表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/34

第九話 異世界パン屋

 コーちゃんと一緒に二十分ほどのんびり歩いていると、やがてタイニーオークの森を出ることができた。



「お、おお……」



 目の前に広がる景色に、俺は軽く圧倒されてしまった。


 視界を遮る建物はひとつもなく、はるか遠くに山頂が白くなった山脈地帯が見えるだけ。


 雲ひとつない青い空と、草花が揺れる緑色の大地。


 流れてくる風も穏やかで心地よい。


 これはまるで、絵画の世界だ。



「なんだかすごいところに出たな」

「うむ。ここは『巨人(タイタン)の足』と呼ばれている場所だな」



 巨人が踏みつけてできた平原という意味らしい。


 確かにどデカい人が踏みつけたみたいにだだっ広い。


 そんな平原を真っ二つに切り裂くように、一本の綺麗に整備されている道が延びている。


 現代のようにアスファルトで舗装されているってわけじゃないが、かなり近代的だとは思う。歩きやすいよう平たい石を敷き詰められているし、道の両側には等間隔に街灯のようなものが立っている。


 この世界に電気はないと思うが、どうやって明かりをつけているんだろう?



「あれは魔道具の一種だ」



 コーちゃんが街灯を見上げながら言う。



「魔法を使って明かりを灯している」

「へぇ、電気の代わりに魔力を使ってるんだな」

「この道は重要な交易路のようだからな。防犯的な観点でも明かりは重要なのだろう」



 交易路──つまり、貿易で使っている陸路ということか。


 確かに石畳の道路に轍のようなものが確認できる。


 きっと荷馬車の車輪の跡だろう。


 今は通ってないみたいだけど、頻繁に荷馬車が行き来しているのかもしれない。



「……ふむ」



 コーちゃんは左右をキョロキョロと見た後、西の方角を見る。



「コマルはあっちだな」

「オッケー。それじゃあ行こうか」



 森から街道に出て、石畳の道路をのんびり歩いていく。


 街道の傍を小川が流れていた。


 澄んだ水が静かに流れる音と、虫たちの声が聞こえてくる。


 そんな音を聞きながら歩くのはすごく気持ちがいい。これだけですごく癒やされるって言うか。


 異世界って危険な場所だと思っていたけど、そうでもないのかも。


 ──なんて思っていたら、コーちゃんにちくりと刺される。



「街道は人の通りがあるから比較的安全だが、少しでも外れるとモンスターが出るから注意しろ」

「え? そうなのか?」

「うむ。さらに町の周辺には盗賊も出る」

「と、盗賊……」



 ひゅっと背中が寒くなった。


 そうか。この世界には警察機関がないから犯罪も多いんだな。


 モンスターと違ってしっかり武装してるだろうし、むしろ警戒すべきは盗賊かもしれない。


 しばらく歩いていると、やがて街道が森の中に入った。


 傍を流れていた小川の川幅が広くなり、小さな渓谷にたどり着く。


 そんな渓谷に寄り添うように、わらぶき屋根の建物があった。


 こんな場所に住んでいる人がいるんだな……と思っていると、ふわりと風に乗ってパンが焼けるいい匂いが運ばれてくる。


 どうやら建物の煙突から流れてきているみたいだ。



「もしかして、パン屋か?」

「そのようだな」



 建物の入り口に、パンのイラストが入った看板があった。


 第一異世界人発見の前に、第一店舗発見だ。


 しかし、パンか。丁度小腹が空いてきたし、軽く食べてみるか。



「ちょっと寄ってもいいか?」

「ああ、よいぞ。我も腹が空いてきたからな。昼飯といこうではないか」



 わっさわっさと尻尾を振るコーちゃん。


 というわけで、早速異世界パン屋に入ってみる。


 さてさて。どんなパンが売っているのかな?



「……おお、すごい」



 異世界パン屋は、じつにオシャレな雰囲気だった。


 レンガ作りの壁に、板張りの床。


 窓がたくさんあるからか、店内は明るい。いくつかテーブルが設置されていて、買ったパンをここで食べることができるのかもしれない。


 細長いカウンターに、大小さまざまなパンが並べられている。


 カウンターの向こうには、大きな窯も見える。



「いらっしゃい」



 窯にパン生地を入れていた店主さんが声をかけてきた。


 その姿を見て、軽くギョッとしてしまう。


 可愛いエプロンを着ているが、全身毛むくじゃら。


 おまけに顔は狼ときている。



「……じゅ、獣人?」



 ラノベが好きな俺は、一発でピンとした。


 この店主さん、狼の獣人だ。ワーウルフっていう種族だっけ?



「こういう場所で店を開いているのは大抵獣人だぞ」



 コーちゃんがそっと教えてくれた。


 なんでも、獣人の体にはモンスターの血が流れているらしく、彼らに襲われる心配がないのだとか。


 なるほど。だからモンスターがうろついている森の中でも商売ができるのか。


 盗賊も現れないだろうし、何気に商売に最適なのかもしれない。


 ……まぁ、そんな場所にお客が来るかどうかは疑問だが。



「お兄さん、旅の人かい?」



 店主さんがこちらを見て微笑む。


 その顔に思わずほっこりしてしまった。


 コーちゃんもそうだけど、ワンちゃんが笑うと幸せになるよな~。



「はい、そうですね」

「だったらウチのパンを買っていきなよ。フワフワで最高に美味いパンだぜ?」



 店主さんがカウンターに並んでいた丸いパンを手に取る。


 見た感じ、外側が硬いフランスパン(たしかブールという種類だっけ)に似ている。


 大きいし、食べ応えがありそう。


 半分に切って、ハムやレタスをはさめばさらに美味しくなりそうだ。


 よし、何個か買うか。


 そう思って、パンを受け取ろうとしたのだけれど──。



「そう言えば、お金はあるのか飼い主殿?」

「……あっ」



 コーちゃんに言われて気づく。


 俺、この世界のお金、持ってないや。



「あん? どうしたお兄さん? 飼い犬と買い物の相談か?」



 店主さんが笑った。


 コーちゃんと話しているのを見て、不思議に思ったのかもしれない。


 当然のように喋っちゃってたけど人前では極力控えたほうが良さそうだな。


 喋るにしてもこっそりと、だ。



「それでどうする? 買うかい?」

「す、すみません。実は一文なしで」

「なんだ冷やかしかよ。だったらさっさと帰りな……と言いたいところだが」



 店主さんが、俺が背負っているバックパックをチラリと見る。



「物々交換でもいいぜ? 格好を見たところ、遠い国からきたみたいだからな。珍しいモンがあったらパンと交換でもいい」

「え? 本当ですか?」



 それはありがたい。


 現代から色々持ってきてるから、気に入ってくれるものがあるかもしれない。


 早速バックパックを下ろして、メモ帳に書いた荷物一覧から物々交換できそうな物を探す。


 交換しても大丈夫なのは調味料にパン、米、野菜……ってところか。


 だけど、どれがこの世界で高価なのかわからない。


 こっそりと店主さんに怪しまれないようにコーちゃんに耳打ちする。



「この世界で高価なものってなんだろう? 香辛料とか?」

「香辛料も高値で取引されているらしいが、そんなものより飼い主殿はもっと高価なものを持っているぞ」

「え? なに?」

「スカーレットボアだ」



 前回、タイニーオークで仕留めたモンスター。


 冒険者ギルドに持っていけば結構な額になるって言っていたっけ。


 確かにこれならパンと交換してもらえるかもしれない。


 恐る恐る、店主さんに尋ねてみる。



「あの、スカーレットボアとかでもイケます?」

「え? スカーレットボア? モンスターの?」

「はい。まるっと一匹あるんですが」

「ええっ!? マジかよ!?」



 尻尾がボフッと爆発するくらい驚かれてしまった。



「ていうか、どこにスカーレットボアが? まさか、そのバッグの中に入ってるのか?」

「あ、はい。実はそうなんです」



 バックパックの中に手を突っ込み、スカーレットボアをイメージする。


 すぐに俺の手に温かい生き物の感触が。



「これです」

「……うわっ!? お、お兄さん、それってもしかしてマジックバッグか!?」



 またしても驚嘆されてしまった。


 どうやらマジックバッグはすごく珍しいものらしい。


 まぁ、聖獣様が時空魔法を使って作ってくれたやつだからな。簡単に手に入るものではないのだろう。


 とりあえずスカーレットボアを取り出し、店主さんに確認してもらう。


 真っ二つになっているが、肉は新鮮そのもので状態は最高にいいらしい。


 仕留めたのは一カ月前だが、体はまだ温かいままだった。


 流石は時間が止まっているマジックバッグだ。



「ううむ……物々交換でもいいとは言ったが、こんなに状態のいいスカーレットボア丸々一匹なら、パンを百個は渡さないとだめだな」

「ええっ!? ひゃ、百個!?」



 いやいや、そんなにいらないから!



「俺とコーちゃん……ええと、この子が食べる二個だけでいいですよ」

「たったそれだけでいいのか?」

「はい。まだスカーレットボアはたくさんありますし」

「……た、たくさん」



 店主さんが唖然とする。


 口をぱくぱくしてて可愛い。



「わ、わかった。じゃあ、せめて焼き立てのヤツをやるよ」



 そう言って店主さんは窯の中からパンをふたつ取り出した。


 まん丸くてふっくら焼きたてのブールだ。


 おお、これは美味しそう。



「早速食べてみても?」

「もちろんだ。席は自由に使っていいぜ」

「ありがとうございます」



 しばし店内を見回し、入口の傍にあるテーブルを使わせてもらうことにした。


 コーちゃんと席に座って、パンを分ける。



「こっちはコーちゃんの分な」

「うむ。ありがたく頂戴しよう」



 早速、パンにかぶりつく俺たち。



「……あっ、美味いな」

「ほほう。これは中々」



 コーちゃんと一緒に声が出てしまった。


 外側はパリッとしているのに、中はしっとりとしている。


 独特の風味だけど、すごく美味い。


 というか、現代のパンよりしっとりしているけど、どうやって作ってるんだろう?



「これってどんな風に作ってるんですか?」



 店主さんに尋ねてみた。


 彼は不思議そうに首を傾げる。



「どんな風? 普通に小麦粉で作っているが?」



 てことは、小麦と水を使って発酵させているのか。昔ながらの作り方だな。


 パンを作る上で重要なのは「ドライイースト」だ。


 ドライイーストは生のイーストを熱処理したもので、発酵力が強く、簡単にパンを作ることができる。


 だが、ドライイーストが使われるようになったのは二十世紀くらい。


 この世界ではまだ作られていないのかも。


 でもまぁ、これくらい美味いなら必要ないのかもしれないな。


 なんて考えながら、異世界パンを堪能していたときだ。


 店の入口の扉が勢いよく開け放たれた。



「いらっしゃ──うおっ!?」



 入口を見た店主さんが、びっくりした顔で固まった。


 一体どうしたんだろう?


 不思議に思って店主さんの視線を追いかけ、俺もギョッとしてしまった。


 店の入口に立っていたのは、目を血走らせた若い男性だった。


 背丈は俺と同じくらい。


 黒髪に青いメッシュを入れ、革の鎧を身にまとっている。


 そんな男が放っているのは、凄まじく危険な空気。


 ま、まさかこいつ……盗賊か!?


【読者様へのお願い】


「面白い!」「続きを読みたい」と思われましたら、作者フォローとブックマーク、広告の下にある「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして応援して下さると嬉しいです。


皆様の応援が作品継続の原動力になります!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ