第十八話 冒険者ギルド
「……おお」
店の中を見て、俺は思わず驚きの声が出てしまった。
冒険者ギルドの内はすごく綺麗で、おしゃれな酒場みたいな雰囲気があった。
そんな冒険者ギルドの内装で最初に目についたのが、巨大な雄牛のハンティング・トロフィーだ。
昨日倒したミノタウロスと同じ見た目。
多分、この冒険者ギルドで依頼を受けた誰かが倒したんだろうな。
ギルドには長テーブルや丸テーブル、それにテーブルに見立てた樽が置いてあって、冒険者と思わしき人たちが思い思いに談笑している。
受ける依頼を吟味したりしているのかもしれない。
そんな彼らを横目に、ギルドのど真ん中にあるカウンターに向かった。
ハンティング・トロフィーが飾られた円形のカウンターに、制服を来た女性が何人か立っている。いかにも職員って感じだ。
彼女たちが受付嬢だろう。
「こんにちは」
ひとりの受付嬢が微笑みかけてくる。
長い黒髪に青色の目。モデルみたいに綺麗な女性だ。
「本日はどのようなご要件でしょう?」
「ええと、登録をしたいんですが」
「ご登録ですね。承知いたしました。私、メリルが担当させていただきます」
そう言って、メリルさんはカウンターの下から一枚の紙と羽根ペンを取り出した。
「まずはこちらの申込用紙に記載ください。読み書きはできますでしょうか?」
「あ~……無理かもですね」
申込用紙に書かれていたのは見知らぬ文字。
なんて書いてあるのかすらわからない。
「承知いたしました。でしたら私が代筆しますね」
「あ、ありがとうございます」
すごい。代筆もしてくれるのか。
メリルさんは俺に色々と尋ねながら、登録用紙に記載していく。
名前、年齢。続けて出身地と得意技能を聞かれた。
「……その『得意技能』っていうのはなんです?」
「剣術流派に所属されているのであればそちらをお教えください。魔法資格をお持ちでしたら、所属されている協会名を。なければなしでも構いませんが、斡旋できる依頼が制限されてしまいます」
「なるほど……」
習得している技能によって紹介できる依頼のランクが変わるのか。
まぁ、依頼は受けるつもりはないのでなしでいいが。
出身地は日本。
適当にごまかしてもよかったが。
「知らない国ですね……どこにあるのですか?」
「あ~……ずっと東の果てですね」
「そんな遠い場所からいらっしゃったんですね。ノクタニアの外からいらっしゃった方だとは思っていましたが」
メリルさんは、俺の服を見ながら続ける。
「初めて見る素材で作られているようにお見受けしますが、それもニホンという国で売られている服なのですか?」
「そ、そうですね」
あはは、と苦笑いする俺。
確かにそこら辺を歩いている人たちと比べると異様な格好だよな。
撥水性の高いアウトドア用のパーカーだけど、ナイロンとかないだろうし。
この世界に馴染むために服装を変えたほうがいいかな?
だが、利便性を考えるとこっちの服装がいいからな。
目立つかもだが、このままの格好でいるか。
それからメリルさんにギルドのルールを説明してもらった。
──と言ってもごく基本的なものだが。
喧嘩はご法度とか、犯罪行為が確認された場合ライセンスが剥奪される……などなど。
「ランクによって、特別な依頼を発注させていただくこともあります」
「特別な依頼?」
「はい。依頼主が領主様や国王様レベルの特級依頼です」
こ、国王レベル? そんなものがあるんだな。
冒険者はアーノルドさんたちとしか会っていないが、国家戦力レベルの力を持った冒険者もいるのかもしれない。
登録料の銅貨三枚を渡し、冒険者証を発行してもらう。
「お待たせいたしました。こちらがユウマさんの冒険者証と認識票になります」
渡されたのは、アーノルドさんが首から下げていた小さなプレートがついたネックレスと、クレジットカードのようなものだった。
プレートの色はくすんだ銅色。
カードはプラスチックではないと思うが、軽量ですごく硬い。
それに触れると冒険者証の上にホログラフィックのようにステータス画面が表示された。
──────────────
名前:ナベシマ・ユウマ
ランク:ブロンズ
──────────────
冒険者ランクはブロンズ。
一番下のランクだ。
冒険者ランクは「ブロンズ」から「アダマント」まで七段階に分けられているらしい。
登録したてなのでブロンズランクなのはいいとして、習得魔法がすごいことになっていた。
──────────────
レベル:5
攻撃力:15
防御力:7
知力:110
習得スキル:なし
習得魔法:クリアランス、フレイムボム、フレイム、ウインドカッター、フリーズ
──────────────
「……ちょ、ちょっと待ってくださいっ!? ユウマさん、四属性も魔法が使えるんですか!?」
メリルさんの声が冒険者ギルドに響き渡る。
テーブルで談笑していた冒険者さんたちが、一斉にこちらを見た。
「……あっ」
メリルさんが、サッと指で口元を抑える。
「も、申し訳有りません。取り乱してしまいました」
「い、いえ大丈夫ですよ。あはは」
思わず苦笑い。
やっぱり複数のエレメントを行使できるのって珍しいんだな。
「し、しかしすごいですね。光、火、風、水のエレメントを使いこなせているなんて。もしかして高名な魔道士様のお弟子様とか?」
「え? あ~、どうでしょうか?」
ちらりと足元を見ると、コーちゃんが「我、高名である」と言いたげに、ドヤ顔でこちらを見ていた。
高名かどうかは疑問だが、師匠がすごい魔道士であることには間違いない。
「これほどの魔法が使えるのなら、シルバー……いや、ゴールドクラスでもいけますよ。昇級試験を受けてみてはどうでしょう?」
ササッと申込用紙とは別の紙を取り出すメリルさん。
実に手際がいい。
ゴールドクラスって結構すごい存在みたいだし、活動拠点にしてくれたらこのギルドにもメリットがあるのかもしれないな。
受けるつもりはないけど。
「申し訳ないですが、昇級試験は遠慮しておきます。それに、依頼も受けるつもりはなくて」
「……え? そうなのですか?」
「はい。冒険者ギルドに登録したのは、モンスターの買い取りをしてほしいからなんです」
「買い取り、ですか」
「これなんですけど」
バックパックの中からスカーレットボアを取り出した。
瞬間、メリルさんの顔が真っ青になる。
「スッ、スッ、スカーレットボアァァァアア!?」
メリルさんの声が響くと同時に、ギルド内がざわめき出す。
「こっ、これ……ユユ、ユウマさんが討伐されたのですか!?」
「え? はい、そうです。カバンの中にあと五体あります」
「んごっ……」
白目を剥いて卒倒しそうになるメリルさん。
ど、どうしたんだろう? もしかして、倒し方が雑すぎたとか?
「あの、ユウマさん? もしかしてご存じではない?」
「……え?」
「スカーレットボアは、アレと同じゴールドクラスのモンスターですよ?」
メリルさんが指さしたのは、頭上に飾られたハンティング・トロフィー。
牙を剥いて襲いかかろうと身構えているミノタウロスだ。
「…………」
天井を見上げ、しばし考える俺。
へぇ。タイニーオークで大量に現れたスカーレットボアって、ミノタウロスと同じくらい危険な相手だったんだ。
……いや、聞いてないですけど?
「コーちゃん、スカーレットボアってゴールドクラスだったんだな……」
「そのようだな」
スッと視線をそらすコーちゃん。
こ、この聖獣、本当に人間界の常識に疎すぎだろ。
ゴールドクラスのモンスターをこれ見よがしに出すなんて、初手からヤバいことやっちゃったじゃん!
「と、とりあえず、こちらへどうぞ」
メリルさんに案内されたのは冒険者が集まるロビーのさらに奥だった。
モンスターの買い取りは別の場所でやっているらしい
いくつか扉をくぐり、広い部屋にたどり着く。
「……おお」
その光景に思わずため息のような声が漏れ出てしまった。
まず目についたのは、吹き抜けの天井から下げられた巨大なひし形の水晶だった。まるで海の一部を切り抜いてきたかのように、水晶の中でキラキラと光が踊っている。
「あれは魔素を中和する魔法石ですよ」
そう説明してくれたのは、メリルさんだ。
ここにはたくさんのモンスターの死体が保管されているため、あの魔法石がないと大気中に高濃度の魔素が滞留してしまうのだとか。
吹き抜け部分から見える二階、三階部分はすべてモンスターの死体を保管している場所らしい。
ここから見ても、かなりの量を保管しているのがうかがい知れる。
そんな光景に感心していると、メリルさんがひとりの男性に声をかけた。
「……あん? モンスターの買い取り?」
ジロリと男性がこちらを見る。
年齢は四十代くらいだろうか。
眉が太く、ヒゲモジャで、筋肉が異様に発達している。
どこか北欧のヴァイキングのような雰囲気があるけど、背が小さい。
この人……多分ドワーフだな。
す、すごい。まさかリアルドワーフに会えるなんて。
そんなドワーフさんが続ける。
「もちろんやってるぜ? 冒険者証を出しな、兄ちゃん」
「は、はい」
先ほどメリルさんに貰った冒険者証を渡す。
メリルさんも興味津々といった感じで、ドワーフさんの傍でジッと成り行きを見守っていた。
「……なんだ登録したばっかりじゃねぇか。冒険者になる前なのにモンスターを狩ったのか?」
「そ、そうですね。森で襲われてしまって」
「なるほどな。で、なんのモンスターなんだ? ゴブリンか? スライムか?」
「ええっと……スカーレットボアですね」
「…………」
部屋がしんと静まり返った。
ギルドのロビーで語り合う冒険者たちの声がうっすらと流れてくる。
「ええと……なんだって?」
ドワーフさんが尋ねてきた。
「もう一回言ってくれねぇか?」
「は、はい。スカーレットボアです」
「……どわっはっはっは!」
ドワーフさんのどデカい笑い声が響く。
「スカーレットボアだぁ!? 冗談のつもりだろうが、もっとそれっぽい嘘をつけよ兄ちゃん! ゴールドクラスのモンスターじゃねぇか!」
「そうみたいですね」
俺もさっき聞きました。
まぁ、新参がゴールドクラスのモンスターを買い取ってくれなんて言って信じる方がおかしいもんな。
というわけで、バックパックの中からスカーレットボアを取り出した。
「……はぇ?」
ドワーフさんの笑顔が凍りつく。
「ちょ、ちょっと待て。こりゃあ……マジでスカーレットボアじゃねえか!?」
「魔法で真っ二つにしてしまったので状態はあまりよくないかもしれませんが、全部で六体あります」
「ろ、ろ、六体だと!?」
「はい」
俺はバックパックの中に手を突っ込み、合計六体のスカーレットボアを取り出した。
取り出した死骸を見て、ドワーフさんが目を丸くする。
「……お、おいおい、なんだこりゃ。ついさっき倒したみたいにめちゃくちゃ新鮮じゃねぇか。どこでこいつを仕留めたんだ?」
「タイニーオークの森です」
「はぁ!? タイニーオーク!? ここから歩いて二日はかかる場所だぜ!? どうやってこんな鮮度を保ったまま運んできたんだ!?」
どうやら新鮮さに驚いているらしい。
実際、スカーレットボアを倒したのはひと月前だが、マジックバッグのお陰でついさっき倒したかのような雰囲気なんだよな。
「というか、兄ちゃんひとりでこの六体のスカーレットボアを仕留めたのか?」
「いえ、俺とコーちゃんのふたりですよ」
ぽんとコーちゃんの頭を撫でる。
それを見て、首を傾げるドワーフさん。
「……コーちゃん? 従魔か?」
「いえ、この子は聖じゅ……じゃなくて犬です」
「我は犬だ」
うむ、と頷くコーちゃん。
即座に抱きかかえ、口を押さえる。
だけど一足遅かったらしい。
メリルさんとドワーフさんは目を丸くしていた。
「い、今、喋りませんでした?」
「いえ、気のせいですね」
完全にあなたたちの幻聴です。
コーちゃんに「喋ってないよな?」と尋ねると、元気よく「わふっ!」と答えてくれた。
ほら、喋ってない。
「ま、まぁいい」
ドワーフさんがヒゲをさすりながら続ける。
「とりあえずこのまま買取査定をさせてもらうから、別室で待っててくれないか? メリル、個室に案内してやってくれ」
「しょ、承知しました」
買取申込書というものにサインをして、部屋を後にする。
ロビーに戻ると、遠目からこちらを見ている冒険者さんたちの視線が。
なにやらヒソヒソと話している。
ううむ……な、なんだろう。
いきなり襲ってきたりはしないよな?
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