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第二十二話 黒猫

 というわけで、早速、調理開始。


 河原に焚き火台を設置して、火を起こしてから水を入れた鍋をかける。


 鍋が湯立つ間に具材を準備する。



「ふむ。まずは野菜を切るのか?」

「そうだな。コマルの市で買ってきた野菜だ」



 しいたけ、白菜、春菊、ネギ。


 そして黄金シメジなどの野菜を細かく切っていく。


 どれも新鮮で美味しそう。


 さらに、現代から持ってきた豆腐を六等分に切る。



「流石に豆腐は売っていなかったか、飼い主殿」

「ちょっと探したんだけどね。こっちで売ったら人気が出るかもしれないな」



 いろんな料理に使えるし。


 豆腐は大豆を砕いて煮て、こした豆乳ににがりを入れて作るんだが、以前に一回チャレンジしたことがある。大変だったが、なかなかに美味かった。


 そうこうしていると鍋の水が沸騰していたので、野菜とクリアランスで毒抜きした紅帝蟹を投入する。


 味付けはお手軽な鍋の素を使った。


 現代から持ってきた「プロも使ってる味白だし」という鍋の素だ。


 これが実に美味いのだ。


 湯気が出はじめたら卵を投入して蓋をする。


 野菜がしなっとなるまで煮たら完成だ。



「そろそろかな?」



 蓋を開けると、蟹の甘い香りと出汁のまろやかな香りがふわりと溢れ出した。


 紅帝蟹もいい感じに茹で上がっているし、めちゃくちゃ美味そうだ。



「お! いい香りだな! 早く食べたいぞ!」



 興奮したコーちゃんが、ぐるぐるとその場を走り回る。


 まぁまぁ、落ち着きなさい。


 バックパックから大きめの器をふたつ取り出して、蟹や野菜をたっぷりよそう。



「それでは、いただきましょうかね」

「うむ!」



 コーちゃんと一緒に手を合わせる。


 まずは紅帝蟹から。


 熱々の殻をパキッと割って、中からプリプリの身を取り出す。


 おおお、肉厚で美味しそう。


 早速、パクリと。



「……あっ、うまっ」



 思わず笑顔がこぼれてしまった。


 これはどう表現すればいいのだろう。


 普通の蟹より味がしっかりしているというか、クリーミーというか。


 モンスターの肉って全部味がしっかりしていてすごいな。


 隣を見ると、コーちゃんがハフハフと美味しそうに食べている。



「うむ、うむ! 味白出汁がいい味を出しておる!」

「出汁なだけに?」

「……今のオヤジギャグで一気に味が落ちた」



 ジロリと睨まれてしまった。


 いやいや、ちょっと待って?


 キミ、メリルさんのダジャレのときは『趣がある』って喜んでなかった?


 この落差はなによ?


 それから俺たちは、しばらくレイテル川の河原で蟹卵鍋を堪能した。


 紅帝蟹はかなりボリューミーで、一匹食べきる前に満腹になってしまった。


 甲羅や脚にぎっしりと身がついていて、普通の蟹より満足感が高い。


 二匹くらいはイケるかなと思ってたが、やはり残りの紅帝蟹はバックパックに保管しておこう。


 それに、食べきれなかった鍋の残りも。


 この中は時間が経過しないので、いつでも熱々のものを食べられるからな。



「本当にマジックバッグって便利だな」

「ふふふ……飼い主殿のリュックを無限収納にした我、グッジョブであろ?」

「マジでグッジョブすぎるよ」

「良いぞ。もっと褒めよ」



 そうして、残った具材を鍋から器に移そうとしたときだ。


 ふと背後に気配を感じた。


 もしかして紅帝蟹が戻ってきたのか。


 そう思って身構える俺だったが、背後にいたのは蟹ではなかった。



「んにゃ~ん」

「……ね、猫?」



 岩陰からこちらを見ていたのは、ふわふわの毛並みをした黒い猫だった。


 なんでこんなところに猫がいるんだろう。


 なんて首を傾げていると、黒猫ちゃんはそろっと岩陰から出てきて、恐る恐る忍び足でこちらにやってくる。


 お? なんだ? 撫でてほしいのか?



「よしよし、いいぞ。こっちにおいで」

「……にゃっ!?」



 手招きした瞬間、黒猫ちゃんはズダダッと岩陰に戻ってしまった。


 あらら。かなり警戒してるな。


 ここは美味い料理で誘い出すか。


 鍋から紅帝蟹の脚を一本手に取った。



「ほれほれ。美味しい蟹だぞ」

「……にゃ~?」



 ちらっと黒猫ちゃんが岩陰から顔を覗かせる。


 お腹が空いているのか抜き足差し足で近づいてくるけど、一定距離まで来るとまたもやダダッと元の位置に戻ってしまう。


 かなり葛藤しているみたいだな。



「だけど、こんなところに猫なんているんだな」

「なにを言っているのだ飼い主殿。そいつは猫ではないぞ。ミスティキャットだ」

「え? ミスティキャット?」



 コーちゃんに言われ、首を傾げてしまった。



「それってなに?」

「暗黒魔法を得意とするモンスターだ」

「えっ……!? あの子、モンスターなの!?」



 岩陰から出ては引っ込むを繰り返している可愛い黒猫ちゃんを見て、声を張り上げてしまった。


 そうか、モンスターなのか。


 おまけに暗黒魔法って、闇エレメントの魔法だよな?


 危険な魔法が多いとかコーちゃんが言ってたような。


 うむむ、超危険じゃないか。


 シャム猫を真っ黒にした感じで、気品と可愛らしさが両立してる俺好みの猫ちゃんなのに……。



「だが、敵意はないようだな」



 コーちゃんが黒猫ちゃんを見ながら続ける。



「蟹鍋のニオイに釣られて来たのだろう。腹が減っているのかもしれぬな」

「あ、やっぱりコーちゃんもそう思う?」


 俺たちを襲いにきたって感じじゃなさそうだよな。


 腹が減ってるなら、ごちそうしてやるしかないよな?


 ほいっと身がついた蟹の脚を黒猫ちゃんの近くに放り投げた。


 これで警戒することなく食べてくれるだろう。


 案の定、黒猫ちゃんはタタッと蟹の近くに駆け寄るとクンクンと匂いを嗅ぎはじめ、やがて「あぐっ」とかぶりついた。


 あはは、可愛い。



「もう少しあげてもいいか?」

「かまわぬぞ。我、もうお腹いっぱいである」



 蟹やら野菜やらを器に入れ、俺の足元に置いてみた。


 すると黒猫ちゃんは、タタタと無警戒で駆け寄ってくる。


 おお、一気に警戒が解けたな。


 多分、食べた蟹がうますぎたんだろう。



「にゃむ……にゃむにゃむ……あぐあぐ」



 黒猫ちゃんはこちらには見向きもせず、ガツガツと食べ始める。


 そんな慌てて食べなくても大丈夫なのに。


 相当、腹が減ってたんだな。


 あっという間に器の蟹鍋がまっさらになってしまった。



「まだ食べるか?」

「……うん、食べる」

「はいはい、ちょっと待っててな」



 器に追加で蟹をドサリと入れる。


 再び器を地面に置こうとして、黒猫ちゃんがなにかおかしな反応をした気がして聞き返した。



「……ちょっと待て。今、喋らなかった?」



 あまりに普通に返事されたのでスルーしかけちゃったけど。



「うん、喋ったよ~」



 にゃおん、と嬉しそうに鳴く黒猫ちゃん。


 え、嘘? 普通に喋れるの?



「この蟹、すごく美味しい。わたし、もっと欲しいな~」

「お、おう。ちょっと待っててな」

「うわ~、ほんと? ありがとう~」



 おすわりして尻尾を優雅にくねくねさせる。


 ううむ……いきなり心を開かれて、なんだか調子が狂うな。


 いや、喋る猫ちゃんとか最高なんだけどさ。


 大盛りの蟹鍋を黒猫ちゃんの傍に置いた。


 瞬間、ズガガッと光の速さで食らいつき、瞬きする間に器が綺麗になった。



「おかわり欲しい~」

「はやっ」



 なんちゅう食欲だ。


 体のサイズは子猫くらいなのに、一体どこに入っているんだ?


 コーちゃん以上の食欲じゃないか。


 もしかしてモンスターってこれが普通なのか?


 それから黒猫ちゃんは「おかわり欲しい~」を三回ほど繰り返し、作った蟹卵鍋が丁度なくなったタイミングで満足してくれた。



「ぷはぁ……すごく美味しかったよ~、ありがとう~」

「そりゃあよかった」



 これ以上おかわりを要求されたら、蟹鍋を作り直さなきゃいけなくなるところだった。



「じゃあ、俺たちもごちそうさまにしようか。コーちゃん?」

「うむ、そうだな」



 黒猫ちゃんも一緒に、手を合わせてごちそうさま。


 器用に手を合わせる黒猫ちゃん、可愛すぎる。



「んじゃ、片付けるからちょっと待っててな」

「承知した」



 川で軽く調理器具や食器を洗って、バックパックの中に入れる。


 食べ終わった紅帝蟹の殻も袋に入れてしまっておくことにした。


 ゴミをここに放置するわけにはいかないからな。


 しかし、今までに出たゴミもすべてバックパックの中に押し込んでるけど、どこかで処理したほうがいいよな。


 無限収納だから放置しておいても問題なさそうだが、気分的にちょっとイヤだし。フレイムの魔法で一気に燃やしちゃうか?


 ゴミ箱の魔法なんてものがあるとありがたいんだけどな。



「……よし、これでオッケーだな」



 ものの十分ほどで片付けは完了。


 バックパックをよいしょと背負う。



「じゃあ、コマルに帰ろうか」

「であるな」

「うん!」



 コーちゃんに続き、黒猫ちゃんも元気よく返事をした。


 そのままみんなで出発しようとして、踏みとどまる。



「……いやいや、お前はお家に帰りな?」

「えっ」



 黒猫ちゃんが唖然とした顔をする。


 いやいや、「どうして!?」みたいな顔してるけど、むしろこっちがどうしてなんですけど?



「お前を町には連れてはいけないよ」

「わたし、あなたの料理が好きになったの。だから一緒に行きたいの。だめ?」

「……うっ」



 反射的に「いいよ」と言いかけてしまった。


 そ、そんなキラキラした目で俺を見ないでくれ……。



「どうやら飼い主殿は懐かれてしまったようだな」



 戸惑いまくってる俺を見て、コーちゃんが諭すように言う。



「従魔契約をしてみてはどうだ? 飼い主殿は猫好きでもあるだろう?」

「いやまぁ、好きだけどさ……」



 こんな場の勢いで旅のお供を増やしてもいいのか?


 それに従魔契約とか、こっちが勝手に決めて怒られない?



「…………」



 だが、黒猫ちゃんは「ほら、契約しちゃいな〜?」と言いたげに、小首を傾げてジッとこちらを見つめてくる。



「……お、俺と契約するか?」

「うん。する」



 黒猫ちゃんは、一瞬の躊躇もなくこくりと頷いた。


 即決だった。


 ……まぁ、本人がいいって言ってるなら、大丈夫か。


 コーちゃんに従魔契約の方法を聞いたところ、「お互いに従魔契約を結びたいと思うだけ」でいいらしい。



「ゆえに、もう済んでおる」

「マジですか」

「冒険者証を確認してみよ」


 バックパックから冒険者証を取り出した。


────────

 従魔契約:ミスティキャット

────────


「……うわ、本当だ」



 冒険者証に確かにミスティキャットの文字が。


 こんな簡単に従魔契約ってできちゃうのか。


 しかし……これで新たな旅のお供が増えたわけだな。


 右手にコーギー、左手に黒猫。


 ブリーダーかな?



「……とりあえず、よろしくな?」



 黒猫ちゃんの頭を撫でてみる。


 すると黒猫ちゃんは嬉しそうに声を張り上げる。



「うん! よろしくね、飼い主殿さん!」

「あ、俺の名前は飼い主殿じゃなくて、ユウマだよ」

「ユウマ! いい名前!」

「ありがとう。お前のことはなんて呼べばいい?」

「わたし? なんでもいいけど、ユウマが名前つけて!」

「……え? 俺が?」



 そんな重要な役割を任されていいのだろうか。


 だが、黒猫ちゃんは期待のこもった視線を俺に向けている。


 この人なら絶対いい名前を付けてくれるという絶大なる信頼を感じる。



「……よ、よし、わかった」



 ここは超絶センスを発揮して、可愛い名前をつけてあげようではないか。


 黒いフワフワの毛並みだからフワちゃん……はちょっと安直な気がするな。


 特徴的なのはフワフワの耳だよな。


 猫耳……耳……ミミ。



「よし決めた。お前はミミだ!」

「……ミミ!?」



 黒猫ちゃんが、ぱあっと満面の笑みを浮かべる。



「すごくいい名前! ありがとう、ユウマ!」



 気に入ったのか、ぴょんぴょんと駆け回る黒猫ちゃん改め、ミミ。


 そんなに喜んでくれるなんて、名付けた俺も嬉しいぜ。



「…………」



 だが、隣で俺たちの会話を聞いていたコーちゃんは至極不満げだった。



「飼い主殿のネーミングセンスは売り切れのようだな」

「う、うるさいな」



 なんだよ売り切れって。失礼な。


 そういえば「コーちゃん」って名前もダサいとか文句言ってたっけ?


 俺のネーミングセンスを理解できないなんて、終わってないか?



「そうだ! ユウマにわたしの得意な魔法を教えておくね!」



 と、ミミが嬉しそうに続ける。



「わたし、物質分解の暗黒魔法が使えるんだ! だから、さっきのゴミは全部処理できるよ!」

「……え? マジで?」



 ミミいわく「イグレクト」という魔法らしい。


 対象の物体を分解・消去できるのだとか。


 なにそれ。便利すぎない? 俺が欲しいって思ってたまんまの魔法じゃん。



「清々しいほどのご都合展開だな」



 くうん……と悲しそうな声で鳴くコーちゃん。


 ……いや、メタ発言やめな?


 ご都合展開だろうと、可愛い黒猫ちゃんが言ってるんだからいいじゃないか。


 可愛いは正義だろ。

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