第二十九話 超絶脳筋系女子
まるで雪のような美しく神々しい銀色の髪に、透き通った肌。瞳はルビーのように赤く、白銀の鎧とマントを身に着けている。
一瞬、雪山に現れる精霊か、雪女かと思ってしまった。
「いい香りに釣られて来てみたが食事中だったか。これは失礼した」
ペコリと、恭しくお辞儀をする女性。
「あ、えと……どちら様でしょうか?」
「名乗らせていただこう。私はノクタニア王に仕える騎士、サティアという」
「……騎士、様?」
そう言われ、俺の頭に浮かんだのはドラゴン退治に派遣されたという騎士団だった。
確か国王様お抱えの騎士団が派遣されていると言ってたっけ。
だけど、彼女はひとりみたいだが……。
とりあえず自己紹介しておくか。
「俺はユウマです。こっちはコーちゃんとミミ」
「わふっ」
「にゃおん」
コーちゃんとミミが鳴く。
それを見て、サティアさんがにこやかに笑う。
「ふふ、実に賢い動物たちだな。ユウマ殿はこの山に住んでおられるのか?」
「いえ。世界を旅している途中です。今はスカイハイヴンに宿を取っていて」
「なんと! スカイハイヴンから! ああ、これぞ神の導きだ!」
天に向かって手を合わせるサティアさん。
俺は首を傾げてしまった。
「……?? なにかあったんですか?」
「実はスカイハイヴンの空域を荒らしているレッドドラゴンの討伐を陛下より任され王都から走ってきたのだが、恥ずかしながら道に迷ったようでな……」
「あ、そうだったんで……え? 走ってきた?」
思わず聞き返してしまった。
お使いを頼まれてコンビニまで走ってきた……みたいなニュアンスだったけど、王都ってここからそんな近いの?
「コーちゃん、王都ってここから歩いていける距離なの?」
「無理だ。馬車でひと月はかかる」
いや、めちゃくちゃ遠いじゃん!
この人、そんな距離をダッシュしてきたの!?
「えと、失礼ですが本当に走ってきたのですか?」
「……? そうだが?」
きょとんとした顔をするサティアさん。
それがどうしたみたいな雰囲気をひしひしと感じる。
この人、どこぞのお姫様みたいな見た目だけど脳筋タイプなのかもしれない。
そんな脳筋サティアさんが続ける。
「ユウマ殿。出会ったばかりでこんな依頼をするのは不躾かもしれないが、よければスカイハイヴンまで道案内をお願いできないだろうか?」
「スカイハイヴンまで? かまいませんよ」
「本当か! すごく助かる!」
満面の笑みを覗かせるサティアさん。
ちょっとドキッとしてしまった。美人さんの笑顔って破壊力がすごい。
しかし、どうせスカイハイヴンに戻るわけだし、道案内くらいお安い御用だ。
なんて思っていると、地鳴りのような音が辺りに響く。
なんの音だ──と思ったけど、恥ずかしそうに頬を赤らめているサティアさんの顔を見てすぐにわかった。
彼女のお腹の音だ。
「……あの、食べます?」
「い、いいのか?」
「はい。肉はたくさんあるので。バロメッツの肉ですが」
「……バロメッツ?」
不思議そうな顔をするサティアさんだったが、皿にのったバロメッツの肉と俺の顔を交互に見て、目を丸くした。
「ま、まさかユウマ殿……モンスターの肉を食べているのか!?」
「ええ、実はそうなんです」
「どうやって!? どうやって食あたりを起こさずにモンスターを!?」
「うわっ!?」
サティアさんに両腕をガシッと掴まれてしまった。
間近で見るサティアさんの顔は、人形みたいだった。
ま、まつ毛がすごい長いですね。
「あ、えと……俺の浄化魔法で……」
「じょ、浄化魔法!? ユウマ殿は特異系魔法を使えるのか!?」
「トクイケイ?」
一体なんだろう……と首を捻っているとサティアさんが教えてくれた。
光のエレメントで発動できる神聖魔法は「特異系魔法」というカテゴリーで、そうそう扱えるものではないらしい。
二属性以上の魔法が使えるのは最高クラスの魔道士「アークメイジ」くらいしかいないとシズさんは言っていたけど、神聖魔法自体も希少らしい。
シズさんも結構すごい魔法使いだったんだな……。
「しかし、なるほど」
サティアさんは腕を組み、なにやら考え込む。
「浄化魔法を使えば魔素の反応を抑えることができるのか……ということは、騎士団の魔道師団に依頼すればあるいは──」
「もしかしてサティアさん、モンスター飯に興味があるんですか?」
思わず尋ねてしまった。
モンスター飯ってこの世界では忌避されがちみたいだし、バロメッツの肉と聞いて嫌悪感を抱かないのは、かなり珍しいと思う。
「ああ、実はモンスター飯に興味があるのだ」
サティアさんは興奮気味に続ける。
「道中で耳にしたのだが、数日前にモンスター飯を食したという冒険者が凄まじい力を得たらしくてな。是非食べてみたいと思っていたところなのだ」
「へぇ、モンスター飯にそんな効果があるんですね」
それは初耳だな。
というか、俺以外にもモンスター飯を作って食べてる人がいるんだな。
一体どんなモンスター飯を食べているのだろう。
是非とも会って意見交換をしてみたいな。
「それで……本当に私も食べていいのか?」
ちらちらとバロメッツ肉を見ながら、サティアさんが尋ねてきた。
「ああ、すみません。どうぞ食べてください」
バロメッツ肉をササッと出汁に通してからゴマダレの器に入れ、サティアさんに渡した。
それを見て、ごくりと息を飲むサティアさん。
「これが、モンスター飯……なんとも美味そうな香りがするが……」
彼女はしばし逡巡し、恐る恐る口をつける。
味をしっかり確かめるように、目を閉じてゆっくりと咀嚼する。
「お、おおお……っ!?」
サティアさんがパッと目を見開いた。
「こっ、これは美味い! 王都で食べたラム肉より味がしっかりとしてるではないか!」
そして、がつがつと勢いよく食べ始める。
「それにこのタレ……ゴマがラム肉の風味を引き立てていて合っているな! さっぱりとした味わいの中にゴマの風味があって……うむ! 実に美味い!」
喜んでくれてるみたいだが、なんだか食レポみたいだな。
それも騎士の嗜みなのだろうか。
「ユウマ殿、ゴマと一緒にいい香りがするのだが、このタレにはなにが入っているのだろう?」
「あ~、多分、醤油ですかね?」
「ショーユ……ふむ。知らぬ調味料だな」
ボトルに入った醤油を見せたが、不思議そうな顔をされた。
こっちの世界にはないのかもしれない。
まぁ、この世界には酵母菌もないみたいだしな。
「すまないユウマ殿。できればおかわりをいただけるだろうか?」
「どうぞどうぞ」
バロメッツ肉はたくさんあるからな。
追加でラム肉を出したが、サティアさんはすぐに平らげてしまった。
すごい食欲だな。
──なんて感心してたら、サティアさんがハッとした顔をする。
「いっ、いっ、言っておくがユウマ殿、いつもはこんなに食べないからな!? 王都から三日三晩食事を取らずに走り続けてきて、すごくお腹が空いていたのだ!」
「……あ~、確かにそれはお腹が減りますね。あはは」
思わず苦笑い。
確かに三日三晩なにも食べなかったら腹が減る。
だけど、言い訳をするのはそこじゃない気がするんだけどな。
うん。やっぱり間違いない。
この人──超絶脳筋系女子だ。
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