11話 十人十色
家を出て徒歩十分。最寄駅から電車で四十分。
やって来ましたプレミアム・アウトレットタウン。
流石は地域で一番栄えているだけあり、そこらじゅうに人、人、人。
今日が休日なだけあって、家族連れやカップル客が散見される。リア充め、爆発しろ。
まぁそんなこと言いつつ、俺も女の子と二人で歩いているので、客観視で言えばカップルに見えなくもないが……
まぁ、そんなことは一切ない。俺はしがない荷物持ち。今日はお嬢様の後ろを歩いている。
「これ持っててね。じゃ、よろしく」
「……はい……」
とあるアパレルショップの中。
ウィメンズの服が多いだけあり、店内は男女比は女性が多数を占め、かなり気不味い思いをしながら、俺は安倍が買った服を渡され、試着室の前で待っていた。
ブランドロゴが描かれた紙袋で両手が埋め尽くされ、今も女性用ブランドとして有名な店にいる。
「陰婆、これどう?」
「お似合いですじゃ。しかしセーターはたくさん持っているのでは。お部屋の箪笥にはたくさん眠っておりますぞ?」
「いいのよ、オシャレは組み合わせ。いろんな色や生地があってこそよ」
「似た色合いをこの前、買ってたような気が……」
「全部自分のお金なんだからいいでしょ」
そう言って黒いカードを手に持つ安倍。
あれ、世に言うブラックカードってやつか。俺と歳が近そうなのに、どんだけ稼いでんだ。
「……うん? どうしたウロ」
ぺろぺろと俺の頬を舐めるウロ。犬がアパレルショップに入っても大丈夫なのだろうか。……まあ、文句は言われてないし大丈夫だろう。
「よーしよしよし」
わふわふ、と息を吐きながら鳴くウロの腹を撫でながら、安倍が服を決めるのを待つ。
いまは買うと決めたセーターに合うズボンを探しているらしい。女の子って、なんて面倒な生き物なのかしら。
「……暇だ……」
待たされている人がスマホを見たくなる理由がようやくわかった。なんでも、外でネットを見るのに向いてるらしいな。
俺は外に出ないから持つ必要もなかったが、こうなると無性に欲しくなってくる。現代的な生活を送る上では必需品らしいし、いつか買わなくちゃなぁ。
などと考えていると、ようやく買うものが決まったのか、服やらズボンやらがパンパンに詰められたカゴを持って近づいてきた。
「そろそろ行くわよ。ウロ、ここで寝転がるのはやめなさい」
「……それ、全部買うんですか?」
「当然よ。というかアンタ、自分の服はどうするの? ちゃんとおしゃれ出来るくらいは持ってる?」
そう言われて、自分のタンスの中を思い出す。
上着が二、三着。下着が二着。
汗をかかないので、毎日取り替えるなんてことをしない以上、必要以上の服はいらないと買わなかった。
「いえ。でも必要ないので……」
「ダメよ。この後はアンタの服を買いに行くから、覚悟しなさい」
「え」
頭と表情をフリーズさせた俺に寄り添うように、ウロは足に擦り付いて、わふとひとつ鳴いた。
同情するなら荷物をひとつ持ってくれ。
◇◆◇◆◇
ものを得るにはものを捨てよ、と偉い人は言いました。
今回の場合、俺の気力体力精神力を代償にして、まるで着せ替え人形のように俺で楽しんだ安倍の笑顔を得たわけだが。
リスクとリターンが釣り合ってなくね? というのは秘密である。言ったら絶対に面倒なことになる。気が強い女に手出しは無用だ。
「おお、様になってるじゃない」
「馬子にも衣装ってやつですね」
「それ、自分で言うもんじゃないわよ。素直に喜んでおきなさい」
喜べって言われても、なぁ……
白シャツの上に黒い革ジャンを羽織り、チャコールグレーのスラックスで色合いを纏めた格好(安倍談)だ。靴は黒いカジュアルシューズを買ってもらった。
……うん。いやまぁ、確かにかっこいいのだが。少し厨二病的かっこよさを感じるわけで。すでに厨二病を卒業した故に、素直に喜べない自分がいる。ちょっと複雑だ。
「ま、いいわ。ショッピングも楽しんだことだし、そろそろ帰るわよ」
「……はい……」
「なによ不機嫌そうな顔をして。新しい服に袖を通したんだから、しゃきっとしなさい」
不機嫌なんじゃなくて、疲弊してるんです。待たされ遊ばれの数時間。これで疲れない方がおかしい。
つまり安倍はおかしい。楽しむ力って偉大なんだな。
「ほっほ。若様と共にいるとは、こういうことですじゃよ。諦めなされ」
「……なんか、猫みたいな人ですね」
「ええ、それはもう。時に優しく、時に気まぐれに、しかし責任感には人一倍強く関心を向ける御方ですじゃ。故にこそ、我ら十二の式神は若様を慕い、命を掛けているのですじゃよ」
わん! とウロが鳴いた。きっと陰婆の言葉に同意したのだろう。
あんなキツい性格をしてるのに、少なくとも十二の式神を纏め上げるカリスマがあるようだ。
すごいな。俺と歳は近いはずなのに、十二の式神に敬われるカリスマ性を持っているなんて。
「……俺とは大違いだな」
「? そりゃそうですじゃろ。誰しもが明美様のような才能を持っているわけがないですじゃ」
「ですよね……」
「人のカタチとは千差万別、すべて同じなら人形となんら変わらないのですじゃ。若様には若様の、高原様には高原様の良いところがあるのですじゃよ」
……そう、だろうか。
少なくとも、俺は自分の良いところがわからない。ひとつも見つからない。
だから他人が、外の世界が怖いのだ。他人と違って過去から抜け出せないのだ。そう思っていた。
他の人と同じが良い。
同じ目線が語り合って、遊んで、学び合って。いずれ“社会の型”に嵌っていく。
それが健全で心地いい物なのだと、同時に自分という外装が外れる怖い物なのだと。
だから、過去のトラウマから抜け出せない限り、自分社会には出れないと。
いつも、そう思っていた。
「若様も危ういところはあるですじゃ。けれど、この婆でも若様から学ぶところは多い。人のふり見て我がふり直せの言葉通り、若様を見習ってみてはどうですじゃ?」
ズンズンと先を進んでいく安倍の背を見る。
一縷の迷いもない歩調は、頼もしささえ感じる。なるほど、あれがカリスマか。そう思うほどだ。
「そうですね」
わん! とウロが鳴いた。
相変わらず何を言ってんのかわからないが、とりあえず頭を撫でておく。
「……そうですねっ」
俺は安倍に追随するように、出口に向けて胸を張った。
◇◆◇◆◇
オン・アロリキャ・ソワカ。
そう唱えた陰婆は合流して会話を始める少年少女の背中を見る。
隣で座る天空は、ぶんぶんと尻尾を振り、今すぐにでも二人に駆け寄りたそうにしているが、首根っこを掴んで静止した。
「……あの仔は、立ち止まっていただけなのですじゃ」
言葉で語りかけたのはウロか、はたまた漏れ出た呟きか。陰婆は虚空に向けて独りごちる。
「どうか、少年少女の行先で、幸せな結末に至らんことを……じゃが、しかし――」
ふい、と目を逸らす。その方向には先程赴いた女性用アパレルショップが。
だが陰婆の視線はショップではなく、さらにその先――何やら不穏な空気を放つナニかへと向けられていた。
「この地域は、何やら異様ですじゃな。まるで過去、封印した異形が、目を覚そうとしているような……それに」
……それに、黒環の件もある。
特にあの少年は早々に、この街から引っ越すべきなのでは。あの少年の体質からして、長生きが出来るとは思えない。そんな考えも過ぎるほどだ。
「若様には後で、報告しとくべきじゃな。ウロ、我らも若様を追いかけるですじゃよ」
わん! とようやく解放されたウロが走っていく。
背中に飛びつかれた天が、体勢を崩して安倍の服をぶち撒けるのは、また別の話である。




