第三十三話 レッドドラゴンの赤ワイン煮
レッドドラゴン襲撃から三日が経ち、ようやく被害の全貌が明らかになった。
スカイハイヴンの建物の四割ほどが焼け落ち、相当数の被害者が出てしまったらしい。
特に山頂付近の被害は甚大で、レストランや高級ホテルなどが焼失してしまったという。
被害総額は金貨数千万枚に及ぶとか……。
ただ、不幸中の幸いだったのは、停泊していた飛空艇が無事だったことだ。
遊覧飛行の再開──は当面無理だが物資運搬が再開され、王都から衣料品や食料などが空輸されてくるようになった。
サティアさんの騎士団も到着し、破壊された道路や交易所の復旧支援が始まったので、近いうちに元の姿に戻るだろう。
ただ、どうしても即急に解決すべき問題があった。
山頂に放置されている、レッドドラゴンの死体だ。
ドラゴンも生き物なので死体を放置しておけば腐って細菌やウイルスが増殖し、感染症を引き起こしてしまう可能性がある。
故に、スカイハイヴンの領主様の命で冒険者ギルドが解体作業を進めているのだが、ドラゴンの素材……特に肉に関しての処理に困っているという。
「……それで俺に話が来たってわけですか」
スカイハイヴンの冒険者ギルド。
小さな酒場のようなギルドの中に俺とコーちゃんとミミ、そして鎧を着た騎士様たちの姿があった。
「町の住人さんたち全員でドラゴンの肉を食べてしまおうってわけですね」
「まぁ、端的に言えばそういうことだな」
白銀の鎧を着た美しい騎士様……サティアさんがこくりと頷いた。
このアイデアを考えたのは領主様らしい。
と言っても、彼がモンスター飯好きな好事家だったというわけではない。
町の半分近くが焼け落ちてしまったせいで、深刻な食糧不足に陥っているのだ。
王都から支援物資が飛空艇で運ばれてきているのだが、到着まで時間がかかる。なので、その繋ぎとしてドラゴンの肉を使おうと考えた。
悩みのタネだったドラゴンの死体処理まで解決するのだから、一石二鳥というわけだ。
「人手なら心配しないでくれ。一流の料理人たちが手を貸してくれる。だからどうだろう、受けてもらえないだろうか?」
「そうですね……」
ううむ、と悩んでしまった。
正直なところドラゴンの肉を使った料理には興味はある。
ドラゴンの肉は一体どんな味がするのか、モンスター飯を喰らい尽くす旅をしている身として興味は絶えない。
だが、趣味で料理をしているだけの俺が、慈善活動で料理を振る舞ったりしていいのだろうか。
まぁ、モンスター飯を作れるのが俺しかいないというのが実情なんだろうけど。
「飼い主殿」
と、足元からコーちゃんの声がした。
「引き受けてはどうだ? 額に『興味がある』と書いてあるぞ?」
「……えっ!?」
反射的に額をゴシゴシしてしまった。
「な、なにを言ってるんだ。そんなこと書いてないし」
「む? ドラゴン料理に興味がないのか?」
「……いやまぁ、興味がないと言えば嘘になるけど」
「おお、本当か!?」
サティアさんの顔がパッと明るくなる。
「受けてくれるのか、ユウマ殿!」
「え~と……はい、わかりました。お受けいたします」
なし崩し的に引き受けてしまった。
だが、プロの料理人さんたちが手伝ってくれるわけだし、問題はないか。
というわけで、正式に承諾した俺は、料理人たちが待っているという山頂へと向かうことになった。
食材や調味料が入っているバックパックを部屋から取ってきて、いざ出発。
「しかし、ドラゴンの肉でなにを作ろうかね」
山頂への道を歩きながら頭を捻る。
豪快にステーキにしても美味そうだが、年配の方にも振る舞うことを考えると食べやすくしてあげたいところ。
「それに、折角料理をするなら、手間暇かけたやつがいいよなぁ……」
「賛成である」
「私もだ!」
「あ、ミミも!」
コーちゃんに続き、サティアさんや頭の上に乗っているミミも賛同する。
やっぱりそうだよな。
だが、問題はスカイハイヴンに食材がほとんど残っていないということ。
野菜関係は全滅だろうし、残っているのは酒場の酒くらいだろう。
「酒……ワイン……あっ」
「む? なにか思いついたか?」
ハッハッと舌を出して嬉しそうにコーちゃんが尋ねてくる。
「ああ。大量に酒があるだろうから、アレをつくろうか」
「アレとは?」
「赤ワイン煮だよ」
言うなれば「ドラゴンミートの赤ワイン煮」とでも名付けようか。
ドラゴンの肉は食したことはないが、あの強度を考えると凄まじく硬い可能性があるし、煮て柔らかくしてあげたほうがいいだろう。
流石のドラゴン肉も、ワインに含まれるアルコールやポリフェノールの力でほろほろになるだろうし。
「すみません、サティアさんは酒場からありったけのワインを持ってきてくれませんか?」
「承知した! 我が騎士団を動かして運ばせよう!」
笑顔でサムズアップし、猛ダッシュで町へと戻っていくサティアさん。
国王様お抱えの騎士団にワイン運びをさせるのは少し気が引けるけど、彼らに任せれば間違いはないだろう。
到着した頂上では、レッドドラゴンの解体作業が進められていた。
同じ服を着た人たちが集まっているが、冒険者ギルドのスタッフさんだろう。
武器や防具の素材になる強靭な鱗や骨、それに炎を生成する「竜胆」という臓器はすでに町に運ばれていて、肉や臓器だけが残されていた。
「……しかし、こうしてみるとやはり巨大だな」
ドラゴンの肉を見上げ、コーちゃんが感心したように言う。
いざ実物を前にして、俺も少し心配になってきた。
本当に食べきることができるのだろうか。
ミミが頭の上から尋ねてくる。
「ねぇユウマ? このお肉って全部使ったら何食分くらいになるの?」
「どうだろうな。町の人全員が食べても一週間は食い繋げそうだが」
もしかするともっといけるかも。
だが、食料が積まれた飛空艇が到着するのがいつになるかはわからないし、それくらい食い繋げられたほうがいいよな。
「ユウマさん、お待ちしていました」
と、男性が声をかけてきた。
商人風の格好をした、少々ふくよかな体格の男性だ。
スカイハイヴンに支店を持つ商会の代表さんで、領主様よりドラゴンの処理を一任されているらしい。
「ユウマさんがドラゴンを仕留めたお話は伺いましたよ。いやぁ、実際に見たかった」
「そ、そんな大したことではないですよ。あはは……」
がむしゃらに魔法をぶっ放しただけだし。
そんな羨望の眼差しに気恥ずかしさを覚えながら、とあるテントに案内された。
仮設のキッチンが設けられていて、鍋など調理器具もひと通り揃っていた。
これならすぐにでも料理ができそうだ。
俺たちの姿を見て、エプロンをつけた人たちが集まってきた。
中には白いコックコートを着ている人もいる。
多分、彼らがサティアさんが言っていた一流の料理人さんたちだろう。
代表さんが尋ねてくる。
「それで、ドラゴンの肉を使ってどんな料理をお作りになる予定ですか?」
「ワイン煮を作ろうと思います。ドラゴン肉を調理するのは初めてなので、まずは俺が作って味見をしてみますね」
大量に作ってみたけど最悪の味でした……じゃあ、目も当てられないからな。
しかし、なんだか緊張するな。
こんな大勢の人に見られている状態で料理なんてやったことないし。
おまけに全員一流のプロ。
どんな罰ゲームだよ……。
「そ、それじゃあ、始めますね」
「はい。よろしくお願いします」
代表さんがぺこりとお辞儀をする。
まずはドラゴン肉の下準備をすることから始めることにした。
浄化魔法で毒素を抜いたドラゴンの肉を四~五センチ角に切り、塩コショウをまぶしていく。
量は……とりあえず数人分でいいか。
予想通りドラゴンの肉は筋繊維が太くてすごく硬かった。
赤ワイン煮をチョイスしてよかった。
次に玉ねぎ、セロリ、にんにくをそれぞれ粗めのみじん切りにする。
これらは肉と一緒に炒める食材なのだが、ポイントは玉ねぎを飴色になるまでじっくり炒めること。そうすることで深いコクと甘みを出すことができるのだ。
煮込み用の鍋にサラダ油を入れて温め、ドラゴンの肉を入れる。
肉の表面に色がついたら玉ねぎ、セロリ、にんにくを入れ、さらに十分ほど炒める。
そこに赤ワインをたっぷりと注ぐ。
木べらで鍋底をこそぎ取りながら煮立て、アルコールを飛ばしていく。
トマト、パプリカ、ローリエを加え、肉がかぶるくらいに水を入れたら、アクを取りながらグツグツと煮込む。
そのまましばらく放置。
その間に料理人さんたちと一緒に、大量のドラゴン肉を食べやすいサイズにカットしていくことにした。
どうせ食べることになるんだから、先にやっておいたほうがいいよな。
一時間くらい経って鍋の蓋を開けてみると、さっきまで筋張って硬かったドラゴン肉がほろほろに柔らかくなっていた。
さらに、芳醇なワインの香りとじっくり煮込んだ肉の香りがふわりと……。
こ、これはすごく美味そうだ。
これで完成──でもいいのだが、味を整えるために塩コショウ、それに醤油を適量入れる。
「飼い主殿」
待っていましたと言わんばかりに、コーちゃんが声をかけてきた。
彼の背中の上には、目をキラキラとさせているミミもいる。
言葉にせずとも「食べたい」という気持ちが溢れ出している。
「わかってるよ。試食してみよう」
「……やった!」
ニャオンとミミが嬉しそうに鳴いた。
ひとまず三人分のドラゴン肉を取り分ける。
ソースに包まれた分厚い肉は、いい感じにほろほろになっている。
早速、フォークでひと切れ肉片を取って、ぱくり。
瞬間、口の中に赤ワインの酸味とフルーティな香りがぶわっと広がった。
続けてやってきたのは、ドラゴン肉の濃厚な旨みだ。
これはなんと表現すればいいのだろう?
燻製したかのような香ばしさがあって、脂がしっかりのっているのだけれどくどくなく……そうだ。鴨肉を濃厚にした感じがするな。
噛む必要もなく口の中で崩れて溶けていった。
「こ、これは……我の舌が喜んでおるぞ!?」
あぐっと頬張ったコーちゃんが嬉しそうな声をあげる。
「これまで様々なモンスター飯を食してきたが、最高に美味い!」
「うん、すごく美味しいよユウマ! お肉が口の中で溶けていっちゃった! うみゃ! うみゃうみゃ!」
ミミも一緒に「美味い」を連呼する。
相当美味かったのか、ふたりはよそったドラゴン肉をあっという間に平らげてしまった。
「…………」
物欲しそうなコーちゃんの視線。
「我、もう少し食べたいのだが……」
「ちょっと我慢してくれ。本格的に作るのは料理人さんたちに味見してもらってからだ」
多分、嫌になるくらい食べることになるかもしれないし。
早速、代表さんに声をかける。
「お待たせしました。レッドドラゴンの赤ワイン煮が完成しましたよ」
「おお! 本当ですか!? みなさん、料理が完成したようですよ!」
代表さんの声に、料理人さんたちが集まってくる。
全員が鍋の中を吟味するように覗き込む。
「……ふむ、見た目は牛肉のワイン煮と煮ていますね」
「しかし、濃厚な香りがしますな」
「この香りは……一体なんだろう?」
料理人さんたちが一番気にしていたのは香りだった。
醤油とか使ったから、正体を知りたいんだろうな。後で教えてあげよう。
まずは代表さんが味見をしてみることになった。
ほろほろになっているドラゴン肉をぱくりと頬張る。
「……こっ、これは!」
「どうです?」
「う、美味い! 美味いですぞ、ユウマ殿!」
感動のあまり、ピョンピョンと飛び跳ね始める代表さん。
「な、な、なんなんですかこの肉は!? 鴨肉のような柔らかさの中に、牛肉のようなしっかりとした歯ごたえがあって野性味のあるコクと香りが……これがドラゴンの肉なのですか!? もっと食べたいです!」
「は、はい。たくさんあるのでどうぞ」
代表さんにおわかりの肉をよそっていると、料理人さんたちが「自分らも食べていいですか?」と声をかけてきた。
最初はおっかなびっくりという感じだったが、ひと口食べた途端「あっ」とした顔になり、肉だけじゃなくソースまでじっくりと吟味しはじめる。
「……失礼ですが、このソースの中に微かに感じる塩気と旨みの正体はなんなのでしょう?」
「え? あ~……多分、醤油ですかね?」
「ショーユ?」
「ええと、これです」
バックパックの中から、ボトルの醤油を取り出す。
「俺の故郷で使われている調味料なんです。味を整えるときや隠し味に使えるのですごく便利なんですよね」
「初めて見ますが、なんとも芳醇な香りがする調味料なんですね」
「大量に持っているので、是非使ってください」
「え? 良いのですか?」
バックパックから十本ほど醤油のボトルを取り出し、彼らに渡した。
予備でたくさん買ってきててよかった。
俺は料理人さんたちに尋ねる。
「それで、どうですかね? 作り方も簡単ですし、これなら大量のドラゴン肉を消費できると思うんですが」
「バッチリだと思います。商会の代表さんはどうですか?」
「文句のつけようがありませんな。流石はユウマ殿だ」
そう返してきた代表さんの口の周りは、赤ワインソースまみれになっていた。
いつの間にか鍋のワイン煮が綺麗になくなっていて、コーちゃんが代表さんを恨めしそうに睨んでいる。
これは急いで作ったほうがよさそうだ。
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