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第二十三話 いざスカイハイヴンを目指して

 コマルの町に戻った俺たちは、冒険者ギルドへと向かった。


 紅帝蟹を買い取ってもらうのと、ミミを従魔登録するためだ。


 なんでもモンスターと従魔契約を結んだ際は、すぐに冒険者ギルドに申請をする必要があるらしい。


 それを教えてくれたのは門を守っているあの親切な衛兵さんだった。


 ギルドに申請していない従魔を連れて歩いていると冒険者規律十八条「魔法生物の不携行」違反で捕まってしまうという。


 従魔じゃないモンスターを連れ歩くのがダメだってのはなんとなくわかるけど、登録してないものダメなのね。



「コーちゃん、知ってた?」

「……」



 わざとらしくスッと視線を逸らされてしまった。


 まぁ、知らなかったのなら仕方がないよな。


 俺と一緒に学んでいこうな?


 てなわけで、にこやかな笑顔でお出迎えしてくれたメリルさんに色々と事情を話したのだが──。



「ミ、ミスティキャットと、じゅじゅ、従魔契約をしたぁああ!?」



 メリルさんは俺の話を聞くなり、素っ頓狂な声をあげた。



「ちょ、ちょっと待ってください! ユウマさん、本当にミスティキャットと従魔契約を結んだんですか!?」

「は、はい。そうです。この子なんですけど。ミミ、おいで」

「こんにちは~。ミミだよ」

「……か、かわわっ!?」



 メリルさんは、シュタッとカウンターに登ってきたミミを見るやいなや、頬を赤く染める。


 ミミの可愛さにハートを撃ち抜かれたらしい。


 だが、流石は冒険者ギルドの受付嬢。すぐにハッと我に返り、ポケットの中から小さい虫眼鏡のようなものを取り出してミミを調べ始めた。



「……闇属性の魔素……た、確かにミスティキャットみたいですね……」



 どうやらあの虫眼鏡はモンスターを鑑定する魔道具のようだ。


 彼女の声を聞いて、ギルドの中がざわめき出した。


 冒険者さんたちが遠巻きにこちらをチラチラと見ているのがわかる。


 ううむ……またしても注目を浴びてしまったな。


 しかし、なぜこんなに驚いているのだろうと不思議に思って尋ねてみたところ、ミスティキャットはゴールドクラスのモンスターらしい。


 ただ、ミノタウロスレベルに強いモンスターというわけではなく、希少価値がゴールドクラス。


 つまり、めったにお目にかからない超レアなモンスターなのだとか。



「以前、モンスターのオークションに出されたときは金貨五百万枚で落札されたと聞きます」

「ご、五百万枚……」



 つまり、日本円にすると……五百億円!? 冗談だろ!?



「……ミミ、お前すごいモンスターだったんだな!」

「そう! ミミは闇魔法が使えるんだ! すごいでしょ!」



 にゃおんと鳴くミミ。


 いや、俺が驚いてるのはそこじゃないんだけど……まぁいいか。


 ミスティキャットを従魔にしたことはすごく驚かれたけど、申請にはなんら影響はないらしい。申請用紙に記載し、登録料の銅貨一枚を払って終了だった。



「従魔を町の中に入れる際はこちらの従魔登録証をご携帯ください」

「ありがとうございます」



 冒険者証と似たようなカードを渡された。


 従魔登録番号と契約主の名前……それと「魔紋型」と呼ばれる血液型みたいな魔素のタイプが書かれている。


 よし。これでミミと一緒にいても問題はないな。


 でも、町中でミミみたいなモンスターって全く見かけないよな。


 コマル近辺にはゴールドクラスのモンスターがたくさんいるみたいだし、従魔にしたがる人が多そうだけど。


 スカーレットボアとかミノタウロスとか。


 ……てか、コマル周辺ってゴールドクラスのモンスターが多すぎじゃね?



「あの、メリルさん。コマルの周辺ってこんなにゴールドクラスのモンスターが出るものなんですか?」

「ま、まさか……! 出てシルバークラスですよ。だって、紅帝蟹が出ても大騒ぎになるくらいなんですから」



 確かに、宿屋で冒険者さんたちが『シルバークラスなんて俺たちに倒せるわけがねぇだろ』って言ってたっけ。



「……あ、そうだ」



 紅帝蟹で思い出した。



「ついでにモンスターの買い取りもお願いしたいんですけど」

「構いませんよ。なにを狩ってきたんです?」

「その紅帝蟹です」

「……へっ?」



 メリルさんの表情が笑顔のまま固まる。



「今、なんとおっしゃいました?」

「紅帝蟹ですよ。川にたくさんいたんで狩ってきたんです。ええっと……多分、三十匹くらいいます」

「……しょ、少々お待ちを」



 メリルさんはくるりと反転すると、ぎこちない足取りでギルドの奥へと消えていった。


 そして待つこと二分ほど。


 買い取りをやっているドワーフさんがドタドタと血相を変えて走ってきた。


 その勢いのままカウンターに突っ込み、身を乗り出してくる。



「ユ、ユウマ、紅帝蟹を三十匹も狩ってきたってのは本当なのかっ!?」

「あ、えと……はい」



 思わず身構えてしまった。


 ドワーフさん、目が血走ってて怖い。


 とりあえず、彼にすべての紅帝蟹を渡して鑑定してもらったのだが、買取金額は合計で金貨五百枚にもなった。


 うん。スカーレットボアの金貨百枚で買取金額の記録更新って言ってたから、またしても更新だな……。


 ドワーフさんも「こりゃあ紅帝蟹の市場価格は大暴落だな」と笑っていた。


 紅帝蟹の甲羅は武具に活用できるって言ってたっけ。



「それではまた当ギルドをご利用くださいませ、ユウマ様」



 用事も済ませたので帰ろうとしたんだけど、メリルさんにギルドの入口まで案内された。


 なんだかすっかりVIP対応だな。敬称もいつのまにか「様」になってるし。これは色々と予定外の展開だな。


 きっとギルド内でも俺の名前が広がっているに違いない。


 もしかすると、冒険者さんたちの間でも噂になっているかも……?


 できるだけのんびり静かに旅をしたいんだけど、目立つといろいろと面倒なことに巻き込まれてしまう可能性が高くなってくるよな。


 これは早々にコマルの町を離れたほうがいいかもしれない。



「なぁ、コーちゃん、ミミ? ちょっと相談があるんだが」



 冒険者ギルドを出てふたりに声をかけた。



「本当は今日一日ゆっくりするつもりだったけど、予定変更して次の町に向けて出発してもいいか?」

「出発? 今からか?」



 首をひねるコーちゃん。



「そう。不可抗力だけど色々と目立っちゃったからさ。トラブルが起きる前にできるだけ早くコマルの町を出発したいんだ」

「そういうことか。我は構わんぞ」

「ミミも大丈夫だけど……次はどこに行くの?」

「山岳地帯にあるスカイハイヴンって町に行こうかなと思ってる」



 メリルさんに教えてもらった、コマルの北にある山岳地帯の町だ。


 そこに行く目的は、もちろん飛空艇に乗るため。美味しい料理もあるかもだけど、そこから飛空艇に乗って遠くの町に行くのもいいよな。



「あ、そこ知ってる! ミミが生まれた山の近く!」

「……え? そうなのか?」



 ミミが言うには、元々は北方の山岳地帯に住んでいたらしいのだが、そこでレッドドラゴンとかいうモンスターが暴れまわって逃げてきたのだという。



「レッドドラゴン……?」

「そう! 赤くておっきいドラゴン! すごい乱暴者!」



 プンスカと怒るミミ。


 そんな姿も可愛いが、ちょっと物騒な話だな。


 スカイハイヴンに到着したけどドラゴンに焼かれてました……とかないよな?



「まぁ、心配する必要はないだろう」



 コーちゃんがふわぁとあくびをしながら続ける。



「スカイハイヴンにレッドドラゴンが出たのであれば、コマルにも噂は流れてくるはず。冒険者ギルドの連中もなにも言っていなかったし、気にする必要もあるまい」



 確かにコーちゃんの言う通りか。


 ミミが故郷を離れて南下してきたのは昨日今日ってわけじゃなさそうだし、市井に広まっていなかったとしても冒険者ギルドには届くはず。


 職員のメリルさんもスカイハイヴンをおすすめするくらいだし、気にする必要はないだろう。



「……よし。それじゃあ、スカイハイヴン目指して出発しようか」

「歩いていくのか?」

「それもいいけど、ちょっと奮発して馬車を使おうかな」



 スカイハイヴンはここから一番近い町だと言ってたけど結構距離があるみたいだし、歩くのはちょっと辛いものがあるだろう。


 それに財布の中には金貨六百枚近くがある。こういう場面で使わないとな。


 というわけで、町にある馬車の停留所へと向かう。


 ここでは他の客と運賃を折半する「乗り合い馬車」と、一台を丸々貸し切る「貸切馬車」に乗ることができるのだ。


 俺たちが選んだのはもちろん、貸切馬車。それも一番豪華なやつだ。合わせて町で一番腕がいい御者さんをチャーターした。


 総額──金貨二十枚。


 一般的には高額なんだろうが、今の俺には痛くも痒くもない。


 いやぁ、お金がある旅っていいですな~。



「どうぞ、お乗りください旦那様」



 御者さんに案内され、馬車に乗り込む。



「……おお、すごい」



 まず目に留まったのは、真紅のベルベットで覆われた座席だ。


 見るからにふかふかで、実に座り心地がよさそう。座席には毛織物のクッションと毛布が置いてあって、快適に寝ることもできそうだ。


 窓にはシルクのカーテンが掛かっていて、天井からはぼんやりと光るライトのようなものが。


 あれは街道に設置されていた街灯と同じ魔道具かな?


 ほのかに甘いハーブの香りもしているし、金貨二十枚なだけあるな。



「それでは出発します」



 馬車に乗り込み、コーちゃんたちとふかふかの座席に座ると静かに馬車が動き出した。


 文明が現代より遅れているから乗り心地は悪いのかなと思っていたが、騒音や振動はゼロだった。


 魔法を使って振動を抑えてるのかもしれない。これはすごい。


 馬車はしばらく町の中を進み、町の入口の門で停まった。


 荷物検査でもするのかなと思って窓の外を見ると、御者さんから書類のようなものを受け取っている衛兵さんと目が合った。


 あの衛兵さんだ。


 彼には色々とお世話になったし、最後の挨拶をしておこうかな。


 窓を開けて声をかける。



「どうも、こんにちは」

「……おや? ユウマさんじゃないですか」



 衛兵さんがきょとんとした顔をする。



「町を出るんですか?」

「そうですね。これからスカイハイヴンを目指そうかと」

「スカイハイヴン。それはまた遠くに行かれるんですね……」



 少しだけ寂しそうな顔をする衛兵さん。


 コマルの町から一番近いとはいえ、結構な距離がある。


 徒歩での移動が一般的なこの世界の人たちにとっては、おいそれと行き来できるような場所ではないのかもしれない。



「色々とお世話になりました」

「いえいえ。ユウマさんがいなくなるのは寂しいですが、いい旅を」



 書類に不備はなかったらしく、馬車がゆっくりと動き出した。


 こちらに手を挙げている衛兵さんが次第に小さくなっていく。



「……ていうか、なんで俺の名前を知ってるんだ?」



 自己紹介なんてしてないのに。


 もしかすると冒険者ギルドの売却額の記録更新したり、ミスティキャットを従魔にした噂がすでに広まってるのかもしれない。


 次の町スカイハイヴンでは大人しくしておこう。


 金貨六百枚もあれば、しばらくお金稼ぎもしなくていいだろうしな。



「見て見てユウマ! 大きい橋!」



 と、ミミの声が馬車の中に跳ねた。


 そちらを見ると、並んで窓の外を見ているミミとコーちゃんが。



「見ろ、飼い主殿! 美味そうなリンゴをたくさんのせた馬車がいるぞ!」

「わ、ほんとだ! すごいね!」



 そんな彼らの可愛い背中をほっこりながら見つめる俺。


 こいつらはホント、お気楽でいいよな。心配のひとつもなさそうだ。


 だが……旅を本気で楽しむなら、これくらいのお気楽さがいいのかも。



「……よ~し! 目指すは山岳地帯の町、スカイハイヴンだ! 飛空艇に乗って空の旅を楽しもうじゃないか!」



 彼らを見習って、元気よく拳を突き上げる。


 だが、コーちゃんはそんな俺を見るなり「はしゃぎすぎだぞ飼い主殿。子どもか」と冷静に突っ込んできた。


 ……いや、お前が言うな。


 全身ナデナデの系に処してやろうか。

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