第三十四話 また会う日まで
代表さんや料理人さんたちに味の太鼓判を押してもらったところで、手分けをして大量のレッドドラゴンの赤ワイン煮を作りはじめる。
調理は昼前に始まったが、夕方には住民への配給が行われることになった。
とはいえ、半日で全部の肉を使い切ったわけじゃない。配給を受け取りに来る人たちが多いため、同時進行で作り続ける必要があったのだ。
これだけの量の料理を作るのは大変だったが、ワイン煮を食べてくれた人たちの笑顔を見て、そんな疲れは一発で吹っ飛んでしまった。
中には「モンスター飯は初めて食べたけど、すごく美味しかったです」なんて嬉しい声をかけてくれる人も。
俺の料理で少しでも元気になってくれたなら作った甲斐があったというものだ。
──しかし、喜んでばかりもいられなかった。
「いやぁ、本当にありがとうございました、ユウマ殿」
ようやく残りのドラゴン肉もあと少しになったとき、代表さんがニコニコ顔で声をかけてきた。
「領主様も今回のユウマ殿の功績を高く評価されておりましてな。高名な文筆家に依頼して、英雄譚として書き残すそうですよ」
「……え? 英雄譚?」
思わず顔がひきつってしまった。
もしかして俺が主人公の物語ができちゃうの?
「ユウマすごい」
「よかったな飼い主殿。偉人の仲間入りではないか」
「…………」
ミミやコーちゃんは褒め称えてくれたけど、正直嬉しくない。
行く先々で声をかけられちゃうかもしれないし、旅行がしづらくならないか心配だ。
それに、この流れでサティアさんに「英雄譚になるほどの実績を持ったユウマ殿には、私専属の料理人こそふさわしい!」なんて頼まれそうだし……。
これは早々に退散したほうが良いかもしれないな。
ワインが振る舞われているせいか、辺りはすっかりお祭り騒ぎになっているし、今ならこっそり抜け出すことができそうだ。
「兄弟」
なんて考えていると、ふと背後から声をかけられた。
アーノルドさんだ。
「どうした? ワイン煮の追加が欲しいのか?」
「いやいや、料理はもういい。それより、兄弟のことが心配になってな」
「……え? 俺?」
思わず首を傾げてしまった。
「ああ。領主様が兄弟を抱き込もうとしてるなんて話を小耳に挟んだんだが、困ってるんじゃないか?」
「よくわかったな。実はそうなる前に逃げようかなと思ってたところなんだ」
「やっぱりな。我ながらナイスタイミングだぜ」
アーノルドさんは顎を上げて「ついてこい」とジェスチャーする。
どこに行くのか少し不安だったが、コーちゃんとミミと一緒に彼の後を追いかけていった。
「……ここは」
人々の間をすり抜けて、たどり着いたのは飛空艇の停泊所だった。
そこには大きな船が一隻停まっていた。
前にいた飛空艇とは少し形が違ってマストが三本立っていて、サイズもひと回り大きいように思える。
なんとも立派な飛空艇だが──ここに一体なにがあるんだろう?
「ほら、受け取れ」
アーノルドさんが一枚のチケットを差し出してくる。
「これは?」
「王都へ向かう便のチケットだ」
「……え? チケット?」
「ああ。そこにどデカい飛空艇が泊まってるだろ? なんでも王都からやってきた客船らしい。あれに乗って、こっそり町を離れな」
ニカッと白い歯を見せるアーノルドさん。
しばしきょとんとしてしまったが、ハッと理解した。
どうやらアーノルドさんは、スカイハイヴンから脱出する手助けをしてくれるらしい。流石は気配り上手の冒険者だ。
「ありがとう、助かったよアーノルドさん」
「いいってことよ。兄弟には色々と世話になっちまったからな」
と、こちらに駆け寄ってくるふたりの女性が。
シズさんとジュディさんだ。
「ああ、よかった! 間に合った!」
「挨拶する前に行っちゃうかと思ったよ」
どうやら俺にお別れの挨拶をするために急いで来てくれたらしい。
シズさんがぺこりと頭を下げる。
「色々とありがとうございました。お元気で、ユウマさん」
「あんたのモンスター料理、最高に美味かったよ。おかげでだいぶ稼がせてもらったしさ」
「……? モンスター飯で稼いだ? どういうことだ?」
「あれ? アーノルドから聞いてない? ユウマのモンスター料理を食べたおかげで、あたしらの能力が強化されたみたいでさ」
ジュディさんは、ことの詳細を話してくれた。
なんでも、コマルの町付近で俺と別れたあと、薄闇洞穴で「マスターゴブリン」というゴールドクラスのモンスターの討伐に成功したらしい。
それで、かなりの額の報酬をもらったのだとか。
「レッドドラゴン合同討伐に参加できたのも、その功績のおかげってわけさ」
「なるほど……そういうことがあったのか」
やっぱり俺のモンスター飯にはバフ効果があるんだな。
サティアさんだけじゃなく、アーノルドさんたちの能力も向上したのなら信じざるを得ない。
「ユウマ殿! ユウマ殿はどこにおられる!?」
と、背後から女性の叫び声が聞こえた。
サティアさんだ。
彼女は何人かの騎士を連れ、人々をかき分けながらこちらに向かっている。
ま、まずい。会場から逃げたのがもうバレたのか?
「早く行け、兄弟」
アーノルドさんに促され、飛空艇に慌てて乗り込む。
タラップから甲板に上がり、コーちゃんやミミとともにアーノルドさんたちを見下ろす。
「色々とありがとう、アーノルドさん! シズさん! ジュディさん!」
「元気でな、兄弟!」
アーノルドさんが手を挙げる。
そのとき、停泊所に甲高いベルの音が鳴り響いた。
出発の合図だ。
タラップが収納され、飛空艇がゆっくりと陸から離れた。
手を降るアーノルドさんたちが、少しずつ小さくなっていく。
「いい人たちだったねぇ」
そう囁いたのは、いつの間にか頭の上に移動していたミミだ。
「またどこかで会えるといいね」
「ああ、そうだな」
みるみる小さくなっていくスカイハイヴンの町。
必死に俺を探しているサティアさんの姿が、米粒みたいに小さくなっていく。
それを見て、少しだけ罪悪感が。
やはりなにも言わずに出てきたのは悪かったか?
「……だが、この世界のモンスター飯を食べ尽くすのが旅の目的だからな」
「うむ、その通りだ」
足元からコーちゃんの声。
「騎士団の料理人というのは魅力的な提案だが、自由がなくなる。好きなときに飼い主殿の料理を食べられなくなるのは、我としても困る」
「自分都合かよ」
つい笑ってしまった。
だが、コーちゃんが俺についてきているのは、美味いモンスター飯を食べるためだからな。
なににしても、ひとつの場所にとどまり続けるわけにはいかない。
時間はあるとはいえ、終わりは必ず来る。
それまでに、モンスター飯を食べまくらなくては。
「さぁて、次の場所にはどんな美味しいモンスターがいるかな?」
俺の声が甲板に吹く風にのって空へと消えていく。
飛空艇から見える美しい景色を望みながら、俺はまだ見ぬモンスター飯に思いを馳せるのであった。
これにて第一章は終了でございます。
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