第六話 レッドボアのパプリカとクリームチーズ肉巻き
ひとまず持ってきたメモ帳に「スカーレットボア九体」と書いて、バックパックのポケットにしまう。
「……これでよしっと。それじゃあ料理を始めるか」
「だが、まずは解体する必要があるな」
コーちゃんが横たわるスカーレットボアを見ながら言う。
真っ二つになっているとはいえ、倒したときのままの状態だ。血抜きもしてないし、内蔵や骨もそのまま。このままでは料理には使えない。
「飼い主殿は、動物の解体をやったことがあるのか?」
「ん~……学生のときスーパーの精肉部門でバイトしてたけど、解体はやったことがないな。でも、前にやり方を見たことはあるし、なんとかなるだろ」
「なんとも楽観的だな」
「こういうのも楽しいし、何事も挑戦だ」
というわけで、記憶を頼りにスカーレットボアの解体をやってみることにした。
まずは血抜きだ。これをしっかりやっておかないと臭くなって、クセのある肉質になってしまう……と聞いたことがある。
ウインドカッターで首を切断していたので足と鼻にロープをくくりつけ、木から吊り下げる。
そこにクリアランスの魔法をかけておく。
これを忘れたら大変だからな。
血抜きをしている間に、残りのキラーフィッシュの塩焼きとウィッスルのホイル焼きをマジックバッグの中に片付けることにした。
食べてしまってもよかったが、スカーレットボアを食べる前に満腹になってしまうかもしれないからな。
しかし、この中に入れておけばいつでも焼きたてのものが食べられるなんて便利すぎるよな。
ついでに使った調理器具も川で洗っておく。
「飼い主殿。血抜きが終わったようだぞ」
「……え? もう?」
早いなと思ったけど、ウインドカッターで倒したときに結構血が抜けていたからかもしれない。
お次は川で綺麗に洗浄する。
スカーレットボアは野生のモンスター。
体表に泥やらが付着してるから、それを落としておかないとな。
そしていよいよ内臓を取り出していく。
ナイフを使ってもよかったのだが、極小のウインドカッターを使って処理していった。エレメントの威力調整の練習にもなるから一石二鳥だ。
微量の風のエレメントを使って皮を剥いだり、内臓を切り出したり骨を取り除いたりしていく。
ナイフを使っていたら相当時間がかかっていただろうけど、鋭い風の魔法のお陰でスイスイと解体作業は進んでいった。
俺の解体作業を見て、コーちゃんが驚いていた。
ここまで繊細にエレメントの量を制御できる人間は珍しいのだとか。
ただ量を調節しているだけなんだがな……。
しかし、魔法の才能があるのはモンスター飯を作る上で有利に働きそう。
なにせ、こうやって解体も簡単にできるし、火を起こしたり水を調達したりできるってことだからな。おまけに、モンスターの群れも簡単に倒せる。
これは長期休暇を取って、本格的に異世界旅行としゃれ込むか?
***
だいぶ時間がかかってしまったが、スカーレットボアの解体が終わった。
内臓は捨てずにチャック付きのポリ袋に入れてマジックバッグに保管した。
肝臓はにんにくや醤油で味付けをして唐揚げにして食べられるが、今日は別の料理を作る予定なのだ。
肩ロースに背ロース、バラ、モモやスネなどたくさんの肉が取れた。
今回は肩ロースを使うので、他の肉もチャック付きのポリ袋に入れて保存しておく。残った骨と皮も同じように保存することにした。
骨は出汁が取れるし皮は……まぁ、町で買い取ってもらえるかもしれないし。
「それで、なにを作るのだ? 飼い主殿?」
コーちゃんがワッサワッサと尻尾を振りながら尋ねてきた。
ついさっきまで俺の食欲をバカにしてたくせに、自分も結局食べたいらしい。
ったく、ホントにこいつは。
まぁ、そう言うだろうなと思って、多めの肉を用意しておいたんだがな。
「まずはシンプルにイノシシステーキだな」
「おお! ステーキ! 実によきだな!」
「もう一品はパプリカとクリームチーズ肉巻きを作るつもりだ」
「それもよき……ん? パプリカ? クリームチーズ?」
コーちゃんが首を傾げる。
名前だけではどんな料理なのか、想像できなかったのだろう。
「肉にチーズをのせるのか?」
「いや、パプリカとクリームチーズを肉で巻くんだ」
「……ほほう?」
わかったようなわかってないような曖昧な返事。
まぁ、完成を楽しみにしててくれ。
というわけで、いざ料理スタート。
必要な調理器具をマジックバッグから取り出して設置し、スカーレットボアの肩ロースをステーキサイズにカットしていく。
コンパクトサイズのカセットガスコンロにフレイムの魔法で火をつけ、フライパンのクッカーをのせる。
フライパンに薄くサラダ油を引き、温まったらロース肉をイン。
このとき注意するべきポイントは、トングでステーキ肉を立てて脂身をしっかり焼くことだ。
赤身と違って脂身は火が通りにくいからな。
脂身が焼けてきたら、両面に塩コショウを振る。
「下味を付けた後、本格的に両面を焼くんだ」
「…………」
サッサッと塩コショウを振っていたら、コーちゃんが物欲しそうな目でこちらを見ているのに気づく。
「……ん? どした?」
「我、食べたい」
「まだ焼けてないけど?」
赤身は生のままだ。
イノシシは寄生虫も多く、生で食べるのはすごく危険なのだが……。
「半生でもいい。すごく美味しそう」
「あ、そう。じゃあひと切れどうぞ」
トングで肉を取り、コーちゃんの前に。
すぐに「あむっ」とかぶりついた。
「……おっ?」
パッと驚いたような顔になる。
「これはすごいな。生肉の美味さと焼けた脂身のジューシーさの両方を楽しむことができるではないか。やるな、飼い主殿」
「そ、それはよかったな」
狙ってやったものじゃないけどな。
「飼い主殿もひと切れどうだ?」
「俺は無理だよ。浄化魔法で毒素を抜いても寄生虫が処理できないし」
「そうか。では我だけいただこう。悪いな、飼い主殿」
「いえいえ」
美味しそうにあぐあぐと肉を食べるコーちゃんを微笑ましく眺めながら、料理を続ける。
塩コショウで味付けをした後、両面をしっかり焼いていく。
四、五分くらい焼いたら、ホイルに包んで休ませる。
こうすることで肉の熱が内部まで浸透し、熱収縮することなく火を通すことができるのだ。
一種のオーブンみたいな感じかな。
肉を休ませている間に、パプリカとクリームチーズ肉巻きを作る。
作り方は簡単。縦八等分に切ったパプリカにクリームチーズを乗せ、薄くスライスした肉で巻くだけ。実に簡単なキャンプ飯!
いつもは豚肉を使ってやるんだが、スカーレットボアの肉でもいけるだろう。
クリームチーズ肉巻きは豚肉とチーズの異なる旨味を楽しめる最高の料理で、俺の好きな料理のひとつなんだよな。
ちなみに、パプリカとクリームチーズは自宅から持ってきた。
モンスター肉を使った肉巻きを絶対やろうと考えていたんだよな。
「さてさて、どんな味になるのか」
ニヤニヤしながらパプリカとチーズを肉で巻き、塩コショウを振ってフライパンの上に。
ポイントは、チーズがパプリカからはみ出さないようにすること。それと、豚肉に火を通しつつもパプリカとチーズはほんのり温かい状態にするのがいい。パプリカは生っぽいほうが美味しいのだ。
すぐに肉が焼けるいい香りと、チーズの香りが辺りに広がる。
焼けた肉巻きを皿に移し、ホイルの中からイノシシステーキを取り出す。
しっかりきつね色に焼けていて、滴るほどに肉汁も出ている。
ホイルはこの肉汁を逃さないようにする効果もあるのだ。
うん、これは美味そうだ。
「いい香りがするな」
先ほどの半生肉を食べ終わったコーちゃんがスンスンと鼻を鳴らす。
結構デカい肉を食べたはずなのに、まだイケるらしい。
なんだかんだ言って、俺より食欲あるじゃん。
ふたり分の皿にステーキと肉巻きをのせ、コーちゃんと一緒に手を合わせる。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
どっちから食べようかと少し悩んで、ステーキにかぶりついた。
肉をガブリと噛んだ瞬間、ぼたぼたっと肉汁が滴り落ちる。
うわ、やわらかっ……。
イノシシ肉って豚肉や牛肉と比べるとすごく硬いんだけど、こっちの世界のイノシシはすごく柔らかいんだな。
脂身がしつこくなく、さっぱりしているのは現代のイノシシと同じ。
というか、すごく甘い。
タレが必要かなと思ったけど、これならなにもつけなくてもイケるな。
「お次は肉巻きを……」
クリームチーズが巻かれた肉巻きをぱくっと。
「おおっ! これは美味い!」
思わず歓喜の声をあげてしまった。
薄切りにしているおかげか、スカーレットボアの肉は口の中に入れた瞬間、溶けてしまった。
甘い肉の脂身とクリームチーズの旨味が一緒に口の中で踊り出す。
こ、これは……最高に美味い!
「くぅ~……これだよ、これ!」
思わず涙ぐんでしまった。
キラーフィッシュのときも感動したけど、やっぱりモンスター飯と言ったら肉だよな!
「……飼い主殿。美味いのは解るが、泣くほどのことなのか?」
鼻をすすりながら肉巻きを食べている俺を見て、呆れた顔をするコーちゃん。
「しかし、夢が叶ってよかったな」
「ああ、コーちゃんのおかげだよ。ありがとう」
とはいえ、これで終わりではない。
ひとまず幼少の頃からの大いなる夢は叶えたが、俺の欲望はまだ尽きない。
半日足らずでこんなにたくさんの食材と出会えたのだ。
もっといろんな場所を旅してたくさんの食材をゲットし、美味いモンスター飯を作って食べまくりたいっ!
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