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第十七話 コマルの街

 アーノルドさんたちと別れてしばらく街道を歩いていると、橋が架けられた大きな川の向こうに巨大な城壁が見えてきた。


 その城壁は左右にずっと続いていて、ところどころに砦みたいなものもある。


 俺たちが歩いている街道は、その城壁の門に続いているようだ。



「到着したみたいだぞ、飼い主殿」

「……え? あれがコマルなの?」



 びっくりしてしまった。


 想像ではこぢんまりとした田舎町みたいなイメージだったんだが、これは町というより軍事拠点の城という雰囲気だ。


 だが、ここが軍事拠点ではないことは、行き交う人々が物語っている。


 まず荷馬車の量がすごい。


 アーノルドさんたちと歩いていたときは、通行人すらいなかったのに町に近くなるに連れて人や馬車が爆発的に増えていったのだ。


 そう言えば、アーノルドさんがコマルの町は「巨人の足」地域の交易の中心地だって言ってたっけ。


 コマルの町に入るには大きな門をくぐる必要があるらしく、人や荷馬車が列を作っている。


 遠目から、荷馬車の御者が門を守る衛兵になにやら書類のようなものを渡しているのが見えた。



「……なぁ、コーちゃん。荷馬車の人が衛兵さんになにか渡しているんだが、町に入るのに許可証みたいなものがいるのかな?」

「知らぬ」



 コーちゃんは「あふ……」と可愛らしいあくびをして続ける。



「だが、アーノルドはなにも言及していなかった。そういったものは必要ないのと思うぞ」



 確かに許可証が必要なら、アーノルドさんが教えてくれているはずだよな。


 まぁ、なんとかなるか。


 最悪、入れなかったら別の町に行けばいいわけだしな。


 というわけで、巨大な門から伸びている列に並ぶことにした。


 順番が来るまで結構時間がかかりそうなので、バックパックの中からパンを取り出し、コーちゃんと分けて食べる。


 焼いておいたスカーレットボアの肉を挟んで、少しボリューミーに。


 ついでに、チタンマグカップにアイスコーヒーを入れる。


 こっちに来るときに一五〇〇ミリリットルのどデカいやつを買ってきたんだけど、キンキンに冷えていて美味しい。


 いやぁ~、マジックバックっていつまで経っても入れたときのままだから本当にいいよな。



「……次の方、どうぞ」



 サンドイッチとコーヒーに舌鼓していると、俺の番になった。


 慌ててバックパックの中に入れて衛兵さんの傍に行く。


 衛兵さんがペコリと頭を下げてきた。



「こんにちは。お食事中すみません」

「い、いえ。こちらこそ」



 あはは、と苦笑い。


 ちょっとくつろぎすぎてしまったかもしれない。



「旅の方ですか?」



 衛兵さんが尋ねてきた。


 俺はこくりと頷く。



「世界を旅していまして、コマルに来るのは初めてなんです」

「おお、そうなんですね! ようこそ、貿易の町コマルに!」



 ドンと胸をたたき、目尻に深いシワを作る衛兵さん。


 つられて思わず俺もにっこり。


 人の良さが表情に出ているなぁ。


 そんな衛兵さんはコマルに入るための手続きを丁寧に教えてくれた。


 まず、町に入るのに特別な書類は必要なかった。


 商売で訪れる場合は商人組合の許可証や荷物の内容証明が必要らしいが、個人で訪れる分にはそういったものは不要で、税金を支払えば入れるという。



「そのワンちゃんは、従魔(じゅうま)ですか?」



 コーちゃんを見て衛兵さんが尋ねてきた。



「え? 従魔?」



 ってなんだろう?



「あはは、その感じだと違うみたいですね。コマルではペットにも税金がかかるので、ふたり分の通行料で銅貨二枚をいただきます」

「銅貨二枚ですね」



 アーノルドさんから貰った麻袋の中から、銅のコインを二枚手渡した。


 ついでに、衛兵さんに通貨についても聞いてみた。


 ノクタニア(この国の名前だ)に来るのも初めてだと言ったら丁寧に教えてくれた。本当にいい人だ。


 衛兵さんの話を踏まえて日本円で換算すると、銅貨が大体百円で銀貨が千円。金貨が一万円らしい。実にわかりやすい。



「それでは、いってらっしゃい」

「ありがとうございます」



 衛兵さんと別れ、門の中を歩く。


 上を見上げると、天井部分から幾人も衛兵さんがこちらを見ていた。


 その手には、小さな弓……クロスボウが。


 賊やモンスターが現れたときのことを考え、待機しているのだろう。


 優しい衛兵さんにすっかり安心しちゃってたけど、改めてここが危険な異世界だということを思い知らされる。



「……ん?」



 と、足元からコーちゃんの視線が。



 なにやら不服そうにこちらを見ている。



「……我、聖獣ぞ?」

「え?」

「魔法の王たる聖獣フェンリルを捕まえてペットなどと……あの衛兵、許せぬ」



 どうやら衛兵さんにペット呼ばわりされたのが不服だったらしい。


 細かいところを気にする聖獣様だな。



「まぁまぁ、そう怒らないで。町で美味しそうな食べ物を見つけたらごちそうしてあげるから」

「ぬぬっ!? ほんとうか!?」



 わっさわっさと尻尾を振りはじめるコーちゃん。


 実にチョロい。聖獣の威厳ゼロである。



「そう言えばさっき衛兵さんがコーちゃんのこと従魔かって聞いてきたけど、あれはなんだったんだ?」

「従魔とは冒険者と契約をしたモンスターのことだ」

「え? モンスターと契約?」



 なにそれ。ちょっとワクワクするワードなんだが?


 一般的なモンスターは知能が低いので不可能だが、コーちゃんのように知能が高いモンスターとは従魔契約を結べることがあるのだとか。


 従魔契約を結んだモンスターは、様々なことに使役することができるらしい。



「へぇ……そういうのがあるんだな。さっきの感じだと従魔には税金がかからないみたいだから、コーちゃんも従魔ってことにしといたほうがよかったか」

「いや、そう簡単にはいかんと思うぞ。従魔契約には冒険者ギルドの認定証が必要だと聞いたことがある」

「え? そうなの?」

「うむ。それがなければ飼い主殿はモンスターを連れてきたただの危険人物ということになる。ヘタをしたら上の弓兵どもに蜂の巣にされたかもしれんな」

「……っ!?」



 思わず背中に寒いもの走ってしまった。


 姑息なことを考えず、正直に話しといてよかった。



「それに、我は自分の意思で飼い主殿についてきているので従魔ではない。従魔呼びは遺憾の意を表明する」

「そういうところ、こだわりがあるんだな」



 ペットも嫌だって言ってたしな。


 コーちゃんは魔法の王みたいだし、威厳は大事にしているのかもしれないな。


 ま、見た目は微塵も威厳を感じない可愛いコーギーだけど。


 そんなプリティ・コーちゃんと一緒に門を抜けて町の中に入る。


 コマルの町は俺が想像していた以上に広かった。


 まっすぐ伸びている石畳のメインストリートには多くの人が行き交っていて、その人の波をかき分けるように荷馬車が通っている。


 道の左右には梁や柱といった軸組が露出しているハーフティンバー様式の建物がずらりと並び、看板がぶら下がっている。


 軒先に色々な商品が並んでいるから、多分なにかしらの店舗だろう。


 ざっと見ただけでも、乾物屋に反物屋、皮革屋、木工屋などなど。


 天秤にコインをのせて重さを測っている店もある。


 あれは多分、両替屋だな。



「すごいな。こんなに店がたくさんあるとは思わなかった」

「見ろ飼い主殿。あそこの広場にもたくさんテントがあるぞ」



 メインストリートの先に噴水が見えた。


 ひときわ大勢の人たちが集まっているように思える広場は活気に溢れていて、テントの前で商人が大きな声で客引きをしている。



「あれは市だな」



 コーちゃんが尻尾を振りながら言った。


 市……つまり交易所みたいなものか。


 円形の広場の外側には軒先に商品を並べている民家が並び、内側にはテントが並んでいる。


 美味しそうな食材もたくさん売ってそう。


 この世界でしか口にできない食材もありそうだな。


 すぐにでもテントを見てまわりたいが、俺はその欲求をぐっと抑えた。



「まずは冒険者ギルドに行こう。軍資金を手に入れないと」

「む? 依頼を受けるのか?」

「まさか。ここに入っているモンスターを売るんだよ」



 ぽんぽんと背中のバックパックを叩く。


 マジックバッグの中にスカーレットボアが六体入っているからな。


 それを売って、お金をゲットしよう。


 市をまわるのはそれからだ。


 というわけで、俺たちは市を抜けて冒険者ギルドを探すことにした。


 広場から少し離れたところに宿屋と酒場、それに剣とモンスターのイラストが入った看板を下げている店を発見した。


 宿屋はベッド、酒場はジョッキの看板を下げているし、サービスと関連した絵柄の看板を下げていると考えると……あれが冒険者ギルドだろう。


 俺はアーノルドさんみたいな軽装の鎧を身にまとった人たちが頻繁に出入りしている扉をくぐり、店の中へと入った。

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