第八話 いざ異世界旅行へ!
コーちゃんとお試しの異世界旅行を敢行してから、ひと月が経った。
いよいよやってきた、ゴールデンウィーク。
世間のサラリーマンたちは家族と実家に帰省したり家でのんびりしたりと、思い思いにこの大型連休を過ごしているだろう。
だが、中には普通に会社に出社し朝から晩まで働いている人もいるはず。
去年までの俺のように。
──そう。それは去年までの話。
今年の俺のゴールデンウィークは、ひと味違うのだ。
「ただいま、異世界!」
マイナスイオンが出まくっている森の中、俺は空に向かってバンザイをした。
アウトドア用のパーカーを着てバックパックを背負った俺がいるのは、ただの森ではない。
異世界の森──タイニーオーク。
ひと月前から密かに計画していた異世界旅行をついに実施するときが来たのだ。
「しかし、ひどい顔だな飼い主殿……」
俺の傍にいるコーちゃんが、心配そうに「くうん」と鳴いた。
「顔色が悪いし、特に目の下のクマがひどい」
「……あ、わかる?」
嬉々として異世界にやってきた俺だったが、自分でも心配になるくらい目の下にひどい隈ができていた。
ゴールデンウィークに二日の休みを取るため、この一カ月間はいつも以上に仕事を頑張っていたのだ。
会社に泊まり込み、徹夜に徹夜を重ねる毎日。
質のいい睡眠なんて取れるわけもなく、会社のエレベーターを上り下りするときに仮眠を取るなんてひどい有り様だった。
時折、帰りが遅い俺を心配して転移魔法を使ってこっそり会社にやってくるコーちゃんに『聖獣の我でも引くほどの社畜っぷりだな』と心配される始末。
しかし、そんなことなど、どうでもいい。
なにせ、苦労の甲斐もあってゴールデンウィークに二日間(有給一日含む)の休みが取れたのだ!
有給申請を出したときにしつこく『明確な理由を書いてください』と言われたので【労働基準法で定められた権利行使のため】と書いてやった。
あのときの労務担当の怒りと戦慄が入り混じった顔といったら、まさにメシウマだった。
しかし、ついに待ちに待ったときがきたな!
多くの徹夜が無駄ではなかったことを証明するために、再び異世界でモンスター飯を喰らおうではないか!
異世界よ! 俺は帰ってきた!
「飼い主殿? なにやら某ロボットアニメに出てくるキャラのセリフに似た心の声が聞こえた気がするのだが?」
「気のせいだな」
スンッと真顔で返す俺。
メタ発言は辞めたまえコーちゃんくん。
そんなことより、今は異世界旅行を楽しむべきだろう?
このひと月でしっかりと異世界旅行の準備をしてきた。
まず服装は動きやすいアウトドア用の黒のパーカーとカーゴパンツを新たに購入し、ジャングルブーツや吸汗速乾性の高いTシャツを用意した。
他にはコンパクトに収納できる防寒具(ユニ◯ロのダウンジャケット)や、帽子、水着、サンダルなど。
着替えはもちろん、洗顔料やシャンプー、虫よけスプレー、歯ブラシ、ハンカチ、水に流せるポケットティッシュ、ひげ剃りに常備薬なども準備した。
調理器具やキャンプ用品も新たに買い揃えた。
一応、調味料の他にパンや米、野菜なども箱買いし、全部まとめてコーちゃんに無限収納にしてもらったバックパックの中に入れている。
あとは、いざというときのために魔法の練習もやってきた。
またスカーレットボアみたいなモンスターを狩ることになるかもしれないからな。
しかし、マジックバッグは本当に便利だな。
どんなデカいものでも簡単に収納できるし、重さもゼロになるのが素晴らしい。
今回は2カ月にも及ぶ旅行だし、バックパックだけじゃなく海外旅行用のスーツケースが必要になるところだった。
「さ〜て、いよいよ始まった異世界旅行だが……まずはどこから行こうかな?」
ワクワクしながら、ポケットから一枚の紙を取り出す。
コーちゃんにヒアリングしながら作った、タイニーオーク周辺の地図だ。
俺が仕事をしている間に異世界に足を運んで確認してもらったから、かなり解像度は高いと思う。
「北に行くか南に行くか。ちなみに、ご飯が美味しいのはどっち?」
「南だな。気候が穏やかで海もある」
「美味しいモンスターがいるのは?」
「……それも南だな」
コーちゃんは少し呆れたような声を漏らし、続ける。
「北にはクマやシカのモンスターもいるが、精霊や悪霊系が多い」
「なるほどな。精霊や悪霊は流石に食べられないよな」
「一応言っておくが飼い主殿。モンスターを確認する際に、最初に食べられるかどうかを聞くのはどうかと思うぞ?」
「え? なんで?」
この旅行の目的は、異世界飯を喰らい尽くすことだろ?
だったら、食べられるかどうかを確認するのが先じゃん?
「我に飼い主殿の休暇の過ごし方をとやかく言う筋合いはないと思うが、せっかくの旅行なのだからいい景色が眺められる場所とか、そういうところに行くべきでは?」
「もちろん行くさ。だが、俺の心の疲れを癒やしてくれるのは、モンスター飯しかないんだよ。この前食べたキラーフィッシュとウィッスルのホイル焼きの味が忘れられなくてさ! あ、そう言えば仕留めたスカーレットボアがマジックバッグの中にあるよな。ひとまずここで飯を作って──」
「待て待て、飼い主殿」
バックパックを下ろそうとした俺をコーちゃんが止める。
「ここでまたモンスター飯を作るのもいいが、違う場所へ行くべきだと思うぞ。ヘタをしたらここでひと月くらいとどまりかねん」
「……そ、それもそうだな」
美味しい食材が多いし、冗談抜きでひと月くらいこの森で過ごしそう。
二カ月近く時間があるとはいえ、それじゃあちょっと寂しいよな。
再び地図を開く俺。
近くにキャンプができそうな場所……いや、町はないかな?
そこを拠点にして周囲を散策してもいいよな。
「……あ、ここなんて良いかも」
しばし地図を眺めていると、付近に「コマル」という町を発見した。
タイニーオークの森を抜けて少し歩いた先にあるらしい。
「このコマルって大きな町なのか?」
「交易路上の宿場町として栄えた町であるな。定期的に市が開かれていると聞いたことがある」
「お、いいね! そこってモンスターの肉とかも売られてる?」
「いや、それはないな」
残念。まぁ、モンスターの肉って一般食じゃないみたいだから仕方がないか。
あんなに美味いのに、もったいない。
しかし、交易路として栄えた町なら、色々な地域の特産品が売られているかもしれないな。現代では食べられない幻の食材なんてものがあったりして。
ううむ、これは期待が膨らむな!
「それじゃあ、最初の目的地はこのコマルという町にしようか」
「賛成である!」
嬉しそうにぴょんとジャンプするコーちゃん。
だけど、全然飛べてない。
流石はコーギーである。可愛い。
てなわけで、俺とコーちゃんは足取り軽く、異世界の町コマルに向け出発するのだった。
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