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第三話 はじめての魔法

 コーちゃんと一緒に、のんびりと森を歩いていく。


 道は現代と違って舗装されていないが、獣道というわけでもないのでかなり歩きやすかった。


 多分、生活路としてこの世界の人たちに活用されているのだろう。


 周囲からは動物の気配もせず、心地よい静けさに包まれていた。


 ふと視線を送った森の中に開けた場所があり、彩り豊かな草花たちが風に揺れている。まるで絵画のような幻想的な光景だ。


 風に揺れる樹木の葉の音にまざって、小川のせせらぎの音も聞こえる。


 近くに川が流れているのだろう。


 歩いているだけで心が癒やされる。


 危険なモンスターが生息している場所とは到底思えない。



「コーちゃん、この世界について教えてくれないか?」

「かまわんぞ。なにが知りたいのだ?」



 隣を歩くコーちゃんが、「くうん?」と顔をこちらに向けた。



「そうだな……たとえば、食事情とか?」

「いきなりニッチな部分を攻めてくるのだな」



 コーちゃんの尻尾がしなっとなる。


 だって気になるんだからしかたないだろ。



「食に関しては現代よりも遅れておる。主食はパンで主菜は肉が多く、燻製や塩漬けなど長期保存できる調理法が主流だな」


 この世界の一般的な料理は、燻製肉や塩漬けした肉を鍋につっこんで野菜と一緒に煮るスープがほとんどらしい。


 香辛料は上流階級が使っていて、庶民は手が届かない高級品なんだとか。


 文明自体がだいぶ遅れているんだろうな。


 ただ、魔法があるから特定の分野は現代より発達してそうだが。


 俺は質問を続ける。



「モンスターを食べることはあるのか?」

「我のような聖獣は魔力の補充のために食することがあるが、人間が食べることはほぼない。下処理をせねばひどい食あたりを起こしてしまうからな」



 モンスターには魔力の素になる「魔素」と呼ばれる成分が含まれていて、それが人間にとって毒となるらしい。


 だからモンスター肉を食べる前に、魔法でその毒素を中和させる必要がある。


 確か「浄化魔法」とか言ってたっけ。



「モンスターの肉は人間にとっては毒だが、我にとっては魔素を接種できる貴重な栄養源でもある。モンスターを使った料理をたくさん食べることができたなら、いずれ我も以前の姿に戻ることができよう」

「以前って、フェンリルの姿ってこと?」

「そうだ。猛々しく神々しい姿であるぞ」



 どうだと言わんばかりに「わふん」とドヤるコーちゃん。


 俺としては、猛々しい姿より愛くるしい今の姿のほうがいいんだが。



「というか、モンスターで魔素が得られるんだったら、さっさと帰ってモンスターを食べてればよかったのに」

「松阪牛や神戸牛を食べたかった」



 即答されてしまった。


 あ~、なるほど。異世界の聖獣様は元の姿に戻ることよりブランド牛に惹かれちゃったってわけか。


 まぁ、のんびりした生活を送りたいから神様にリベンジするのは諦めたって言ってたしな。


 そんなマイペース聖獣様が尻尾を振りながら続ける。



「しかし、飼い主殿の料理の腕があれば、べらぼうに美味いモンスター飯が作れるに違いないな。我、すごく期待してる」

「その期待に応えられるように頑張るよ……ん?」



 と、そのときだ。


 数メートル先の森の中──大きい木の根本の部分に、鮮やかな赤い果実がいくつも生っているのが目に留まった。


 形や大きさはかなりリンゴに近い。



「コーちゃんあれって」

「うむ。レントの実だ」



 どうやらあれがレントの果実らしい。


 しかし、どうやって採ろう。近づいたら触手で絡め取られちゃうんだよな?



「我に任せよ」



 コーちゃんが、スッと前に出る。



「触手があるのは果実の周囲だけだ。ツタごと切ってしまえば問題ない」

「切るって、どうやって?」

「魔法でやればいい。ウインドカッター!」



 コーちゃんが魔法を唱えた瞬間、彼の周囲に渦のような風が巻き起こる。


 その風は次第にナイフの切っ先のような形を形成し、レントの巨大な根に放たれた。


 突風の刃はレントの根を切断するだけではなく周囲の木々をも切り裂き、森の中へと消えていく。


 根本から真っ二つになったレントの木が、ズシンと倒れた。



「す、すごっ!」



 思わず歓声をあげてしまった。


 あんなどデカい木を一発で切断するなんて、威力が半端ない。


 というか、これも魔法なのか。


 転移魔法だけじゃなく、色々な種類があるんだな。



「今のって、風属性の魔法?」

「そうだ。よくわかったな」

「風魔法は定番だからな」



 ファンタジーラノベでよく目にする。



「風属性があるということは、火や水属性も?」

「もちろんあるぞ」



 おお、それはすごい。


 火の魔法があれば火種を作らずに火を起こせるし、水の魔法があれば水源を確保する必要もなくなる。生活が便利になるだけじゃなく、料理にも使えそうだ。


 練習すれば俺も使えたりするのだろうか?



「てか、もうレントの実を取りに行っても平気か?」

「いいぞ。レントは倒したからな」



 念のためコーちゃんに確認してから、レントの実を拾いにいく。


 地面に転がっていたものを手に取ってみたんだが、やっぱりリンゴに近い。


 甘い香りもするし、すごく美味しそう。



「ちょっと待て」



 そのままかじろうとしたところを、コーちゃんに止められた。



「浄化魔法をかけなければ食あたりを起こしてしまうぞ」

「……あ、そうだった」



 レントもモンスターの一種だから、実にも魔素が含まれているんだ。



「そのまま手に持っていろ」



 コーちゃんが鼻先をレントの実に向ける。



「クリアランス」



 コーちゃんが魔法を詠唱した瞬間、持っていたレントの実が青白く輝いた。



「……よし、食べていいぞ。魔素は中和した」

「え? もういいの?」



 ちょっと光っただけだが。下処理って、意外と簡単なんだな。


 見た目は変わらず、香りも全く変化はない。本当に大丈夫なんだろうか。


 少しだけ不安だったが、恐る恐るかじってみた。



「……あっ」



 かぶりついた瞬間、レントの実からぶしゃっと果汁が溢れ出て、さわやかな甘味が喉の奥に流れ込んでくる。


 現実世界のリンゴよりだいぶみずみずしい。


 これは「食べる」より「飲む」と表現したほうがいいかもしれない。


 しかし──これは美味いな。



「コーちゃんも食べる?」

「うむ。我は浄化前の魔力入りが良い。魔力が補充できるからな」

「あいよ」



 別の実をほいっとコーちゃんに投げたら、華麗に空中でキャッチした。


 お見事。


 そのまま、あぐあぐと美味しそうに頬張るコーちゃん。



「……うむ。中々に美味いな」

「そうだね。こっち世界のリンゴ……じゃなくてレントの実もいける」



 だけど、甘さは控えめかな? もしかすると、熟される前だったのかも。


 バックパックの中からチャック付きのポリ袋を取り出し、レントの実をいくつか入れ、一緒に保冷剤を放り込んだ。


 それを見て、コーちゃんが首をひねる。



「む? それは食べんのか?」

「果実はこうすると甘さが増すんだ。一日くらい入れておく必要があるけどね」

「そうなのか。知らなかった」



 ほほう、と感心するコーちゃん。



「飼い主殿は、本当に料理や食材の造詣が深いのだな」

「ありがとう。まぁ、趣味の範疇だけどね」



 思わず照れ笑い。


 社畜生活を送る中で、唯一続いている趣味が料理なんだよな。


 料理を始めたのは数年前。店で食べる美味しい料理が自宅でも作れたら安上がりなのでは、と考えて作るようになった。


 色々と試行錯誤や失敗を繰り返し、今では食べたものになんの調味料が使われているのか解るまでになった。


 まぁ、この知識がモンスター飯でも使えるのかはわからないが。


 魔法で味の強化ができるかもしれないし。



「あ、そうだ。魔法といえばさっきの浄化魔法だけど、俺にも使えないかな?」

「む? 浄化魔法か?」

「ああ。モンスターを食べる上で一番重要な魔法みたいだからさ」



 モンスターを食材として扱う上で、魔素抜きは必須の作業になる。


 自分でできるに越したことはない。



「かまわん。我の力を少し与えてやろう。少し身を低くしろ」

「……こう?」



 言われるがまま中腰になると、コーちゃんが俺の背中に両足を乗せてきた。


 な、なにをするんだろう?


 少しだけ不安になったとき、体の中に熱いものが流れてくるような感覚があった。熱い血流が流れ込んでくるような、不思議な感覚だ。



「……もういいぞ。魔法を詠唱してみろ」



 コーちゃんがそっと俺の背中から足をどかした。


 なにをやったのかはわからないが、魔法が使える準備は整ったらしい。



「どうやってやるんだ?」

「まず、空気中に存在する属性のエレメントを集めるのだ。それが火種になり、そこに燃料となる魔力を注げば魔法は発動する」

「……エレメント?」

「目をよく凝らして見てみろ」



 促され、ジッと空中を見つめる。


 しばしそのまま待っていると、視界の端から次第に「それ」が見えるようになってきた。キラキラと光る粒……と言えばいいのだろうか。


 赤、青、緑。それに白。


 さまざまな色の光の粒が、まるで海中を漂う夜光虫のように空気中に浮かんでいる。



「おお、キラキラ光っている粒が見えたぞ!」

「そうだ。それが魔法を使う上で必要なエレメントだ」



 すごい。なんだか興奮してきた。これを集めればいいんだな。



「浄化魔法に使うエレメントは白色に輝く光のエレメントだ。心の中でエレメントに問いかけてみよ」

「心の中で……よし」



 まだ浄化されていないレントの実を手に取り、「光のエレメントよ、集まれ」と心の中で囁く。


 すると、白く輝くエレメントが集まってきた。



「よし、いいぞ。クリアランスを唱えてみろ、飼い主殿」

「……ええっと、クリアランス」



 口ずさんだ瞬間、レントの実を握った手から、光の波が溢れ出した。


 光の奔流はレントの実を覆い、やがてすうっと消えていく。



「うわわっ!?  できた!?」

「見事だ、飼い主殿」



 コーちゃんが嬉しそうに尻尾を振る。



「我の魔力を分け与えたとはいえ、いきなり成功するとはな。もしや飼い主殿には魔法の才能があるのやもしれんな」

「そ、そうなのかな?」



 言われたままにやっただけなんだが。


 しかし、まさか魔法を使える日が来るなんてな。


 異世界って……めちゃくちゃ面白いじゃないか!

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