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第三十一話 レッドドラゴン

 正直、本当に死んだと思った。


 なにせ、紐なしでバンジージャンプをするようなもの……。


 タマヒュンどころの騒ぎではない。


 プロテクションがなかったら確実に死んじゃってるよ。



「うおおおおおおっ! 力こそパワーだ!」



 だが、プロテクションをかけなくても死なない人が目の前にいる。


 脳筋系女騎士……もとい、サティアさんだ。


 彼女は何事もなかったかのように着地すると、ズドドドドッと走り始めた。


 そして、ものの数分でスカイハイヴンの町に到着したのだが──。



「……な、なんだこれは」



 そこで俺を待っていたのは、目を覆いたくなる凄惨な光景だった。


 逃げ惑う人々と、もうもうと立ち上る煙。


 至るところで火の手があがっていて、町の建物は破壊し尽くされている。


 先ほどまで穏やかで閑静だった山岳地帯の町スカイハイヴンは、文字通り地獄と化していた。



「い、一体、なにがあったんだ?」

「わからぬ。先ほどの雄叫びがなにか関与しているとは思うが──」



 と、コーちゃんの声を遮るように、再び雄叫びが轟いた。



「……見ろ、ユウマ殿! あそこだ!」



 サティアさんが指さしたのは、スカイハイヴンの山頂だった。


 飛空艇の停泊所の上に、翼を広げた赤いなにかがいた。


 それを見て、全身が粟立つ。


 赤い鱗に覆われた巨大なドラゴン──。



「ああっ! あいつだ!」



 声を荒げたのは、ミミだ。



「ミミの故郷で暴れてたやつだよ、ユウマ! 赤くておっきいドラゴン!」

「……てことは、あれがレッドドラゴンか」



 見たことがあるミミが言うのだから間違いないだろう。


 だが……ちょっとデカすぎじゃありませんか?


 だって、隣に停泊している飛空艇より大きいし。


 コーちゃんが「くうん」と悲しそうな声で鳴く。



「レッドドラゴンは火を吐くモンスターだ。町を破壊したのもヤツの炎だろう」

「空域を荒らすだけじゃ物足りなくて、町まで破壊しに来たってわけか」



 一体どんな目的があるのかはわからないが、モンスターに人を襲う理由を聞くだけナンセンスか。



「ユウマ殿、手を貸してくれ!」



 と、逃げ惑う人々の悲鳴を切り裂くように、サティアさんの声が跳ねた。



「あのレッドドラゴンを仕留めなければ、スカイハイヴンが壊滅してしまう! なんとしてもそれだけは防がなければ!」



 確かにこのままだと、スカイハイヴンが消し炭にされるのは時間の問題。


 ただの社畜リーマンの俺が、あんな化け物と戦えるのか甚だ疑問だが──そんなことを言っている場合じゃない。


 それに、こっちには聖獣フェンリルと、暗黒魔法を操るゴールドクラスのモンスターがいるのだ。



「……わかりました! 行きましょう!」

「ありがとう! 恩に着る!」



 そうして俺は、サティアさんやコーちゃんと共に、山頂への道を走った。


 日が傾き始めたスカイハイヴンの空の下、俺たちは山頂にある飛空艇の停泊所へと急いだ。


 登山路は、先日コーちゃんたちと登ったときの長閑だった雰囲気とは打って変わり、逃げ惑う人々で溢れ返っていた。


 皆ドラゴンの炎から逃げているのか──と思ったが、すぐに違うとわかった。


 登山路の手すりを越え、巨大なトカゲが姿を現したのだ。


 身体のサイズは大型犬ほどか。黒い鱗を持った、トカゲのモンスターだ。


 ドラゴンの騒ぎに乗じてやってきたのか。



「おのれっ! 騒ぎを聞きつけてヒドラも来ていたか!」



 サティアさんが、すかさず剣を抜く。



 そして、一瞬の躊躇もなくその切っ先をヒドラの頭に突き刺した。



「ギャウッ!?」



 悲鳴とともに、ヒドラが崖の下へと転落していく。


 す、すごい。モンスターを一撃で仕留めたぞ。


 流石は剣術師範も務める騎士様だ──と舌を巻いていたのだが、当のサティアさんもひどく驚いている様子だった。



「……おお、やはりいつもの数倍の力を感じるぞ!」



 そして、嬉々とした顔をこちらへと向ける。



「これがモンスター飯の効果なのだな、ユウマ殿! いい! とてもいい感じだ! はぁはぁ!」

「そ、それはよかったです」



 目が怖いけど。



「レッドドラゴンを討伐した暁には、是非とも我が騎士団……いや、私の専属料理人になってはいただけないだろうか!?」

「うえっ!? せ、専属料理人!?」



 なにそれ!? 


 絶対嫌なんですけど!



「もちろん報酬はユウマ殿が希望する額を出そう!」

「し、しかしですね」

「どうだろう、ユウマ殿!? 欲しいものがあるのなら、なんでも買うぞ!?」

「いや、だから」

「是非、私の邸宅に来て一緒に」

「ああ、もう! 今はそんなことより、あれ! あれをどうにかしましょう!」



 慌ててレッドドラゴンを指さした。


 それを見て、険しい顔をするサティアさん。



「……うむ、そうだな。では、手早くあれを片付けてから、ゆっくり専属料理人の話をしようではないか!」

「…………」



 いや、その話は忘れてほしいんですけど。


 と、心の中で切実に返しながら、俺たちは山頂に向けて走り出した。


 道中に何匹かヒドラが現れたが、サティアさんがまたたく間に始末していく。


 そうして俺たちは、なんとか飛空艇の停泊所にたどり着いたのだが──。



「こ、これは」



 思わず唖然としてしまった。



「ひどい有様だな」

「ボロボロになってる……」



 俺に続き、コーちゃんとミミも悲しそうな声をあげた。


 先日までの落ち着いた上品な雰囲気が、完全に消し飛んでいた。


 あらゆる建物が崩れ落ち、綺麗に整備されていた道路には瓦礫の山が。空雲ステーキを食べたあのレストランも半壊してしまっている。



「……うおおおっ!」



 と、停泊所付近から雄叫びが聞こえた。


 そちらを見ると、ドラゴンを囲む集団があった。


 革鎧を着て剣を構えている者や、杖を構えている者。


 あれは──冒険者か?



「お、怖気づくな! 魔道士は水属性のフリーズでドラゴンの翼を凍りつかせて地上に叩き落とせ! 剣士はドラゴンが落下次第、突貫だ!」

「はぁ!? 魔法で凍らせろ!? ンなことできるわけないだろ!?」

「そうよ! あんなどデカい翼を凍らせるなんて、三日はかかるわよ!?」

「どうにかしろ! でなきゃ、俺たちはここで全滅だ!」



 ドラゴンを前に冒険者たちがなにやら言い合っている。


 多分、ギルドの受付嬢さんが言っていた「合同討伐依頼」でやってきた人たちなんだろうが、手の打ちようがないのかもしれない。


 だが、そうなる理由もわかる。


 はっきり言って象と戦う蟻状態だ。


 ドラゴンは飛空艇よりも大きく、戦おうにも剣が届かない。


 翼を羽ばたかせただけで、全員が吹き飛んでしまいそうだ。


 サティアさんといえど、この状態でどうやって戦うつもりなのか。


 ここはコーちゃんに協力してもらって、魔法をぶっぱなして──。



「……ん?」



 と、戦意喪失してしまっている冒険者たちの中に見知った顔を見つけた。


 青メッシュが入った黒髪に、皮鎧を着た男性冒険者。



「コーちゃん! あの人って……アーノルドさんじゃないか!?」

「……そのようだな。確かにあやつの匂いがする」



 スンスンと鼻を鳴らすコーちゃん。


 アーノルドさんの傍には、シズさんとジュディさんの姿もある。



「誰? ユウマの知り合い?」



 コーちゃんの背中に乗っているミミが尋ねてきた。



「ああ。コマルで冒険者をやってる人で、ちょっと前に知り合ったんだ」

「コマル? どうしてスカイハイヴンにいるの?」



 その疑問ももっともだ。


 コマルからここまで馬車で五日はかかる距離だし、ちょっと足を伸ばして──なんて軽い気持ちで来られる場所ではない。



「グルルウ……」



 と、そのときだ。


 レッドドラゴンがぷくっと喉を膨らませた。さらに、「タンタン」と舌を鳴らす音。


 嫌な予感が俺の脳裏をよぎった次の瞬間、ドラゴンは大口を開け、巨大な火球を放った。


 直径数メートルはあろうかという巨大な炎の塊が冒険者たちに襲いかかる。



「くそっ! フレイムボム!」



 俺は咄嗟に火のエレメントを集め、火の魔法フレイムボムを放った。


 空中でドラゴンの火球と俺のフレイムボムが衝突する。


 刹那、空中で凄まじい爆発が起きた。



「ギャオッ!?」



 爆風に驚いたドラゴンが空へと飛び上がった。


 翼を羽ばたかせ、そのままはるか上空へ。


 それを見て、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。


 なんとか冒険者たちは消し炭にならなくて済んだみたいだ。


 それにドラゴンは空に逃げたし、これで撃退できたとは思えないが、ひとまず態勢を立て直せるだろう。



「す、すごい……」



 と、サティアさんの声。



「い、い、今の魔法はユウマ殿が放ったのか?」

「はい。フレイムボムならドラゴンの火の玉と相殺できるかなと……」

「フレイムボム!? あれがか!?」



 素っ頓狂な声をあげるサティアさん。


 え? 何に驚いているんだろう?


 普通のフレイムボムですけど……?



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