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第十九話 サラリーマン、大金を得る

 不安を抱えたまま、メリルさんの後ろをついていく。


 カウンターに戻るのかと思いきや、階段を登って二階へ。



「どうぞ、お入りください」



 メリルさんに案内されたのは、静かな個室だった。


 絨毯が敷かれていて、テーブルとソファーがある。細かい刺繍で装飾されているし、実に高そうな雰囲気がある。壁には絵画がずらりと。


 え? もしかしてここ、VIPルーム?


 促されたので、メリルさんと向かい合うようにソファーに腰かける。


 コーちゃんは俺の隣に。



「やっぱりユウマさんって、すごいお方だったんですね」



 どこか感激した様子でメリルさんが口を開いた。



「すでにタイニーオークに行ってスカーレットボア狩りをしていたなんて」

「……え? すでに?」



 というのはどういう意味だろう?



「タイニーオークにスカーレットボアが大量発生しているという話はこちらにも届いていたんです。それで、近々ゴールドクラスの冒険者さんたちの『合同討伐依頼』が発注される予定でして」

「ああ、そうだったんですね」



 その話を聞いて納得してしまった。


 なんでゴールドクラスのスカーレットボアがあんなにいるのか不思議に思ってたけど、異常発生していたのか。


 メリルさんいわく、その合同討伐依頼というのが先ほど教えてもらった領主様から発注される特別依頼なのだとか。



「ユウマさんも是非いかがです?」

「いや、俺は遠慮しておきますよ。すぐに次の町に行く予定ですし」

「え? そうなのですか?」

「はい。世界を旅している途中なので」

「旅ですか。いいですね。コマルの次はどこに行かれる予定なんですか?」

「あ~……そうですね」



 全くなにも考えていなかったな。買い取り査定に時間がかかるなら、今のうちに次に行く町の検討を付けておこうかな。



「あのメリルさん、ここに地図ってありませんか?」

「地図?」

「今のうちに次に行く町を決めておこうかなと。生憎、携帯しているのがタイニーオーク近辺の地図だけで……」

「なるほど、そういうことですね。少々お待ちください」



 そう言って、メリルさんが部屋を出ていく。


 しばらくして、彼女はノクタニア全土をカバーしている大きな地図を持ってきてくれた。


 これはありがたい。コマル近辺にある町が一発でわかる。


 メリルさんが小指で髪をかき上げながら、地図に視線を下ろす。



「コマルから一番近い町といったら……スカイハイヴンですかね。それでも結構な距離がありますが」



 彼女が指をさしたのは、コマルの北にある山岳地帯だった。



「山岳地帯の町ですか?」

「はい。スカイハイヴンは鉱山の町なのですが、飛空艇の発着場もありまして、観光の町としても親しまれています」

「……飛空艇?」



 その言葉に、ぴくりと反応してしまった。



「それってもしかして、空を飛ぶ船ですか?」

「そうです。なにせ標高が高い場所にある町ですからね。空を飛ぶ船で人や物資を運んでるんです」

「おお、それはすごい!」



 俄然興味が出てきたぞ。


 空を飛ぶ船ってことは、現代の飛行機とは違うってことだよな?


 一体どんな見た目なんだろう? 是非とも見てみたい!



「次の目的地はここでもいい? コーちゃん」

「うむ、かま……わふっ!」



 途中まで言いかけ、元気よく吠える。


 流石に二度目はヤバいかなと思ったが、メリルさんは怪しむ様子もなく笑顔でコーちゃんの頭を撫ではじめた。



「ふふ。ちゃんとユウマさんの言葉を理解していて偉いですね〜」

「わふわふ」



 キラキラとした目で愛嬌を振りまくるコーちゃん。


 ああ、良かった。


 というか、俺も人前でコーちゃんに話しかけるのは控えておかないとな。



「ありがとうございます、メリルさん。次の目的地はスカイハイヴンにしようと思います」

「お力になれて良かったです」



 まぁ、出発するのはコマルの町で「食」を堪能してからだけど。


 なんてやっていると、扉がノックされた。


 現れたのは、買い取り屋のドワーフさんだ。



「待たせたな」



 ドワーフさんはにやりと笑うと、メリルさんの隣にドスンと腰を下ろした。



「お前、ユウマといったな」

「え? あ、はい。そうです」

「またいい獲物をゲットしたらウチに持ってこい。高値で買ってやる」

「あ、ありがとうございます。でも、あまりこの町には長居しない予定で」

「な、なんだと?」



 ギョッとした顔をするドワーフさん。


 彼に軽く事情を説明すると、ひどく残念そうな顔をした。



「……なるほど。そういう事情なら仕方がねぇか。お前の名前は覚えておくぜ」



 そう言って、ドサリと大きな麻袋をテーブルにのせた。


 ジャラリとコインの音が響く。


 買い取り金ということなのだろうが、なかなかいい額になったのでは?



「今回の買い取り金額は、金貨百枚だ」

「おお! 金貨ひゃくま……え?」

「えっ?」



 俺と同時にメリルさんも変な声を出した。


 ええと……金貨百枚? 聞き間違いかな?



「すみません。今、いくらと言いました?」

「金貨百枚だ。スカーレットボア六体の買い取り金額としちゃ妥当だが……足りないか?」

「えええええっ!? 金貨百枚!?」



 思わずソファーから滑り落ちそうになってしまった。


 金貨百枚だって!? 


 金貨一枚が一万円だから、単純計算で百万円ってことだよな!?


 旅は楽になったけど、初手から百万円相当のモンスターを仕留めちゃったら変な噂になってしまうのではなかろうか。


 トラブルに巻き込まれそうだし、あまり目立ちたくないのだが……。



「あ、あのユウマさん?」



 震える声でメリルさんが切り出す。



「一応ご報告ですが、金貨百枚は当ギルドの歴代最高買取金額を更新してます。それもダブルスコアで……」

「ダブルスコア」



 それはすごい。いやもう、すごいとしか言えない。


 ちなみに、ドワーフさんがこの部屋に案内するようメリルさんに言ったのは、トラブルを避けるためだったらしい。


 お気遣い本当にありがとうございます。


 下で金貨百枚のやり取りなんてしてたら確実に目立ってましたよ。



「とにかく受け取ってくれ、ユウマ。これは正当な額だからな」

「で、ではありがたくいただきます」



 麻袋をバックパックの中にしまって、メモに【金貨百枚】と書き残す。


 これで賊に襲われても奪われることはないだろうが、早めに町を離れたほうがよさそうだ。


 部屋を出て、一階のカウンターまでメリルさんに案内してもらう。



「それでは、またなにかありましたらいつでもお越しください」

「ありがとう、メリルさん」



 またスカーレットボアを買い取ってもらうなんてことはなさそうだけど。


 それに、金貨百枚もあればしばらくお金に困らなさそうだし。


 喧騒に包まれたギルド内をそそくさと出る。


 変な輩にからまれやしないかと警戒したけど、そんなことはなかった。


 町を行き交う人々は、俺のことを見向きもしない。


 こういうときにチンピラみたいな冒険者に絡まれるってのが、よくあるパターンだと思ったのだが。



「……ふむ。トラブルはなさそうだな」



 コーちゃんが周囲を見回しがら言う。



「喧嘩や犯罪行為はご法度だと決められているからであろうが」

「だとしても素直すぎない?」



 犯罪者に常識を求めるのはナンセンスでしょ。


 だけど、本当にトラブルはなさそうだし。


 ううむ。実はこの世界……想像しているよりずっと平和なのかもしれない。

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