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悲観楽土 〜高天原には、神はいない〜  作者: 光合セイ
第1章 天津餓狼編

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18話 仮面の下の真実

 橙色の光が収まった星隠社。

 セーマンの上に倒れた天は、餓狼の腹へと消えたはずの足を取り戻し、すやすやと眠っていた。

 その寝顔を確認した黒環は、表情を安堵に変えると膝から崩れ落ちた。


「……黒環!」


 完全に崩れ落ちる前に、近くで待機していた明美が駆け寄り、倒れる前に体勢を立て直した。


「アンタ、すごい汗じゃない」

「当然じゃ。其方もよく知っておろう? 治癒術は、術者の“力”を代償に行う」

「ええ。よく知ってるわよ。……妖力を命綱に生きているアンタら妖にとって、命懸けな行為だということもね」


 妖にとって妖力とは、人間にとっての生命力。

 人類は力の陰陽を切り分けることで、生命力を代償にせずに済むが、妖はそうではない。

 吸血鬼が血を飲むのと同じ。感情を糧に、彼らは生きているのだ。……それが、人の感情を消す理由になってでも。


「……相当、無理したでしょう」

「無理をした、どころではない。()()()使()()()。もう、すっからかんじゃ」


 そう、カラカラと笑った黒環の笑顔は、明美から見ても痛々しい。

 すっからかん、ということは、つまり……


「逝くのね……」

「……残りは雫、何適分じゃろうなぁ」


 ふぅ、息を吐き出して、あぐらを掻いて座り込む。

 自分の命を賭けて、人の命を救い、消えようとする妖なんて初めてだ。

 このまま消えゆく運命を、呑み込んでいいのか? 呑み込んで、この後起きる天はどう思うのか?


 明美は考えるまでもなく、黒環に提案する。


「……わたしの感情を食いなさい」

「ほう?」

「喜びも、悲しみも、アンタにくれるから、消えないで。……アンタが消えたら、高原(ごうはら)くんは本当に……」


「断る」


 にべもない即答だった。

 明美の目が、狐面の下の視線と合う。


「陰陽師の感情なんぞ、硬いモンしかないじゃろうて。単純に不味い」

「……でも!」

「デモもヘチマもない。わしは其方の感情なんぞいらん」


「アンタ、最後の()()()()()()()でしょう!?」


 その言葉に、黒環の言葉が止まった。

 明美は追撃するように言葉を紡いだ。


「不思議だったのよ。高原くんにはお祖母さんがいるって話だったのに、一向に姿を現さないし……土曜日っていう、誰もが家にいるはずの日にも見なかった……まるで、避けられてるみたいな」

「……」

「アンタの、その仮面の下に隠れた()()()()()なら、すべての辻褄があう。姿の見えない人物の答えは――」


「それ以上は言うな」


 黒環のドスの利いた声に、明美は言葉をつぐんだ。

 天の側までずりずりと寄ると、天の乱れた髪を直しながら言う。


「聞かれたらどうする」

「……聞かれてまずいことなのね?」

「……」


 墓穴を掘った、とでもいうようなバツの悪そうな黙秘である。

 静寂が支配した境内で、黒環はぽつりと呟いた。


「わしはテンと因縁があってのぅ」

「……因縁?」

「ああ。テンの親は事故で死んだ、というのは聞いたか?」

「ええ。交通事故で、炎に巻かれたって――アンタ、まさか」


 明美の言葉に、黒環は深く頷いた。



「そうじゃ――テンの親は、()()()()()()



◆◇◆◇◆



「高原くんの……親を?」

「ああ……飾る言葉はない。わしが殺した」


 黒環からの突然の告白に、明美は目を丸くして驚いた。

 何のために? 妖だから? だとしたら、今の天と黒環の関係は、なんなんだ?

 疑問は尽きない。だが明美が問うより先に、黒環が口を開いた。


「桃太郎は、知っておるよな」

「もちろん。童話のでしょ?」

「高原家は代々、鬼ヶ島……男木島(おぎじま)の管理を任された家系での。ジイの泉の管理もしていたのじゃよ」

「ジイの泉……?」


「飲めば長寿、被れば不老になると言われる湧き水。……正確には、神格を得られる水が湧き出す泉じゃな」

「はぁ!?」


 神格を得る、とはつまり。司る物がなんであれ、人間をやめて神になるということ。

 なんだ、その陰陽界がザワメキそうな呪物は。天の親は、そんな劇物の管理をしていたのか……?


「泉は枯れた。だが同時に、残りを持つ者もいた」

「それが……高原の家?」

「うむ。テンの親は、霊山に向かおうとしておったでな。来る天津餓狼戦に向け、わしはその水を狙った」


 狙った、ということは、黒環も神格を得ようと動いたのだろう。


「熱海で事情を話し、譲って貰おうと追っていたのだがな。西湘近郊で、わしは異変に気がついた」

「異変?」


「黒塗りの車が、逆走してきおった」


「……」

「間違いなく衝突する。じゃから【狐火】を巻き、守ろうとしたのが……間違いじゃった」


 その後のことは、明美も天から聞いていた。

 橙色の炎に巻かれ、衝突した車は鋼鉄の棺桶となって、両親を焼き殺したのだと。


「親は手遅れ、故にわしは車の中から子供を救出した。ついでに水の在処も探したが……なかった」

「……なかった?」

「なかった。一滴もな」


 はぁ、と溜息を吐き出した黒環は、天の頭を撫でながら言う。


「既に飲まれたか、そもそもジイの水なぞ無かったか」

「十中八九、後者でしょうね。そんな劇薬の管理を、陰陽庁が見逃すわけない」

「わしもそう考えた。故に、すぐに遺された子供に思考が移ったのじゃよ」


 遺された天をどうするか。恐らく児童養護施設に預けるのがセオリーだろうが、現在を見れば黒環の答えが違ったのは明白だ。


「わしは数年、テンの祖母を偽った。老衰で逝ったという天の祖母、という幻覚を見せてな。幸い、憔悴していたテンは、すんなりわしの嘘を受け入れた。飯を作ってやったり、寝かしつけたり、色々な」

「世話焼きなのね」

「これでも、数百年生きる大妖怪じゃぞ。母性のひとつくらい、養われておるわ」


 妖に母性……鬼子母神も、釈迦の説法以降は子供に甘い妖になったという。前例があるなら、おかしくはない、のか……?


「……アンタと出会った時に、反転総図を使われたって言ってたのは?」

「神社の本殿に土足で上がるような馬鹿には、少し灸を据える必要があるじゃろ?」

「やり方が大雑把すぎるでしょ……」

「わしの反転総図は、殺すために存在していない故な。モノは使いようというものじゃよ」


 これで、恐らくすべての情報が揃った。

 黒環は天の為に行動し、天を想っているなら、明美の考えは変わらない。


「なら尚更、アンタはわたしの感情を食べるべきよ。……高原くんを、裏切ったまま逝くつもり? 卑怯よ」

「言ったじゃろう。妖に善悪を期待するなと。大妖怪としての黒環は、テンの近くに居ていい存在ではない。陰陽師なら、わかるじゃろ?」

「っ……、……えぇ、そうね」


 言い返せない。

 これを反対すれば、陰陽師・安倍明美の人生を否定することになってしまう。さすが妖、卑怯だ。


「そ。なら感情は分けてやらない。勝手に野垂れ死ねばいいわ」

「そうさせてもらうわい。あ、じゃが――」


 くふふ、と笑っていた黒環は、ハッと真顔になったような声音に戻り、天の頬を撫でながら言う。


「――テンを任せてもよいか? わしが居なければ生きれない子じゃが、今回の件で、少しは自立出来たはず。迷惑はかけないと思う」

「……メリットは?」

「陰陽師も少子化問題を抱えておるのじゃろ? 其方の先祖(安倍晴明)ほどではないが、この子も狐が育てた子。戦力になるとは思うんじゃがのぅ」


 つまり陰陽師として育てろ、と。

 確かに、魅力的な提案ではある。陰陽師が増えれば依頼も分散され、将来的には明美も楽が出来る可能性がある。メリットとして、考えられるか。


 ……それに天涯孤独になる知り合いを放ったらかしに出来るほど、明美は薄情な性格ではなかった。


「わかった。任されたわ」

「そうか……自立した草鞋(わらじ)で、立てると()いがのぅ」


 くふふ、と笑った黒環は、再び天の頭を撫でる。

 しかし手は頭に届かず、泡のように消失した。


「……と。最後の妖力が、切れたか」

「遺言はある?」

「ない。伝えるべきことは伝えた」

「そ。……あ、待ちなさい。最後にひとつ」

「なんじゃ?」


 今度は左手。そしてつま先から頭へと上るように、少しずつ消えていくのがわかった。

 そんな中で、明美は黒環に聞かなければならないことを問う。



「――悲観楽土(ひかんらくど)って、なに?」



 昨日の明朝。まさにこの場所で提示された疑問。

 黒環の口から出た言葉を、そっくり問うた。

 しかし黒環は黙った後に、くふふと笑って明美に答える。


「さてな? その答えは、未来の其方と――(そら)に預けるとしよう」

「なにそれ。アンタもわかんないの?」

「そうとも……じゃが、」


 黒環は仮面を外して、不敵に笑う。

 



黒環(わし)()()は、必要なかった」




 天に少しだけ似た顔が、露へと消えた。



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