19話 未来のこと
その後、俺は星隠社で目を覚ました。
俺の下には巨大な星形が描かれており、近くで体育座りで眠っている安倍を見つけ、きっと俺の足を治してくれたのだろうと直感する。
さすがに真冬の外、しかも学生服で眠るのはどうなのか。絶対、寒かろう。無理矢理にでも起床させ、俺の羽織っていた革ジャンを肩に掛ける。
「あんがと。……足はもういいの?」
「はい。治療、ありがとうございます」
「そ。……大事にしなさいよ」
「? はい、もちろん」
なんて不思議なことを言わながら、起き上がらせる。どうにもバツの悪そうな顔だ。何かあったのだろうか?
「……寒いですし、帰りましょうか」
……まぁ、下手に突っ込むつもりはないが。女は面倒な生き物って、今日知ったばかりだしな。
「そういえば俺、変な夢みたんですよね」
「変な夢?」
「はい、治療されてる時だったんですけど。俺に憑依した神様と一緒に、あの大きな狼を倒す夢。……あ、そういえば大きな狼は?」
「どうだっていいでしょ、そんなこと。それより、夢について詳しく」
「ええ……絶対、狼の方が大事だと思う……その、神様の、反転総図? で消滅させられました」
「……そう」
そういうと、興味をなくしたように安倍は天を仰いで黙り込んだ。ンだ、この女。自分で聞いといて、黙り込むのは違うだろう。
「……? 何か、あったんですか?」
「何もないわよ」
「嘘ですね。目を合わせてくれませんもん」
「ないわよ」
「……」
「……はぁ、目を合わせればいいのね?」
ジトーっと見ていると、安倍にむぎゅ、と頬を掴まれる。
そして――超至近距離。互いの鼻先が触れ合いそうなほどの距離で、俺たちは目を合わせあった。
「――うぇ、」
「なにもなかった、いいわね?」
「……え、あ、はい」
「よし」
ぽい、と放られるように離される。
同意を求められたが、それどころではない。
女子の顔が近かった。香りが近かった。
その事実が、俺の柔い心臓を高鳴らせる。
しかし当の安倍は、言葉通り何もなかったようにスタスタと歩いていく。嘘だろ、東京ではこれが普通なのか?
俺は置いてかれないように小走りになって、安倍の左隣に追いついた。
「アンタ、これからどうするつもり?」
「……え? これから?」
なんだ、薮から棒に。何を聞きたいのか知らないけれど、未来を語るなら答えはひとつだけだ。
「……まずは、中学を卒業しないと。その後は通信制に進学、ですかね。大学まで行って、就職はすると思います。とにかく、おばあちゃんを安心させないと」
「……っ」
俺の言葉に、安倍は喉を鳴らした。
さっきから、なんなんだ。安倍の様子が明らかにおかしい。絶対に俺の寝てるうちに、何かあったんだろう。
「未来の話だと、こんな感じになりそうですね。それが、どうしたんですか?」
「……アンタ、進路変更してみない?」
「進路変更?」
「そ。東京で陰陽師になる、ってこと」
俺が陰陽師に? ないだろう。陰陽道には血脈も大事だって話を聞いたことがある。
俺の家は、至って普通のはずだ。
それこそ安倍晴明みたいに、祖先に葛の葉でもいれば話は別だが。少なくとも血筋に関しての目新しさはない。
俺は笑って誤魔化したが、どうやら安倍は冗談ではなく、本心からの勧誘だったようで。
「アンタ、自分の足がどうなってるかわかる?」
「足ですか? 特に変化はないですね」
「特殊な治療を受けた影響か、神秘が内包されてるわ。これだと多くの妖から狙われるかもね。なんせ宝の山だもの」
「え……」
なんて事になってるんだ、我が足は。
また喰われかねないってこと? せっかく治療してくれたのに?
どうすればいいんだ、助けて猿田彦!
しかし答えはない。
困っている俺の肩を、安倍は掴んで言う。
「自衛ができなきゃ、じゃない?」
「……そうですけど、俺、陰陽術なんて使えませんよ?」
「大丈夫、わたしがレクチャーするから。安心なさい」
その自信は何処から湧いてくるのか。
胸を張っていう安倍の姿を見て、俺はかつて言われた言葉を思い出す。
『あまり周りを見過ぎるな。慣れない事に挑戦してる其方は……よぅやっとるよ』
あの丘で言われた言葉を思い出し、俺は自身の勇気が奮い立ったのを強く感じた。
人は慣れないことに挑戦するからこそ、認められる。
必要なのは勇気だけ。なら少し、前に踏み出してみてもいいんじゃないだろうか?
――そういう事ですよね、黒環さん?
「……お世話になっても、いいですか」
「もちろん。衣食住の心配はしなくていいわ。……ただ、少し厳しい修行に耐えてもらうわよ?」
「はい。臨むところです」
俺は安倍と顔を見合わせて笑い合い、自宅に帰って泥のように眠った。
その日、夕方を過ぎるまで目が覚めることはなかったが――
――おばあちゃんは起こしに来なかった。




