第三十話 ユウマ、誘われる
「こっちでいいのだな、ユウマ殿!?」
「そ、そそ、そうですけど……あの、もう少しゆっくり行けませんかね……?」
必死に声を絞り出す。
俺は今、サティアさんの背中にいた。
もっと状況を詳しく説明すると、サティアさんは俺を背負った状態で、山の中を猛スピードでダッシュしている。
バロメッツしゃぶしゃぶを食べた後、サティアさんをスカイハイヴンまで案内することになったのだが、時間短縮のために俺を背負って行くことになったのだ。
俺は体格的に痩せているとはいえ、成人男性。体重は七十キロ近くある。
そんな俺を背負って走るなんて普通に歩くより余計に時間がかかるのではと危惧したが、完全に杞憂だった。
オリンピックの短距離走選手並みの速さで山を駆け抜け、飛び下りたのである。
スカイハイヴンの山の断崖絶壁を。
正直、死んだと思いました。
「な、なんでこんなことになったのか……」
「ん!? 今なにか言ったか、ユウマ殿!?」
不思議そうにこちらを見るサティアさん。
あの、ちゃんと前を向いて走ってください。怖いので。
「ユウマ殿には申し訳ないが、ゆっくりなどしておられんのだ!」
サティアさんは岩から岩へと跳躍を繰り返しながら叫ぶ。
「なにせ、こうしている間にもレッドドラゴンの被害が拡大しているかもしれないのだ! 民は我らを待っている!」
「で、で、ですが、怪我をしたら元も子もありませんよ!?」
「安心してくれ! 山から転落しても私は怪我などしない!」
「俺が大怪我しますからぁぁあああぁぁっ!?」
サティアさんが崖から大跳躍した。
その高さ、ざっと見積もって三十メートルくらい。
ふわっと浮遊感が訪れ、すぐさまゴウゴウと耳元を風が吹き抜ける。
すごい衝撃とともに視界が揺れる。
どうやら無事に着地できたらしい。
「大丈夫か、ユウマ殿? 事前にプロテクションをかけたので怪我はないと思うが……」
「だ、だいじょうぶれす……」
出発するときにサティアさんに体を頑丈にする支援魔法のプロテクションをかけてもらったのでかすり傷すらない。
むしろ心配なのはサティアさんのほうだ。
プロテクションがかかっているのは俺だけで、サティアさんは素の状態だし。
……この人、数十メートルの高さから落ちてケロッとしてるけど、どんな身体構造をしているんだろう。
「そ、そう言えば、ちゃんとコーちゃんとミミはついてきてますか?」
「わふっ」
「にゃお〜ん」
振り向くと、後ろにぴったりとコーちゃんとミミの姿があった。
二匹とも目を輝かせていて、ちょっと楽しそう。
もしかしてかけっこしてるとか思ってる?
しかし、こんな断崖絶壁を余裕で飛び下りられるなんて、流石は聖獣様とゴールドクラスのモンスターだ。
「モンスター飯は噂通りだったな!」
サティアさんが嬉々とした声で言う。
「身体の奥底から無限に力が湧いてくるのがはっきりとわかる! これならひと月は余裕で走り続けられそうだ!」
「そ、それはすごい」
もはや人間じゃないと思いますが。
だけど、本当にモンスター飯って身体能力向上効果があったんだな。
……あ、そう言えば、アーノルドさんたちと別れるとき、コーちゃんが『出会ったときよりも強くなっている』なんて言っていたっけ。
てっきりミノタウロスを倒して経験値的なものを得たからだと思ってたけど、もしかして俺のモンスター飯の効果だったのかな?
アーノルドさんで思い出したが、サティアさんも彼と似たような剣術流派に所属しているらしい。
アーノルドさんは専守防衛の剣術「浮葉無心流」だったけど、サティアさんが所属しているのは「白牙一刀流」という流派。
白牙一刀流は「基礎こそ奥義」を信念とする世界最大の剣術流派で、サティアさんはそこの師範を務めるほどの腕前なんだとか。
その剣の腕を買われ、国王様お抱え騎士団の団長に任命されたのだという。
「その騎士団の任務でスカイハイヴンにいらっしゃったんですよね?」
再び走り出したサティアさんに尋ねた。
彼女はこくりと頷く。
「そうだ。スカイハイヴン近郊で目撃情報があったレッドドラゴンは、王都でも問題視されていてな。飛空艇が落とされる前に討伐できていればよかったのだが」
「そうだったんですね。ところで他の騎士の方は?」
「馬車でこちらに向かっているはずだ」
「一緒じゃないんですか?」
「うむ。途中まで一緒だったのだがドラゴンと戦えるとあって、いてもたってもいられなくなってな。隊は副団長に任せ、ひとりで先に来てしまったというわけだ……ふふふ」
不敵な笑みを浮かべるサティアさん。
なるほど。その笑みは、今回が初犯ってわけじゃなさそうだ。
「ところで、ユウマ殿は従魔を連れているのだな?」
サティアさんが後ろをついてくるコーちゃんとミミを見る。
「実に可愛い従魔だが、二匹も従えているとは相当な実力の持ち主とお見受けする。冒険者の階級はゴールドか?」
「俺ですか? ブロンズランクの新米冒険者ですよ」
「ブロ……な、なんだと……っ!?」
サティアさんが急ブレーキをかける。
彼女の鎧に背中から頭突きをかましてしまった。
「あ、すまない」
「い、いえ、平気です」
プロテクションのおかげで全然痛くはない。
額をゴシゴシしながら続ける。
「あと、こっちのワンちゃんは従魔じゃないですよ」
「……え? そうなのか?」
「うむ。我は飼い主殿の家族、コーちゃんである」
「……っ!? しゃ、喋った!?」
ギョッとするサティアさん。
「き、きみは只の可愛いワンちゃんではないのか?」
「そうだ。我は可愛いフェンリルだ」
「フェ、フェンリル!?」
「ちなみにそっちの猫はミスティキャットである」
「ミミだよ! よろしくね~!」
「…………」
情報過多で思考停止してしまったのか、サティアさんは目を丸くしたまま口をパクパクしている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。フェンリルにミスティキャット……ユウマ殿は聖獣とゴールドクラスのモンスターを従魔にしているのか?」
「だからコーちゃんは従魔じゃないですってば」
だが、サティアさんは俺の突っ込みをスルーし、なにやら考えはじめる。
ぶつぶつと自問自答を繰り返し、しばし逡巡した後、突然こちらを振り向いた。
「ユウマ殿っ!」
「うわっ!?」
いきなり大声を出されてびっくりしてしまった。
「な、なんでしょう?」
「是非ともドラゴン討伐に協力してくれないだろうか!?」
「……え? 協力? 俺がですか?」
「そうだ! 聖獣を手懐けているユウマ殿が一緒なら、百人……いや、千人力! 私と一緒にドラゴンと戦ってほしい!」
「……あ~」
なんとなくそう言われるかもしれないな~とは予想していたが。
「申し訳ないですが、遠慮しておきます」
俺は首を横に振った。
「コーちゃんやミミと一緒に旅をしてますけど、サティアさんみたいにすごい剣術が使えるわけじゃないですし、ドラゴンと戦うなんて無理ですよ」
「し、しかし、貴殿は冒険者なのだろう?」
「俺が冒険者に登録したのは、モンスターの買い取りや解体をお願いするためなんです。名を挙げたり金を稼いだりするためじゃないので──」
と、そのときだった。
俺たちの会話を遮るように、すさまじい雄叫びが山に轟いた。
空気がビリビリと震えるほどの咆哮。
俺は思わず耳を両手で塞いでしまった。
「い、い、今のは!?」
「あの声……レッドドラゴンか!?」
サティアさんが空を見上げる。
だが、そこにドラゴンらしき影はなかった。雲ひとつない澄み渡った青空が広がっているだけ。しかし、嫌な予感が胸中に渦巻きはじめる。
声がしたのはスカイハイヴン方面だった。
なにか町で大変なことが起きているような気がする。
「……町に急ぎましょう、サティアさん!」
「ああ! それでは少々危険なショートカットするぞ!」
「わかりました──え? 危険なショートカット?」
不安に苛まれると同時に、サティアさんは大空に向かって跳躍した。
そして、そのまま百メートルほどの高さがあろうかという崖を直滑降。
ちなみに百メートルは、ビル三十階ほどの高さである。
「……うぎゃあああああああっ!?」
俺はさっきの咆哮に負けないくらいの悲鳴を腹の底から放つのであった。
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