第7話 レシピ本
これまでの登場人物
●神城 冬夜 (かみしろ とうや) 15歳 男性
前の世界では両親の虐待とクラスメイト達のいじめで心を閉ざした。
のちに両親への反抗として財布から現金を奪ったのちに
コンビニへ行こうとしたところ…
信号無視のミニバンに轢かれて死んでしまった。
新たな世界では空き家にクワとジョウロと虹色の種
そして分厚い農業の本があったため
1人で食を確保しようと奮闘することになる。
●セラ・トミーガーデン 195歳 女性
悪魔の村で暮らす少女。見た目は冬夜より少し年上ぐらい。
人間と触れ合うのは実は初めてだが
『学校の男子たちと同じように話せばいいでしょ!』の
気持ちで話しかけているため、時々距離感がバグることがある。
冬夜はトマトを収穫してボロ家に入ると
昨日まではなかったはずの机の上に一冊の本が置かれていた。
『トマト料理入門』――表紙には鮮やかな赤が描かれている。
冬夜「……また増えてる。なんだこれ……。」
ページを開くと、雑誌で見たことのある料理の数々。
スープ、サラダ、煮込み、パンに塗るソースまで。
どれもトマトを使った鮮やかな料理だ。
冬夜は目を輝かせながら
近くに置いてあった紙とペンに夢中で書き写していった。
冬夜(……これなら、あのトマトをもっと美味しく食べられるかもしれない。
それに、あの虹色の種がもっとあったら…。)
十数分後。セラに手渡したのは、書き写したレシピだった。
セラ「なによこれ?字がぎっしり……。」
セラは紙をひらひらと持ち上げる。
冬夜「トマトを使った料理の作り方だよ。
セラの家でやってみたら、もっと美味しくなるかもしれない。」
冬夜は少し照れながらも真剣に言った。
セラは驚いた顔で彼を見つめ、やがて小さく鼻を鳴らす。
セラ「ふーん……冬夜ってこういうのはちゃんと考えるんだ。」
冬夜「え?」
セラ「……まぁ、試してみてもいいけど。家の人、珍しいもの好きだし。」
その赤い瞳には、ほんのりと柔らかい光が宿っていた。
その日の夕方。
セラに連れられて、冬夜は再び彼女の家へとやってきた。
セラ「ただいまー!冬夜もいるよ!」
セラは冬夜の手を握り、彼を中へ通す。
冬夜「2度目の訪問なのにまだドキドキするなぁ…。」
冬夜は緊張で喉が乾く。
居間には、朝、あいさつを交わした両親が笑顔で出迎えた。
セラ「今日ね、冬夜がトマトを作ったんだって!」
セラが今日の出来事を話すと、父は興味深そうに眉を上げた。
セラ父「ほぉ…!トマト…と言うのがどんなものかは知らんが
自分で何かを作るのは大したもんだな。」
冬夜「え、あ、いえ……その、偶然というか……。」
冬夜は少し照れながらレシピを見て調理を始める。
冬夜「お母さん。卵、塩コショウ、サラダ油
それと鶏ガラの素はありますか?」
セラ母「え、えぇ。一応全部あるけど…。そんなの使って何を作るの?」
冬夜「炒め物です。簡単で時間もかからない。
おまけに使う材料も少なくていいんです。」
こうして冬夜は手早く炒め物を作った。
出来栄えはなかなかのものだ。
冬夜「…ふぅ。これで完成っと。」
テーブルに並べられたのは――中華風トマトと卵の炒め物だ。
冬夜「これが……“トマト料理”です。
料理してもそのままでも美味しいですよ。」
母が最初に口へ運ぶ。
セラ母「……まぁ! 爽やかな酸味に、体が温まるわ。こんなの初めて!」
父はそのままのトマトをかじり、目を丸くする。
セラ父「ほぅ……酸っぱいが、不思議と後を引く味だな。これは酒にも合いそうだ!」
セラは腰に手を当てて、ふんと鼻を鳴らす。
セラ「ね、言ったでしょ。冬夜の変な野菜、案外すごいって!」
冬夜「……変って言わないでよ。」
冬夜は照れ笑いを浮かべた。
温かな食卓の中で、冬夜は改めて
「受け入れられる」という感覚を味わっていた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
冬夜(……あぁ、こんな風に笑って食事できるなんて。
前の世界じゃ、一度もなかったな……。)
一方窓の外では、トマト料理の匂いに釣られた村人たちが
集まってひそひそ話していた。
村人A「このいかにも食欲が刺激される
美味しそうな匂いはなんだ…?」
村人B「昨日来た弱弱しい人間が何かしてるんだろうな…。」
村人C「あの丘の上で何か作ってるのかしら?」
その話が後に村中で大きく広まるのはまた別のお話…。




