第十四話 ミノタウロス餃子
ミノタウロスの撃退に成功したものの、新たな問題に直面していた。
この巨大なモンスターの死骸をどうやってコマルの町に運ぶか途方に暮れていたのだ。
これぞ、困る(コマル)。
──なんてダジャレを言ってる場合じゃなくて。
ミノタウロスはゴールドクラスのモンスターで、冒険者ギルドに持っていけば相当な額で買い取ってもらえる。中でも皮膚と骨は最高級の武具を作るための素材らしく、鍛冶職人も羨む至高の素材なんだとか。
無限収納のマジックバッグの中に入れておけば持ち運びはできるが、できれば素材はアーノルドさんたちと山分けしたいところ。
どうにかしてサイズを小さくできないかな?
たとえば……肉の部分を全部食べてしまうとか。
「ミノタウロスって牛だよな?」
一緒にミノタウロスの死骸を眺めていたコーちゃんに尋ねてみた。
彼はこくりと頷く。
「広義で言えばそうだな」
「よし。だったら食べられるな」
「そう言うと思った」
コーちゃんの尻尾がしなっとなった。
いやいや、なんで凹むんだよ?
ミノタウロスの肉、絶対美味いと思うぞ?
というわけで、早速ミノタウロス肉を調理すべく、アーノルドさんにお願いしてミノタウロスを解体してもらうことにした。
本来なら冒険者ギルドで解体してもらいたい所だが、持ち運びやすくするのを最優先しないといけないからな。
アーノルドさんは剣やナイフを使ってザクザクと切っていき、内臓を取り出す。
そして、骨や皮膚と食べられそうな部位を別々に仕分けてしく。
コーちゃんが言う通り、ミノタウロスの肉は牛の肉に似ていた。
バラ肉にリブロース、サーロインにヒレなどなど。
体が大きいだけあって、どの部位もかなりボリューミーだ。
「このどデカい肉を使ってなにを作るのだ?」
コーちゃんが尋ねてきた。
「我はシンプルにステーキでもいいぞ」
「ん~、そうだねぇ……」
ずらりと並んだミノタウロスの肉を眺めながら考える。
ステーキでもいいが、そのまま焼いただけではアーノルドさんたちが食べられない。得にジュディさんは絶対無理だろう。
無理に食べてもらう必要はないが、少し手を加えてモンスターを感じさせない料理にしてあげれば彼らも食べてくれるかもしれない。
とするなら、判別がつかないくらい小さくしてあげるとか?
ミノタウロス肉をひき肉にして、色々な素材を混ぜてカラッと焼いて──。
「……そうだ! 餃子を作ろう!」
ひき肉にして餃子の皮で包んでしまえばミノタウロス肉かどうかなんて誰にもわからなくなるだろうし。
うむ、我ながらいいアイデアだ。
てなわけで、アーノルドさんとジュディさんが持ち運びできるようミノタウロスの骨や皮膚を布でくるんでいる間に、餃子を作ることにした。
焚き火の傍でバックパックから調理器具とギョーザの皮、キャベツ、長ネギを取り出す。すべて現代から持ってきた材料だ。
バックパックに無限に収納できるから色々持ってきたんだけど、正解だった。
まずはミノタウロス肉にクリアランスの浄化魔法をかける。
最も重要な食あたり対策だ。
浄化したところで肉を大雑把にカットしていく。
ここから細かく切ってひき肉にしたいのだがフードプロセッサーはない。異世界に電源がないので持ってこなかったのだ。
なので、手作業でひき肉にしていく。
「シズさん、ちょっと手伝ってくれるか?」
「……えっ、私ですか?」
「ナイフを使って一緒に肉を細かく切ってほしいんだ」
少々時間はかかるが、ナイフを使って切っていけばひき肉は作れる。
ポイントは余計な脂肪や膜は取り除くこと。
これがあると、美味しいひき肉にできないからな。
「あの、これってミノタウロスの肉ですよね?」
シズさんが尋ねてきた。
「もしかして料理に使うんですか?」
「ああ。細かく切ってひき肉にして、野菜と混ぜて餃子の具にするんだ」
「ギョーザ?」
「こねた小麦粉を薄く伸ばした皮にひき肉と野菜を入れてカリッと焼く料理だよ。普通の肉を使っても美味いけど、ミノタウロスの肉を使ったらさらに美味しくなると思うんだ」
「……ごくっ」
シズさんがわかりやすく唾を飲み込んだ。
三人の中では一番モンスター飯に興味があるみたいだからな。
ふっふっふ。早くシズさんに食べさせてやりたいぜ。
ふたりでひたすらミノタウロス肉を刻んでいく。
調子に乗って切りまくっていたら、ボウル三つ分のひき肉を作ってしまった。
まぁ、余ったらバックパックの中に入れておけばいいので問題はないが。
ミノタウロス肉がひき肉状態になったら、キャベツと長ねぎを千切りにする。
それらを袋に入れ、にんにくと醤油、砂糖などの調味料をイン。
「なぁコーちゃん。これを冷やしたいんけど、お手頃な魔法ってある?」
「冷やすなら、水のエレメントを使った『フリーズ』という魔法だな」
フリーズという魔法は、触れた対象を凍りづけにする効果があるらしい。
本来は敵の動きを封じるために使う魔法らしいのだが、エレメントの量を調整することで、いい感じに冷やせるのだとか。
「量で言えば、二エリミネートル程度だな」
「なにその単位?」
いきなり専門用語を出すのやめてくれる?
コーちゃんいわく「エリミネートル」はエレメントの量を測る単位で、二エリミネートルで大体大さじ一杯と同じ量だという。
あ、それならわかる。料理でさんざん見てきたからな。
「大さじ一杯分、ね」
いい感じで水のエレメントを集め、フリーズの魔法を詠唱。
すぐに餃子のタネを入れた袋が冷えてきた。
お、いいね。ていうか、お手軽に冷やせるって魔法はすごく便利だな。
冷えてきたところで袋詰にしたギョーザのタネをモミモミする。
隣で見いたシズさんが「今、水のエレメントの魔法を使いましたよね?」と目で語りかけてきてたけどスルーした。
使える魔法はひとり一属性が普通って言ってたからな。
「……よし。これで具は完成だ」
お次はこのタネを餃子の皮で包んでいく。
この作業、結構楽しいんだよな。
これもシズさんに手伝ってもらうことにした。
「こうやって皮を持って、ふちに水をつけて波状に包むんだ。ほら、こんな風に……」
シズさんに手本を見せる。
餃子の皮を手のひらにのせ、真ん中にタネを置いてから平らに伸ばしていく。
ポイントは平らにすること。
こんもりと乗せると空気が入って美味しく焼けなくなってしまうのだ。
「ふむふむ……」
シズさんが真剣な面持ちで餃子の皮を手に取る。
「手のひらに乗せてタネを入れる。水でふちを濡らして……あ、できました!」
「お、うまいうまい」
「ありがとうございます! 意外と簡単ですね! 面白い!」
一回でできたのが嬉しかったのか、ぴょんぴょんとジャンプするシズさん。
二、三個目になると彼女も慣れてきたようで、ふたりで手際よくギョーザを作っていく。
あっという間に数十個の餃子が完成。
コレくらいでいいかな……と餃子を眺めていると、なにやら視線を感じた。
冷めた目でこちらを見ているアーノルドさんとジュディさんだ。
「……食べないからね?」
ジュディさんがちくり。
う~む、ミノタウロス肉を混ぜたのがバレてしまったか。
絶対美味しいのに……。
焚き火にかけたフライパンにサラダ油を入れ、熱くなったら餃子を並べる。
そして、餃子が半分浸かるくらいの水を入れたら蓋をして、しばし待つ。
水が蒸発して皮に焼色がついたら──「ミノタウロス餃子」の完成だ。
美味しく食べるため、醤油と酢を混ぜて餃子のタレも作った。
「……これでよしっと。それじゃあ、食べようか」
「おお! 実に美味しそうな香りがするな!」
大興奮のコーちゃんとは裏腹に、アーノルドさんとジュディさんは胡乱な目をこちらに向けている。
シズさんは……なんとも複雑な表情。
「シズさんは食べる?」
「……あっ、いえ……えと、ユウマさんが食べていいですよ! わたっ、私のことは気にせずに! ええ!」
しどろもどろのシズさん。
食べたいけど、空気を読んで言い出せないって雰囲気だ。
ううむ、ちょっと可哀想だな。
後で食べられるよう、彼女の分は残しておくか。
「それじゃあ、いただきます」
早速ひとつ食べてみる。
熱々のギョーザにタレをつけ、ひと口でパクリ。
がぶりと噛んだ瞬間、ジューシーな肉汁がぶわっと口の中に広がった。
肉や野菜の濃厚な旨みが通り抜けた後、にんにくの香りが鼻をくすぐる。
「はふっ……はふはふっ……ウマッ!」
思わず頬が緩んでしまった。
こ、これは美味い。
普通の豚肉で作った餃子より味がしっかりしているし、臭みがない。
ミノタウロスの肉を使ったからだろうか?
コーちゃんにもひとつあげたところ「最高に美味し!」と大喜びだった。
「……ごくっ」
唾を飲み込む音がした。
そちらを見ると、アーノルドさんがすんごく物欲しそうにこちらを見ていた。
美味そうなギョーザの香りに食欲が刺激されたのかもしれない。
「食べるか? すごく美味しいぞ?」
「…………」
しばし俺の顔とギョーザを交互に見るアーノルドさん。
目をつぶって「ぐぬぬ……」と葛藤し、絞り出すような声で尋ねてくる。
「ほっ、本当に食あたりは起きないんだよな?」
「ああ、絶対大丈夫だ。俺が浄化魔法をかけてるんだからな」
「兄弟の魔法だったら、信用できるか……」
アーノルドさんはフォークを使って恐る恐るギョーザを取った。
「よ、よし」
しばし餃子を凝視し、意を決してパクリと頬張る。
「……ぐっ!?」
アーノルドさんの表情が、激しく歪んだ。
「ど、どど、どうしたんですか、アーノルドさん!?」
「死んだか!?」
シズさんとジュディさんが声をあげる。
アーノルドさんは顔を歪めたまま、ぷるぷると体を震わせはじめた。
「……う」
「う?」
「う、う、う……うまぁあああああいっ!!」
顔を上げたアーノルドさんの瞳は、宝石のように輝いていた。
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