!」
「う、バァ!」
俺はその場に踏みとどまり、迫る悪霊と対峙する。
悪霊の包丁が迫る、迫る、迫る。
空を切り裂く金切音が、耳に障って俺の心を凹ませる。
だが、それだけだった。
俺が自分の式神を信じた以上、再び逃げる理由にはならない。
俺の手に乗る小人は、剣を構えるように針を持つ。
立ち姿は洗練されており、歴戦の戦士のようだ。
そして、頭上へ大きく針を振りかぶり――
「う、ダァ!」
――振り下ろす。
すると針がカッ! と青白く光り出し、その光だけで悪霊はたじろいだ。
そして青白い光は、俺の式神召喚時よりも遥かに高い光量で、洞窟の中を満たした。




