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第二十四話 防寒具

 コマルを出発して五日──。


 俺は未だに馬車の中にいた。


 そう、スカイハイヴンにまだ到着していないのである。


 途中で停留所のような野営地で夜を越し、ひたすら北上しているのだが一向にスカイハイヴンは見えてこない。


 メリルさんは一番近い町だがそこそこ遠いと言っていたから馬車を使ったけれど、徒歩で向かわなくて本当によかったと思う。


 まさかこんなに時間がかかるなんて……。


 だが、金貨二十枚を払っただけあってスカイハイヴンへの馬車旅は快適に過ごすことができている。


 座席はふかふかで、席の下には備えつけてある毛布を使えば夜は熟睡できる。


 おまけに客車にかけられている魔法のおかげで室温は常に一定を保たれたままだし、備え付けられているワインセラーのワインも飲み放題ときている。


 大げさだがホテルのスイートルームに宿泊しながら旅をしているような気分だ。


 スカイハイヴンの次に行く町は決めてないが、またこの馬車を使いたいと思い始めている。



「旦那様」



 五個所目の停留所を出発して二時間ほど。


 毛布をかぶってうとうとしていた俺の耳に、御者さんの声が飛び込んできた。


 御者さんは外にいるのだが、客車の上部についている細い窓を通して会話をすることができるのだ。



「スカイハイヴンが見えてきましたよ」

「……えっ」



 その言葉に、慌てて身を起こして窓の外を見る。


 そこには、目が覚めるような光景が広がっていた。


 澄み切った空にそびえ立つ、雄大な山々。


 その頂は雪に覆われていて、陽光を浴びてキラキラと輝いている。


 山の山腹には赤や茶色の屋根が点在していて、広場のような場所には十字架を掲げる教会が見えた。


 多分、あれが町の中心地だろう。


 町中を通っている細い道は、ヘビのように曲がりながら山頂まで続いている。


 山頂には大きなお城のような建物があった。


 そして、その建物に寄り添うように停まっているのは、巨大な帆船──。



「飛空艇だ!」



 思わず声を荒らげてしまった俺は、隣で毛布にくるまっているコーちゃんとミミの体をゆする。



「見ろコーちゃん! ミミ! 飛空艇だぞ!」

「……んむ?」



 のっそりと毛布の下から顔を覗かせるコーちゃん。


 しかし、「くあ……」と大きなあくびをして、再び毛布の中に戻ってしまった。



「我、まだ眠い」

「ええっ?」



 いやいやなんだよ、その冷めた反応?


 飛空艇、めちゃくちゃ楽しみにしてたじゃん。


 それに、コマルの町を出たばっかりのときは、リンゴ満載の荷馬車を見ただけで大興奮してたのに。



「うわぁ……すごい!」



 と、馬車の中に可愛い声が跳ねた。


 いつの間にかミミが窓に食いついていた。



「大きなお船だ! あれがユウマが言ってた、ひくうてい?」

「多分そうだ。空を飛ぶ船らしいぞ」

「お空を飛ぶ船! すごいね!」



 振り向いたミミの目はキラキラと輝いている。


 くうっ! ミミちゃんってば、実にいい反応するなぁ!


 どっかのお犬様とは大違いだわ!


 しかし、と山頂に停泊している飛空艇を見て思う。


 見た目は普通の帆船だ。


 大きな帆がふたつついているけど、あれで風を受けて進むのだろうか?


 でも、どうやって空に浮かんでいるんだ? 魔法を使って浮いているにしても、なにかしら動力が必要になると思うのだが──。



「旦那様はスカイハイヴンは初めてですか?」



 御者さんが尋ねてきた。


 俺は小さく頷く。



「実はそうなんです。あの山頂に停まっているのって飛空艇ですよね?」

「そうですね。あれはエアスクーナー級ですかね。紋章が入っているのでどこかの商会が抱えている傭兵団のものでしょう」

「傭兵団? てことは乗れないんですか?」

「あの船は無理ですが、遊覧船が出ているはずですよ」



 御者さん曰く、あの山頂にある停泊所から、スカイハイヴン周辺をぐるっと回る遊覧船が出ているらしい。


 料金は銀貨一枚。


 おおお! マジか! それは是非とも乗ってみたい!


 一般的には高い金額なのかもしれないけど、今の俺には微々たるものだしな。



「あと二十分ほどで到着すると思います。降車の準備をお願いします」

「わかりました、ありがとうございます」



 飛空艇を見てテンションが上がった俺は、テキパキと身支度を整える。


 毛布をたたみ、脱いでいた靴を履いてバックパックを背負う。


 そんな俺を見て、寝ぼけ眼のコーちゃんが「遠足前の子どもみたいだな」なんて突っ込んできたけど気にしない。


 あんなすごい物を見て落ち着いてろってのが無理な話だ。


 馬車はスカイハイヴンの町へと入っていった。


 コマルと違って城門はなく、荷物検査もされずに入ることができた。


 コマルは貿易の中心地みたいだったし、あそこが特別だったんだろうな。


 そのまま町の中を進んだ馬車は、広場にある停留所で停まった。


 しばらくして、ガチャリと客車の扉が開く。



「お疲れさまでした、旦那様。スカイハイヴンに到着しました」



 目尻に深いシワを作る御者さん。



「またのご利用をお待ちしております」

「こちらこそ。色々とありがとうございました」



 長旅だったけど、最初から最後まですごく丁寧な人だった。


 また彼にお願いできたらいいな。


 御者さんに御礼を伝え、コーちゃんたちと馬車の外に出たのだが──。



「……さむっ!?」



 思わず身震いをしてしまった。


 馬車旅だったから気づかなかったけど、めちゃくちゃ寒かったんだな。


 よく見ると飛空艇が停泊している山頂付近には雪が積もっていた。


 なるほど、通りで寒いわけだ。


 道行く人たちも厚着してるみたいだし、スカイハイヴンは寒いのが当たり前なのかもしれないな。



「大丈夫か、飼い主殿?」



 コーちゃんが心配そうに「くうん」と鳴く。



「我は天然の高級毛皮が標準装備なので問題ないが、脂肪もあまりついていない飼い主殿には防寒具が必要なのではないか?」

「心配ありがとう。こういうこともあろうかと思って、ちゃんと準備してきたんだよな」



 マジックバッグに手を突っ込みとある物を取り出す。


 現実世界で買っておいたダウンジャケットだ。


 アヒルやガチョウの羽毛が使われていて優れた保温性がある。おまけに軽いので、旅にはピッタリ。


 早速羽織ってみたのだが、一瞬で寒さが消えた。


 流石は天下のユニ◯ロ製のダウンジャケットだ。暖かさが違う。



「かなり暖かそうであるな?」

「コーちゃんたちの分もあるんだが、着るか?」

「む? 本当か?」



 尻尾をフリフリ。


 高級毛皮を標準装備してるとか言ってたくせに、興味があるようだ。


 てか本当に高級なのか、その毛皮?



「ちょっと待ってろ。すぐにコーちゃんのを出すから」



 マジックバッグから取り出したのは、犬用のセーターだ。


 赤いニット製で白のチェックが入った凄まじく可愛いやつ。


 コーちゃんの体のサイズをメジャーで測って注文したから、サイズはピッタリだと思う。


 問題はこれを気に入ってくれるかなんだが──。



「仕方ないな」



 フンスと鼻を鳴らすコーちゃん。



「どうしてもと言うのなら、着てやろう」



 などと言いながら、尻尾はさっきより激しく揺れている。


 嬉しいなら素直にそう言えばいいのに。可愛い奴め。


 コーちゃんにバンザイしてもらい、頭からズボッと着せてあげた。



「……うん、なかなかいいな。似合ってるよ」

「ほほう、これは……」



 コーちゃんは着心地を確かめるように、そこら辺をトテトテと走り回る。



「これは暖かいな。気に入った」

「そりゃよかった」



 しかし、とセーターを着たコーちゃんを見て思う。


 赤と白のチェックのセーターを着たコーギーって……破壊的な可愛さだな。


 うん、買ってよかった!



「……ん?」



 と、足元から突き刺すような視線を感じた。


 視線を下げると、キラキラした目でこちらを見ているミミの姿が。


 なんだか体全体から「次はミミのだよね?」という期待がにじみ出てる。


 ……うっ、ごめん。お前の分はないんだよ。だって出会ったのは最近だし。


 だが、このままなにもあげないってのはちょっと可哀想だよな。


 しかたない。俺のマフラーをやるか。



「ミミにはこれをやるよ」

「……えっ、いいの!?」



 ミミの首元にマフラーをくるっと巻く。


 コーちゃんのセーターと同じニット素材の白いマフラーだ。


 ミミの黒い毛並みにピッタリの色合いだ。



「うわぁ! あったかい! ありがとう、ユウマ!」



 ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねるミミ。


 うん、すごく似合ってる……とは思うのだが、サイズが全く合ってないのでマフラーの中に埋もれる感じになってる。


 ニットの塊から顔だけが出ているっていうか。


 これはこれで可愛いが。


 全員防寒具を装備したところで宿を探しに行こうか──と思ったのだが、ちょっと予想外のことが起きていた。


 町ゆく人々に異様に見られるのだ。


 こそっとこちらに視線を送る人もいれば、ガッツリ見てくる人もいる。


 一体なんだろうと考えながら自分の格好を見て、はたと気づく。


 俺たちの格好、めちゃくちゃ浮いてるな。


 ナイロンのモコモコダウンジャケットを着ている俺。


 赤いニットのセーターを着ているコーちゃん。


 そして、白いマフラーをつけているミミ。


 一方、周りの人たちは地味な色合いのマントを羽織っているだけ。


 俺の格好はまだしも、犬や猫にまで防寒具を着させてる人なんていない。



「飼い主殿。いきなり目立っている気がするが、よいのか?」

「格好はどうしようもないからな……」



 コマルでの失敗 (とまではいかないが)を繰り返さないように、スカイハイヴンでは目立たないようにしようと思ったのだが幸先が悪い。


 とはいえ、防寒具を脱ぐわけにもいかないしな……。


 ここはさっさと宿に向かったほうがよさそうだ。

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