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第七話 異世界の意外な利点

 ──なんて野望を抱く俺だったが、ふと見上げた空に悲しい現実を突きつけられてしまった。


 森の隙間から見える空は、すっかり茜色に染まっていた。


 腕時計を見ると十八時を回っている。


 そろそろ、現実世界に戻らなくてはいけない時間。


 できれば旅を続けていたいが、明日の仕事に影響が出てしまう。


 哀しいけど、コレが現実なのである。



「口惜しいけど帰ろうか、コーちゃん」

「……うむ。そうだな」



 わふんと悲しそうな声で鳴くコーちゃん。


 言わずとも、俺の気持を察してくれたらしい。


 そんな優しいコーちゃんをナデナデした後、後片付けを始める。調理器具は川でササッと洗い、キャンプセットと一緒にマジックバッグの中に入れる。


 すべて収納してからバックパックを背負ってみたけれど、重さは全く感じなかった。無限に収納できるだけじゃなく、こういう利点もあるんだな。


 今回は荷物がかさばるのを避けるためにガスコンロや焚火台はミニサイズを持ってきたけど、もっと大きいやつを持ってきてもいいかもしれない。


 そうだ。リビングスペースがある、大きい「ロッジドームテント」を持ってこようかな。


 川辺でのんびりくつろぎながら、モンスター肉でバーベキューなんてやったり……くぅ~、妄想が膨らむなぁ。


 折りたたみ自転車を持ってきて、近くの町に足を伸ばすのもいいかもしれないな。この世界にしかない食材を使って料理をするのも一興だ。


 まぁ、買うにはこの世界のお金が必要になるが。



「スカーレットボアの肉を買い取ってくれそうな店ってあるのかな?」



 何気なくコーちゃんに尋ねてみた。


 コーちゃんはしばし考え、答える。



「人間世界には詳しくないのだが、冒険者ギルドが買い取ってくれると聞いたことがあるな」

「冒険者ギルドか……」



 異世界ラノベの嗜んでいる俺には馴染のある名前だな。


 この世界の冒険者ギルドが俺の知っているものと同じなら、冒険者に様々な仕事を依頼する組織のことだ。


 のんびり異世界旅行をしたい俺には縁のない場所だが、モンスターを買い取ってくれるなら行ってみるのもいいかもしれないな。



「冒険者ギルドはモンスターの買い取りだけじゃなく、解体も請け負ってくれるらしい。相応の金は取られるみたいだが」

「へぇ、それはいいな」



 スカーレットボアの解体はかなり大変だった。そういうサービスがあるならぜひとも利用したいところ。


 町に行くことがあったら、冒険者ギルドを覗いてみよう。



「よし、ゴミは落ちていないな」



 周囲をざっと確認する。


 来たときと同じ形にするのがキャンプの鉄則だからな。


 最後に、夕日色に染まったタイニーオークの森や、キラーフィッシュが住む美しい川を眺める。


 今日はこれでさよならだが、きっとまた来るからな。



「……それじゃあ戻ろうか。頼むよコーちゃん」

「うむ。任せよ」



 コーちゃんが鼻先に黒いエレメントを集め、転移魔法「テレポレート」を唱えた。


 来たときと同じように、足元に青白く輝く魔法陣が現れる。


 そして、すぐに眩い光に視界が覆い尽くされ、足元の感覚がなくなり──。



***



「……お?」



 次第に光が弱まると同時に、視界が戻ってくる。


 俺の目に映ったのは、見慣れたリビングのテーブルとビジネス本やラノベが並んだ本棚。


 俺とコーちゃんは部屋のど真ん中に立っていた。



「しまった。靴を履いたままだ」



 慌てて靴を脱ぐ。カーペットが泥だらけになってしまった。


 次からは注意しないとな。


 しかし、一瞬で異世界から戻ることができるなんて、本当に転移魔法というのは便利だな。


 コレで「実は隣の部屋に転移しちゃいました」なんてオチがあったら笑うんだけど……いや、本当に大丈夫だよな?


 ちょっと不安になって、玄関を開けて部屋番号を確認する。


 よし。大丈夫。コーちゃんの魔法にミスはない。


 ──と思ったんだが、奇妙なことに気づいてしまった。



「あれ? 外がまだ明るい?」



 青空には煌々と太陽が輝いていた。全然夕方っぽくない。


 不思議に思って部屋の時計を確認すると、十二時二十分だった。



「うえっ!? じゅ、十二時!?」



 ちょ、ちょっと待て。


 異世界に出発したのは十二時過ぎだったよな?


 つまり、まだ十五分くらいしか経っていないことになる。



「ど、どういうことだ? 異世界に六時間近くいたはずだけど……」

「ふむ……どうやらあちらの世界とこちらの世界では、時間の進み方が異なるようだな?」



 トコトコとやってきたコーちゃんが、くわ……と大きくあくびをした。



「腕時計を見てみよ」

「え? 腕時計? ……あっ」



 促されるまま腕時計を見て、驚愕してしまった。


 表示されていた時間は十八時三十分。


 間違いない。現実世界と異世界で時間の進み方が違っている。


 異世界にいたのが六時間。一方、現実世界では十五分。


 ちょっと計算してみる。



「……つまり、異世界の一日が現実世界の一時間ってことか!?」

「そうなるな」

「うおおおおっ!? マジかよっ!?」



 これはヤバいぞ、大事件だぞ!?



「ど、どうしたのだ、飼い主殿?」



 コーちゃんがギョッと身をすくめる。



「異世界の時間の進み具合が違うことで、なにかいいことがあるのか?」

「いいことだらけだろ! 向こうでひと月弱過ごしても、こっちの世界では一日しか経過しないということになるんだからな!」

「……おお、なるほど! そういうことか!」



 ようやくコーちゃんも理解したらしい。


 俺は慌ててスマホを開き、カレンダーの予定を見る。


 ひと月後にやってくるゴールデンウィーク。


 社畜の俺にとってはなんの意味もなさない偽りの大型連休だったが、ここにきて一大イベントになるかもしれない。


 なにせ、ここで休暇が取れれば、悠々自適な異世界旅行が楽しめるのだ。


 頑張れば一日取れるか?


 いや、有給申請を通せば、二日はイケるはず。


 四十八時間の休暇。


 つまり──異世界四十八日旅行だ。



「うおおおお! 俺はやるぞコーちゃん! ゴールデンウィークに休みを取ってコーちゃんと二カ月の異世界旅行をやってやるっ!」

「おお! すばらしい!」

「そうと決まれば旅行準備だ! 貯金をはたいてキャンプ用品を買いまくるぞ!」

「いいぞ、飼い主殿! かっこいい! 痺れる!」



 嬉しそうに前足を上げて「わふっわふっ」と吠えるコーちゃん。


 その手を取り、一緒に奇妙なダンスを踊る俺。


 いまだかつてコレほどゴールデンウィークが待ち遠しく思うことがあっただろうか。


 なんとしても有給申請を通してやる!


 そして、数カ月の異世界旅行を敢行して──モンスター飯を食べまくるんだっ!


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― 新着の感想 ―
社畜なのか?ブラックなのか?両方なのかな(笑)
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