第三十二話 ユウマ、仕留める
「……兄弟!」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向いた俺の目に映ったのは、アーノルドさん。
彼に続き、シズさんとジュディさんも駆け寄ってくる。
「さっきの魔法を見てもしかしてと思ったが……やはり兄弟だったか! まさか再会できるとは思わなかったぜ!」
「俺もだよ。でも、どうしてアーノルドさんたちがここに?」
「コマルの冒険者ギルドでレッドドラゴンの合同討伐依頼の話を聞いてな。ひと稼ぎしようと遠路はるばるやってきたんだが──」
と、周囲に巨大な影が落ちた。
同時に凄まじい突風が起こる。
上空からレッドドラゴンが舞い降りてきたのだ。
「……ギャウッ!」
飛空艇の停泊所の屋上に降り、歯をむき出しにしてこちらを威嚇する。
これは……かなりオコだな。
「ああ、畜生!」
アーノルドさんが身構える。
「相手がヤバすぎだぜ! まさかこんなにドデカいやつだったとは!」
「ギャオオオオオオッ!」
ドラゴンが雄叫びをあげる。
ビリビリと空気が震え、周囲の建物が吹き飛んでいく。
「ちょ、ちょっとヤバいよアーノルド! 流石に逃げたほうがいいって!」
「しかしジュディ、ここで逃げちまったらスカイハイヴンは──」
「その通りだ! 臆する必要はないぞ、勇敢な冒険者たちよ!」
アーノルドさんの声を遮り、凛とした声が跳ねた。
いつの間にか瓦礫の上に移動していたサティアさんだ。
彼女は天高く剣を掲げる。
「刮目せよ! 我こそはノクタニア王国騎士団長、サティア・ブロンドフィッシュだ! レッドドラゴンを討伐するために馳せ参じた!」
「おお……おおおおお!」
周囲からどよめきがあがる。
「あのお方は……」
「白薔薇サティア様だ!」
「おお! サティア様が来てくれたぞ!」
「私だけではない! 見よ! 聖獣フェンリルを従え、絶品のモンスター飯を作ってくれる冒険者のユウマもいる!」
「おおお! ユウマ!」
「ユウマ……ユ、ユウマ?」
「え? 誰?」
ざわ。ざわざわざわ。
次第に称賛の声の中に、困惑の色が広がっていく。
「モンスター飯? どゆこと?」
「すごい魔法放ったのって、あの人?」
「いやいや、そんなわけないだろ。今のアークメイジの『アポカリプス・ブラスト』級魔法だったぞ?」
「だが、あいつが放った魔法でドラゴンの火球が消失してたよな?」
「消えてたな」
「なんだかわからんが、すごくね?」
静まりかけていた冒険者さんたちの声に活気が戻る。
「サティア様とユウマ様が来てくれたぞ!」
「サティア様バンザイ!」
「ユウマ様バンザイ!」
「……ええと」
盛り上がる彼らとは裏腹に、俺は困惑していた。
これはどういう状況なんだ?
なんだか盛大に勘違いされてるっぽいけど……。
とりあえず偉大な騎士団長様と、ただの旅人の俺を同列にするのはやめてくれませんかね?
「さぁ! レッドドラゴンなど、恐るるに足らずだ!」
サティアさんが剣の切っ先をレッドドラゴンへと向ける。
「今こそ蛮行を繰り返す忌まわしきモンスターに、正義の鉄槌を食らわすとき! 行くぞ者ども! 突貫ッ!」
「おおおおっ!」
サティアさんを先頭に、ドラゴンに向かって走り出す冒険者さんたち。
アーノルドさんやシズさんも彼らと共にドラゴンへと向かっていったが、ジュディさんは足を止め、胡散臭そうな顔で俺を見ていた。
「あのさ」
「はい」
「色々と聞きたいことがあるんだけど、とりあえずあんたいつの間にサティア様と知り合ったわけ?」
「さっき山でバロメッツのしゃぶしゃぶをごちそうしまして」
「……え? しゃぶしゃぶ? なにそれ? どういうこと?」
「どういうことでしょうね……」
もはや「あはは」と苦笑いを浮かべるしかないのであった。
***
すぐさまジュディさんやコーちゃんたちとサティアさんの後を追いかけたのだが、すでに戦闘が始まっていた。
「魔道士たちよ、攻撃魔法を準備せよ! 狙いはレッドドラゴン! ヤツを地上に追い立てるのだ!」
サティアさんが剣の切っ先をレッドドラゴンに向け、声高に叫んだ。
レッドドラゴンがいるのは、停泊所の屋根の上。
まずはそこから下りてもらわないことには手の出しようがない。
とは言え、冒険者さんたちは翼を凍りつかせるのは無理だと言っていた。
どうやって地上に下ろすつもりなんだろう?
「使用する魔法は飛翔系統!」
サティアさんが続けて指示を出す。
「射程距離一キロ以上! 弾道速度は秒速八百メートル以上のものだ!」
「りょ、了解しました!」
魔道士さんたちが、一斉にエレメントを集め始める。
「……いきます! ウォーターバレットッ!」
「くらえっ! フレイムアローッ!」
魔道士さんたちが魔法を放つ。
凄まじい速さの水の弾丸や炎の矢が、次々とレッドドラゴンに命中する。
「……ギャッ!?」
たまらずドラゴンが飛び退き、翼を羽ばたかせ上空へと逃げた。
だが、放たれた魔法は的確にドラゴンを追いかけていく。
身を翻しながら避けようとするが、魔法の速さに対応できていない。
なるほど。射程距離と弾速を指定していたのはこのためか。
しかし、すごいな。
この魔法の連続攻撃、まるで高射砲みたいだ。
次第に爆炎と水蒸気で辺りが見えなくなる。
「詠唱やめっ!」
サティアさんのかけ声で、魔法がぴたりとやんだ。
静寂が辺りを包み込む。
もうもうと立ち込める白煙。
これだけで戦いが終わったのではと思うほどの熾烈な攻撃だったが──。
「グルルルゥ……」
煙の向こうから現れたドラゴンは無傷だった。
赤い鱗には埃すらついていない。
だが──ドラゴンは地上へと降りてきていた。
それを見て、サティアさんがニヤリと笑う。
「よくやった! これでやつは我らと同じフィールドで戦うことになった! 今こそ全員の力で──」
「ギャオオオッ!」
サティアさんの声を遮り、ドラゴンの咆哮が響いた。
同時に、ドラゴンが走り出す。
クワッと大口を開け、こちらに向かって突進してきたのだ。
「……んなっ!?」
「うわぁあああっ!」
「くっ! 総員、回避ッ!」
サティアさんの声に、冒険者さんたちが一斉に飛び退く。
慌てて俺もコーちゃんとミミを抱きかかえてジャンプする。
次の瞬間──レッドドラゴンが猛スピードで突っ込んできた。
「うわぁああっ!?」
「ぬうっ!?」
「きゃあああっ!」
瓦礫、砂煙。そして冒険者たちの悲鳴が空気を震わせる。
まさに天地がひっくり返ったかのようだった。
「コーちゃん、ミミ! 大丈夫か!?」
「……なんとか」
「ミミも平気だよ……ぺっぺっ」
俺の腕の中からぴょこっと顔を出すふたり。
顔は砂だらけになっているけど、怪我はなさそうだ。
しかし、ドラゴンはどうなった?
「グルルゥ……」
ヌウッ、とドラゴンが身を起こした。
その足元には、地面を引き裂く巨大な牙の跡が。
「……っ」
「まじかよ……」
「あ、あいつ、地面をパンケーキみたいに喰いやがった……っ!」
冒険者さんたちが、ざわざわとざわめき出す。
彼らの中に恐怖が広がっているのが、ありありとわかった。
「だ、だだ、だめだっ!」
「地上に降りたところで、こんな化け物に勝てるわけがねぇ!」
「逃げろっ!」
「し、死にたくねぇ!」
一斉に散り散りに逃げ出す冒険者さんたち。
「こらっ! てめぇら、逃げてんじゃねぇ!」
「待って! 今逃げちゃったら……」
「一体どこに逃げようっていうのさ!?」
アーノルドさんやシズさん、ジュディさんの怒号が聞こえたが、冒険者さんたちを止めることはできなかった。
これはマズい。サティアさんのお陰でなんとか戦意を失わずに済んでいたのに、このままじゃ──。
「ギャオッ!」
そんな俺の不安を嘲笑うかのように、レッドドラゴンがこちらに向かって走り出した。
そして、アーノルドさんたちを喰らおうと大口を開ける。
「……させるかよっ!」
俺は無意識で動いていた。
火のエレメントを集め、魔法を発動させる。
手のひらから巨大な炎の柱を射出させる、フレイムの魔法だ。
「……フギャッ!?」
顔面にフレイムの直撃を食らったドラゴンが怯んだ。これまでどんな魔法も効かなかったドラゴンの鱗が黒く炭化し、ボロボロと落ちる。
「いいぞ飼い主殿! 効いている!」
「ユウマすごい!」
コーちゃんとミミの声。
「特大の魔法をぶちかましてやれ! 我の魔力を貸そう!」
「ミミも協力するよ、ユウマ!」
「……ああ、頼むっ!」
聖獣とゴールドクラスのモンスターの魔力があれば、さらに強力な魔法が放てるはず。
コーちゃんを抱きかかえてミミを頭の上に乗せ、風のエレメントを集める。
大さじ一杯どころではない、どんぶり……いや、大鍋があふれそうになるくらいの量だ。
風のエレメントが渦になり、巨大な鋭い刃と化す。
その直径はゆうに数メートルを越えている。
「いくぞ、コーちゃん! ミミ!」
「わふんっ!」
「ウニャニャ〜〜ッ!」
「これでも喰らえっ! ウインドカッターッ!」
「……ッ!?」
レッドドラゴンは咄嗟に避けようとしたが──遅かった。
俺が放った巨大な風の刃は飛び退こうとしたドラゴンの首を切り裂き、凄まじいスピードで上空へと飛んでいく。
しばしの静寂。
「……ウ、グゥ……」
ドラゴンの首がゆっくりと胴体から切り離されていった。
次の瞬間、青い鮮血が激しく舞った。
「……おお、おおおおお!」
冒険者さんたちから、歓声があがる。
「や、や、やったぞ!」
「す、す、す、すげぇ!」
「な、なんだ!? 一体何だ、今の魔法は!?」
「一発でドラゴンを仕留めたあああああっ!?」
「う、う、嘘だろぉ!?」
歓声はやがて驚嘆の声へと変わっていく。
そんな冒険者さんたちをかき分け、アーノルドさんたちが駆け寄ってくるのが見えた。
「やりやがったな! 流石は兄弟だぜ!」
アーノルドさんに続き、シズさんやジュディさんの姿も。
「ユウマさんすごい!」
「やるじゃないか、ユウマ!」
「やはり私の目に狂いはなかったな、ユウマ殿! 貴殿はすごい男だ!」
サティアさんも集まって、もみくちゃにされてしまった。
抵抗したかったけど、なんだから身体が異様に重い。
コーちゃんやミミに魔力を借りたとはいえ、どデカい魔法をぶっ放したからだろうか。
と、そんなコーちゃんの姿が目に留まる。
「見事であったぞ、飼い主殿」
「ユウマ、かっこよかった!」
「……サンキュー、コーちゃん。ミミ」
ふたりの声を聞いて、ようやくホッと安堵した。
成り行きでドラゴンと戦うことになったが、みんなや町を守ることができてよかった。
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