第二十話 ミノタウロスの牛タン巻き
冒険者ギルドでスカーレットボアを買い取ってもらい、懐が温かくなった俺は、その足で広場へと戻ってきた。
広場で開かれている市は、たくさんの人たちで賑わっていた。
さっきより増えている感すらある。
太陽の位置を見るかぎり正午を過ぎたくらいだし、町の人たちも活動的になったのかもしれないな。
「……あ、美味しそうな香りがする」
なにやら炭火であぶられた芳ばしい香りが風に乗って運ばれてきた。
どうやら串焼き屋のようだ。
長い串には肉と野菜、さらにおにぎりみたいなものが刺さっていた。
なるほど。おにぎりの中に具を入れるんじゃなくて、串で一緒に食べるスタイルか。面白いな。
「いらっしゃい!」
屋台で肉を焼いていたお兄さんが声をかけてきた。
「ひとつどうだい、兄ちゃん!? ウチの串焼き『山豚の薪火串』は最高に美味いぜ!」
なにそれ。名前からしてすごく美味しそうだな。
「じゃあ、二本いただこうかな」
「まいど! 焼き立てを準備するからちょっと待っててくれ!」
屋台のお兄さんは、慣れた手つきで串に肉と野菜、それにおにぎりを刺すとタレを塗って炭火で焼き始める。
すぐにジュウジュウと肉の焼ける音と、甘いタレの香りが。
「これは間違いなく美味いな、飼い主殿……」
「そうだな」
コーちゃんと一緒にごくりとよだれを飲み込んでしまった。
ものの数分で、こんがりと焼けた「山豚の薪火串」が完成した。
「お待たせ! 焼き立ての山豚の薪火串、二本ね! 銅貨二枚だよ!」
「ありがとうございます」
銅貨二枚をお兄さんに渡してふたり分の串をもらう。
ひとつ銅貨一枚。つまり、百円ってことか。めちゃくちゃリーズナブルだな。
早速、コーちゃんと一緒にガブリと食らいつく。
「うわっ、なにこれうまっ!」
野菜、肉、ご飯の順番で串に刺さっているんだが、野菜は甘みが強く、肉は柔らかくてジューシー。最後のご飯はバター風味だった。
ひとつひとつ食べてもいいし、同時に食べても非常に美味い。
コーちゃんもいたく気に入った様子で「あぐあぐ」と美味しそうに食べていたが、ペロリと食べ終わってひと言、
「すごく美味であったが、飼い主殿の料理のほうがいいな」
と感想を漏らした。
コーちゃんってば、嬉しいことを言ってくれちゃって。
今度料理を作るときは大盛りにしてあげましょうかね。
腹を満たしたところでコーちゃんと一緒にテントを見て回ったのだが、本当に色々なものが売られていた。
綺麗な刺繍が施された絨毯が売られている店に、カラフルな衣服が売られている店。木の実や肉が並んでいたり、モンスターの骨や羽、爪が売られたりしている怪しい店もあった。
武器や防具が売っている店もあったのが実に異世界っぽい。
ひときわ目立つ赤い大きなテントは場長のテントで、ここでお金を支払えば誰でも出店できるようだ。
ギルドでモンスターを解体してもらって、ここで素材を売っても良いかもしれないな。
「そこの旦那! どうだい、見ていきなよ!」
中年の商人から声をかけられた。
だぶっとしたエジプトの民族衣装っぽい服を着ている。
もしかすると砂漠の民なのかもしれない。現代知識だが、産熱量を減らすためにこんな服装をしていると聞いたことがあるし。
そんな商人さんの前にズラリと並んでいるのは、果物や木の実だ。
カラフルな色合いで、甘い香りがする。
赤いジャガイモや白いニンジン、さらには金ピカに輝くトマトもある。
「ここらへんじゃ買えない珍しい食材を取り寄せてるよ!」
「この中で一番珍しいものってなんです?」
「これだね。南国のホワイトリーフ島で満月の夜にしか採れない黄金シメジだ」
商人さんが見せてくれたのは、カゴに入った黄金のキノコだった。
シメジと言っていたけど、形状的にはエリンギが近い。
柄の部分は普通に白いのだが、傘の部分が黄金色に輝いている。
これは……美味しそうというより、高そう。
「どうやって食べるんです?」
「焼いてもいいし蒸してもいい。俺のおすすめは肉巻きだな」
「肉巻き?」
「豚の肉で巻いて焼くんだよ。最高に美味しいぜ」
「肉で巻く……あっ」
それを聞いてピンとひらめいた。
見た目からエリンギっぽいし、牛タン巻きにしたらすごく美味しそうだな。
よし、今日は牛タン巻きにしてみるか。
とりあえず十本買ってみたけど、銀貨五枚も取られてしまった。
金貨百枚ある俺にとっては微々たる出費だけど、エリンギ十本で五千円って高くないか? そのくらい美味いのかな?
ついでに、オクラとクレソンも買った。
クレソンは辛味がある多年草で、肉との相性が抜群なのだ。
こいつらもタン巻きにしてやろう。
「ふむ。その食材でなにか料理を作るつもりだな?」
興味津々と言った様子で、尻尾を振りながらコーちゃんが尋ねてきた。
「そうだよ。牛タンを使って肉巻きにしようかと」
「おお、牛タンか! では肉屋にも行こう!」
「それは大丈夫。すでに美味しいタンを手に入れてあるから」
「……む? そうなのか?」
首を傾げるコーちゃん。
いつの間に買ったのだ、と不思議そうな顔をしている。
へっへっへ。一級品の牛タンがあるから楽しみにしといてよ。
買い物を済ませ、俺たちは冒険者ギルドの隣にある宿屋へと向かった。
俺たちを出迎えてくれたのは、鉄で作られた巨大な窯だ。
巨大な鍋の上に煙突がついた蓋がしてあり、その煙突から蒸気が出ている。
なにやらすごくいい香りがする。お香みたいなものなのかもしれない。
それ以外は冒険者ギルドの内装と似た雰囲気で、板張りのおしゃれな床に談笑できそうなテーブル。奥には食堂みたいなものもある。
ていうか、すごく綺麗だな。
ゴミのひとつも落ちてない。冒険者ギルドに入ったときも思ったけど、この世界の人たちって綺麗好きなのかもしれない。
窯の奥にカウンターがあって、おばさんが立っていた。
三日ほど泊まりたいと伝えると、一泊銅貨五枚だと教えてくれた。
一泊で銅貨五枚……五百円って安すぎない?
あの美味い串焼きは銅貨一枚だったし、全体的に物価が安いのかな?
だが、黄金シメジは結構高かったよな……ううむ、良くわからん。
先払いで三日分の宿泊料を支払うと、部屋の鍵を渡された。
部屋は二階の角部屋だった。
入口の扉を開けてびっくりした。
広さは八畳くらい。天井は高く、カーテンがついた大きな窓が三つある。部屋には大きなベッドがひとつあって、天蓋みたいなものがついている。
さらに、窓から「巨人の足」平原の美しい景色が一望できた。
市場の喧騒もあまり聞こえないし、最高のシチュエーションだ。
ただ、風呂やトイレは部屋になく、中庭に共用のものあるのでそこを使うらしい。それはちょっと不便だけど、一泊五百円とは思えない快適さだ。
「それで、牛タンの肉巻きはどこで作るのだ?」
コーちゃんがちょいちょいとズボンの裾を引っ張る。
聖獣フェンリル様は、快適な部屋よりも美味い食事をご所望らしい。
ったく、こいつはホントに。
……まぁ、その気持ち、すごくわかりますけどね!
「そうだな……庭で焚き火するわけにもいかないし、キッチンを借りられないか聞いてみようか」
再び一階のカウンターへと戻る。
店主さんに尋ねたところ、追加で銅貨一枚を支払えばキッチンを借りることができるらしい。
それくらいなら全然支払える。
というか、お金はたくさんあるんだし、高級な宿屋に泊まってもよかったか?
でも、庶民的な場所に泊まってこその旅行って感じもするしな。
まぁいいか。なにはともあれ、料理を始めようか。
コーちゃんとキッチンに向かう。
ロビーや部屋だけではなく、キッチンも綺麗に整理整頓されていた。
大きな窯があって、鍋をかけるコンロのようなものもある。
使っていいのは、このコンロと窯、それと薪だ。
調理器具は自前のものを使わなくてはいけないらしいが、薪が無料とは実に良心的だな。
「それじゃあ、料理開始と行きましょうかね」
バックパックを下ろして、中から調理器具や食材を取り出す。
フライパンにナイフ。さらに、先ほど買ったオクラにクレソン。
そして、黄金シメジという名のエリンギ。
まずは黄金シメジを細く切っていく。オクラは縦に半分に。クレソンは大きさを揃えて切る。
「コレを牛タンで巻いて、塩を振って焼けば完成。どう? 簡単だろ?」
「ほほう……頑張れば我でもできそうなくらい簡単な料理だな。しかし、主役の牛タンはどこにあるのだ?」
「ここだよ」
ポンポンとバックパックを叩く。
マジックバッグから取り出したのは、布でくるんだ大きな肉。
コーちゃんの鼻がヒクッと動く。
「……もしやそれは、先日倒したミノタウロスか!?」
「そう。ミノタウロスのタンだよ」
「なるほど! 考えたな!」
ミノタウロスは牛だから、牛タンという表現に偽りはない。
野営地で餃子にして食べたミノタウロスの肉の美味さを考えると、タンも一級品の可能性が非常に高い。
普通の牛タンよりもずっと美味いはずだ。
浄化魔法をかけてから、薄くミノタウロスのタンを切っていく。
「タンは、なるべく大きい部分を使うのが美味しくなる秘訣なんだ」
「う、美味そうだな……」
ゴクリ、と唾を飲み込むコーちゃん。
このまま喰らいつきたいと言いたげな目だけど、我慢してもらう。
薄く切ったタンでエリンギを巻いていく。
味に変化を出すために、オクラやクレソンを巻いたものも作った。
これに塩、こしょうを振ってフライパンでじっくり焼いていく。
ジュウジュウといい音が、キッチンに広がる。
いい感じの焼色がついたら、皿に移して小ねぎを散らす。このねぎは現代から持ってきたものだ。
買ってから数日が経つけれど、マジックバッグのおかげで新鮮そのものだ。
「……よし、これでミノタウロスの牛タン巻きの完成だ」
「おおお! よき香りだ!」
コーちゃんの尻尾は千切れそうなくらいに激しく動いている。
冷めないように料理をマジックバッグに入れてから、キッチンをササッと片付け部屋に戻る。折角だから、最高の景色を眺めながら食べたいし。
窓辺にテーブルを持ってきて、コーちゃんと一緒に座る。
「それでは、いただこうか。コーちゃん」
「うむ、そうしよう」
まずは黄金シメジが入ったものを頬張る。
口に入れた瞬間、コーちゃんが驚いたような顔をした。
「おおっ、これは!」
「……うん、美味いね」
特にこの黄金シメジがいい。
ミノタウロス牛タンのしっかりした歯ごたえとキノコのシャキシャキした食感がマッチしていて、超厚切り牛タンを食べている感じがする。
おまけに、牛タンの脂がキノコの繊維に染み込んでいて、めちゃくちゃジューシーだ。
続いてオクラとクレソンの肉巻きもパクっと。
……うん。こっちも美味い。オクラも独特の臭みが消えていて美味しいし、クレソンは辛味と牛タンの脂がよく合う。
「……あ、そうだ」
俺はおもむろに、現実世界から持ってきた赤ワインをバックパックから取り出した。こういう料理にはピッタリの飲み物だよな。
キャンプ用のチタンマグカップに注いで、肉巻きと一緒にいただく。
じっくり焼いた肉を噛み、旨みがジュワッと口の中に広がったところでワインを流し込む。
口の中で溶け合う果実の酸味と、タンの濃厚な脂……。
控えめに言って、最高すぎる組み合わせだ。
「はぁ……幸せだなぁ」
思わずため息のような声が漏れ出てしまった。
窓から望む、美しい異世界の景色。
そして、筆舌に尽くし難いほどに美味い、モンスター料理。
──うん。
これぞ、俺が求めていた異世界旅行だ。
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