第十六話 冒険者たちとの別れ
翌朝。
俺たちは夜明けとともに起きてテントや寝具を片付け、コマルの町に向けて出発することになった。
本当ならもう少し休んでいたいところだったが、アーノルドさんが言うにはこの時間に動くのが一番いいのだとか。
危険なモンスターが活発化する前で、野盗も現れにくい。
ちなみに、危険なモンスターが最も活発的なのは夕刻から日が暮れる「黄昏時」らしい。確かにミノタウロスが出たのも、日が落ちるくらいだった。
現代でもその時間帯は魔物と遭う「逢う魔が時」っていうし、どの世界でも同じなんだな。
テントをバックパックの中に入れ、火の処理やらをしてから出発する。
遠くの山並みは霞み、空は淡いオレンジ色に輝いている。草原には露に濡れた草花の香りが漂い、小鳥たちのさえずりが優しく響いていた。
異世界二日目は、なんとも幻想的な始まりだった。
朝一番で会社に行くために市街を歩くことはあったけど、自然の中を歩くのはすごく気持ちがいい。
「……よし、そろそろか」
そして、野営地を出て二時間ほど。
日輪が頭上高く昇って周囲が陽気に満ちはじめたとき、ふとアーノルドさんが足を止めた。
「ん? どうしたんだ?」
「ここでお別れだな、兄弟」
そう言って、アーノルドさんは道の傍に立っていた看板を指さした。
文字は読めなかったが、コーちゃんに「コマルまで三十分と書かれてあるぞ」と教えてもらった。
「ミノタウロスの素材を売りに一緒に町に戻りたいところだが、ゴブリン討伐の依頼があるからな。俺たちはこのまま薄闇洞穴に向かうぜ」
「もう別のパーティが討伐しちゃってるかもしれないけどね?」
「……うぐっ」
ジュディさんにチクリと刺され、顔をしかめるアーノルドさん。
彷徨っていた時間も合わせて四日以上時間が経過しているからな。
誰かに横取りされていてもおかしくはない。
まぁ、それでも現地に行くのだろうが。
「コマルの町はこのまま道をまっすぐ行けば着くが、まずは冒険者ギルドに登録するのをおすすめするぜ、兄弟」
爽やかスマイルでアーノルドさんが続ける。
「依頼を受けなくてもメリットはあるからな。モンスターの解体を依頼できたり死骸を買い取ってくれたりな」
「解体や買い取りは登録しないとやってくれないのか?」
「無登録でもやってくれるが足元を見られる。登録料は多少かかるが、今後もモンスターを狩るつもりなら損はないぜ」
「……なるほど」
つまり、登録すれば「お得意様」として見られるってことか。元々冒険者ギルドには足を運ぼうと思っていたし、ついでに登録もしておくか。
「有益な情報をありがとう。登録してみるよ」
「そうしてくれ。ちなみに一応聞いておくが……」
アーノルドさんはそう前置きを入れ、どこか言いにくそうに続ける。
「冒険者ギルドに登録した後、俺たちのパーティに入るつもりはないか?」
「え? アーノルドさんたちのパーティに?」
「ああ。兄弟みたいな凄腕の魔法使いがいると、色々と助かるからな」
アーノルドさんがビシッとサムズアップする。
そんな彼を見ながら、しばし考える。
……もしかして俺、スカウトされてる?
だが、すでに魔法使いはシズさんがいるのでは……と思ったが、シズさんは支援回復を得意とする魔法使いだったな。
攻撃の主軸はジュディさんの物理攻撃。俺やコーちゃんみたいな攻撃魔法が使えるメンバーがいると、だいぶ楽になるんだろう。
多分、悪い話ではないと思う。
「いや、遠慮しておくよ」
だが俺は首を横に振った。
「俺たちは世界中を旅して周るつもりだからな。コマルには立ち寄るが、そう長くはいないと思う」
「……そうか」
少しだけ残念そうに眉根を寄せるアーノルドさんだったが、すぐに片頬をキュッと吊り上げる。
「まぁ、そう言われると思ったけどな。ほらよ」
そう言って、アーノルドさんが手のひらサイズほどの麻袋を手渡してきた。
中になにか入っているみたいだけが、なんだろう?
不思議に思いながらも手に取ると、結構な重さがあった。
紐を解いて中を見ると、銀色や銅色のコインが入っていた。
「……えっ!? これってまさか」
「随分と世話になっちまったからな。少ないが取っておいてくれ、兄弟」
「い、いいのか?」
つまり謝礼金ってことだよな?
そんなつもりで料理を振る舞ったわけじゃないんだが。
「素直に貰っておきなよ。あたしたちからの御礼だからさ」
「そうですよ、ユウマさん」
ジュディさんに続き、シズさんが笑う。
「昨晩、ユウマさんに何か御礼をしようという話になったんですけど、アーノルドさんがお金を持っていたことが発覚して」
「……え? 持ってたの?」
「ビックリだよね」
ジュディさんが小さく肩を竦める。
「金がなかったからユウマに助けてもらったってのにさ。ホントうちのリーダーって大事なとこが抜けてるよね〜」
「……ううっ、面目ねぇ」
顔をしかめるアーノルドさん。
確かお金が無かったから数日間、飲まず食わずだったんだよな。
お金を持ってたことを忘れるなんて、アーノルドさんらしいと言えばらしいが。
しかし、どうするか。
正直、俺に謝礼金を渡すくらいなら貯蓄しといてくれと言いたいが……ここまで言ってくれるのなら断るのは悪いか。
「……ありがとう。正直、めちゃくちゃ助かるよ」
パンのひとつも買えない無一文の旅行者だったからな。
町に入るのに通行料が必要です……なんてことになったら終わりだし。
「本当にありがとうございました、ユウマさん」
シズさんがぺこりと頭を下げる。
「ユウマさんが作ったモンスターの料理、すごく美味しかったです。あのミノタウロス肉を使ったギョーザが特に。お陰でなんだか元気がモリモリ出てます」
「あ、それだよそれ! 俺も今朝からエネルギーが体中から溢れ出ている感じがするんだよな! もしかして兄弟の料理のおかげなのか!?」
「いや、あんたはいつもエネルギーを持て余してるでしょ」
ジュディさんが、「うおおお!」と吠えるアーノルドさんの頭をペシッと叩く。
「だけど、あんたの料理は悪くなかったよ。ユウマ」
「……それはよかった」
つい、照れ笑いをしてしまった。
あれほどモンスター飯を嫌っていたジュディさんにそんなことを言ってもらえるなんて、感慨深いな。
「またどこかで会おうぜ、兄弟」
「ああ、その時はまたモンスター飯をごちそうさせてくれ」
「楽しみにしてるぜ。コーちゃんも、またな」
「うむ。また会おう」
アーノルドさんは眩しい笑顔を見せると、颯爽と去っていった。
ジュディさんは俺にウインクし、シズさんは頭を下げてから、アーノルドさんの後についていく。
「ふむ……」
そんな彼らの背中を見ながら、コーちゃんがそっと口を開いた。
「気のせいかもしれぬが、あの者ら……出会ったときよりも強くなっているな」
「え? そうなの?」
俺は全然気づかなかったけど。
でも、あり得ない話ではない。
なにせ昨晩、ゴールドランクの強敵ミノタウロスを倒したのだ。
あの戦いで経験値が入り、レベルアップしていても不思議じゃない。
──まぁ、レベルという概念がこの世界にあるのかはわからないけど。
「ちなみにこの世界にステータスみたいなものってあるの?」
「ステータス? なんだそれは? 美味そうな響きだな」
「……いや、なんでもない」
ハッハッと笑顔で尻尾を振り始めるコーちゃんを見て、思わずげんなりした。
すぐ飯の話繋げるなっつの。
このワンちゃんは本当に食い意地が張ってるなぁ──と思ったが、モンスター飯に目がない俺が言うなって話だよな。
「……よし。それじゃあ俺たちも出発しようか」
「うむ!」
元気よく「わふん!」と吠えるコーちゃん。
そうして俺たちは、異世界の町コマルへと歩き出すのだった。
【読者様へのお願い】
「面白い!」「続きを読みたい」と思われましたら、作者フォローとブックマーク、広告の下にある「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして応援して下さると嬉しいです。
皆様の応援が作品継続の原動力になります!
よろしくお願いします!




